第32話 側役
地主の屋敷に行った充は、表の門番に事情を話すと、門番が中にいる別の人物に話に行く。少し待っていると、屋敷の出入り口で待っていた門番から「
それは充にとっては驚きの言葉だった。
自分のような
「失礼いたします」
充は精一杯失礼のないようにしようと思いながら、屋敷の中に足を踏み入れた。
立派な玄関にそぐわぬ
案内された場所は客間で、北側にこぢんまりとした庭が作られており、そこが緑豊かである。しかし、このような立派な場所に入ったことがなかったため、緊張どころであまり周りを見渡せなかった。
充が客間に入ってから
「ミツと言ったか」
柔らかさのある男の声だった。
地主に会うのは初めてのため、充は名を呼ばれ、身を引き締めて返事をする。
「はい」
「今、地主さまは出掛けられていらっしゃらない。側役の一人である私が代わりに話を聞くゆえ、お前が言った『桃の件』について話してみよ」
地主がいないのは充にとって誤算だった。しかし
「……以上が、我が次兄が行った過ちでございます」
その後、兄にどのような罰を下されるのかひれ伏して待ったが、側役はため息をはくと、信じられないことに「何故そのような嘘をつく」と言った。
「え……?」
充は驚いて顔を上げると、「誰が顔を上げて良いと言った!」と怒鳴られる。充は訳が分からないまま、いぐさのよい香りのする
「う、嘘ではございません。本当に兄が——」
「お前は兄が嫌いなのだな。だから罪を着せようとした。そうであろう?」
充はその瞬間、背中に冷水をかけられたかのように、急激に体が冷えるのを感じた。
「そんなことはございません……。違います……!」
「いくら言っても無駄だ。嘘をつく子どもがいるとは、お前の親も苦労する。私から地主さまに、お前の家族には影響がないように取り計らってもらおう。その代わり、お前にはたっぷりと
「わ、私は何もしておりません! 本当に……本当なのです!」
充は一生懸命に
「
側役は冷ややかに言うと立ち上がり、充の目の前に立つと彼の左頬を思い切り叩いた。
パアンッという乾いた音が部屋に響く。
「う……っ!」
痛いと叫ぶ
平手が当たった頬は、瞬間的に火に触れたのかと思うような熱を帯びた。そうかと思うと、次第にじんじんと
充はなんとか痛みにこらえ懇願するように見上げる。するとぎらぎらとした目の側役が、見下ろしながらにやりと笑っていた。
「……っ」
充が恐怖にごくりと唾を飲み込むと、側役は
側役は顔を近づけ、静かに、だが面白そうに語る。
「小僧。お前は正しいことを言えば、物事が正しい方向に進むと思っているのだろう。だからこの屋敷を訪ねた。だがな、本来ならばお前はこの屋敷に入ることすらできぬ身分なんだよ。それが分からないか?」
「では、何故……上がらせてくださったのですか」
側役の男は、充の恐怖に
「外で怒鳴るわけにもいかんだろう。誰がどこで何を見ているか分からない。だから入れたまでだ。話を聞く前から、お前が桃を盗った盗人だと決まっていた。当然だろう? 何故、我々がただの桃ごときに犯人捜しの時間を割かねばならぬ?」
「……」
充はそのときようやく悟った。兄が何故許されて、自分が犯人扱いされるのかを。
大人は兄が犯人であろうと、充が犯人だろうとどうでもいいのだ。正しく裁くことなど考えておらず、犯人に仕立て上げれる者がいれば問題ないのだ。「犯人はこいつです」と差し出せる人物がいれば、この側役の仕事は終わり。きっと地主も細かいことを気にしないのだろう。
そしてこの男は、犯人にするには充のほうが都合がいいと判断した。
最初から充に、兄を真っ当にさせる道などなかったのだ。
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