第26話 茜の父

 茜は小屋から少し離れたところにある、まき置き場へ向かっているようだった。


 山小屋を利用する半妖たちもよく利用するのか、薪置き場まではきれいにかれて道ができている。土が見えない程度に片付けられた雪の道の上には、いくつかの小さな足跡と、真新しい藁沓わらぐつの足跡がついていた。後者は茜のものだろう。充はその足跡を辿たどった。


 小屋から二十歩ほど歩くと、薪置き場が見える。山小屋と同じく焼杉やきすぎをした壁に屋根が掛けられているそれは、こじんまりとはしているが作りはしっかりとしている感じがした。


 茜がその屋根の下で待っていたので、充は同じく軒下のきしたに入ると隣に並んだ。


「いいのか? 山小屋にいなくて」


 暴れている沙羅を放っておくのも問題だが、落ち着いている彼女を半妖たちのいる山小屋に一人にしておくのもよくないだろう。

 元々、茜が沙羅を守っていたのは、半妖たちが彼女をいじめていたからである。

 しかし茜は問題ないと言わんばかりに、肩をすくめた。


「ああ。今日は見張りがいるから平気だ。あの状態の沙羅をあそこに置いていても大丈夫だし、沙羅が暴れたとしても、他の子に危害がおよぶぶことはない」


「見張りって?」


 彼女は灰色の空を見上げ、大きく息をつく。ふわーっと白い息が彼女の顔を通り過ぎて消えた。


「あとで会えるさ。そいつはわざわざ充に会いに来たんだからな」


 充は思わず自分を指さして理由を聞いた。


「ぼ、僕に? どうして?」


 だが、彼女は「見張り」の話をしたくないのか、めずらしくない答えが返って来た。


「面倒だから言いたくない」


 充は小さくため息をついた。機嫌が悪いのだから仕方がない。


「……分かったよ。なあ、沙羅のことだけど、ようやく半妖の血が馴染んできたってことなんだよな」


「まだ完全じゃないけどな。前よりはマシなのは確かだ」


「そうか……。それならよかった」


 充はほっと息をつく。

 

「でも、あんな風に落ち着いて話せる子だと思わなかった」


 年上の者に敬意を払っており、そこから育ちの良さがうかがえるような話し方だった。

 しかし、言ってから充ははっとする。

 よく考えたら、沙羅の茜に対する態度が充とは全く違っていたため、もしかすると茜は知らないかもしれないと思い直す。

 どうしようと思っていると、茜が静かに充に尋ねた。


「沙羅は、何か話してたか?」


 隠すことのことでもないので、充は素直に答える。


「茜のこと」


 すると茜は驚いた顔を充に向けた。


「あたしのこと?」


「うん」


「何て言ってた……?」


 茜はおずおずと尋ねた。沙羅のためとはいえ、日々追いかけまわしているので、あまりいい印象があると思っていないのかもしれない。

 さきほどのやり取りを見ていても、「沙羅にどう思われているのか」が気になったとしても、聞く勇気が必要なのは充にもよく分かる。


「『優しい赤鬼と人間の子』って言ってたけど」


 すると茜は深紅の瞳を丸くする。まるで何かに気づいたかのような驚きようだった。


「茜?」


 充が名を呼ぶと、はっとして我に返る。「あ、いや……すまない」と言って謝った彼女の表情から、いつの間にか驚きが消えていた。


「優しい赤鬼か……。父はどちらかというと、お人好しだっただけだけどな」


 茜は表情の読めない顔をしていた。悲しいような、でもどことなく呆れているようなそんな表情である。

 彼女は前も、父親のことを「お世話焼きな鬼だった」と言っていた。茜の性格にも影響しているという彼女の父のことが充は気になり、そっと尋ねていた。


「茜の両親は……どういう人たちだったの?」


 充の質問に茜は少し考えてから聞き返した。


「気になるか?」


「うん。それに、茜は僕の家族のことを色々知っているみたいだけど、僕は茜のことはほとんど知らないから。別に、言いたくないならいいけど……」


 茜は「それもそうだね」と呟く。


「いいよ、話そう。君が私の家族のことを知らないのに、私が君の家族のことを知っているのも公平じゃないしね」


 茜は目を少しだけ目をつむり再び開けたあと、どこか暗い口調で話始めた。


「――あたしの父親は『鬼』と呼ばれる妖怪だった。鬼にはそれぞれ特徴的な色があって、父は『赤』だった。瞳の色も、髪の色も鮮やかな赤い色。だから『赤鬼』」


 充ははっとする。

 彼女の髪は鮮やかな赤い色で、瞳は深紅しんくだ。


「もしかして茜の髪や瞳が赤いのは……」


 尋ねると、茜はこくりとうなずいた。

 

「父の血を引いているから。まあ、肌の色はよく分からないけど」


「どうして?」


 すると彼女はそでから出ている自分の手を見つめる。


「あたしの肌は褐色かっしょくだが、父は色白だったんだよ。半妖ってなると、どこかが変わった部分が出るのかもしれないね。母は人間だから」


「……」


「父も母も、優しかった。愛情にあふれていたし、特に父は困っている人を見ると助けてしまうような、お節介焼きだった。母は父のそういうところにかれたといっていた……」


「そっか。素敵なご両親だね」


 茜は充の言葉にふっと笑うと、うつむいて地面を見つめた。


「そうだね。子どものあたしが見ても仲睦なかむつまじいと思っていた。でも、七年くらい前かな。父親が死んで、家族はばらばらになってしまった」


「え……?」


 充が驚いていると、茜は理由を告白した。


「あたしの父親はね、人間に殺されたんだ」

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