第15話 「美しいけれど恐ろしい妖」

「どうしてそう思うの?」


「え……、だって沙羅のことも守っているから、そう思ったんだけど……」


 充の答えに、風流は急に不快な感情をあらわにした。あまりに露骨な変化だったので、充は小さく体をふるわせる。


「あいつと一緒にしないで。あれは茜のお荷物よ」


「お荷物?」


「そう。沙羅が来たことで、私は茜と過ごす時間が減ったからね」


 確かに今の茜は沙羅に付きっきりで、それ以外の時間を作るのは難しそうではある。ここのところの茜は、半妖の血で暴れ出した沙羅を山小屋に連れ戻して、薬を飲ませるということが日課になっていたからだ。


「……お荷物、か。否定はしないけど」


 すると風流の表情が急に驚いた表情に変わる。


「意外。『そんなこと言うなよ』って言うのかと思った」


 一方の充は指摘され困惑した。


「そんなに意外?」


「だって、付きっきりで看病しているから。悪く言われるのは好かないだろうなって。普通はそう思うでしょ」


 風流から見ると、充が沙羅のために動いていると思っているのだろう。

 もちろん、苦しそうな沙羅を見ていたら、何とかしてやりたいという気持ちは湧き出る。だが今は、どちらかというと「やらなければならない」からしているほうが強い。


「それは……頼まれたからだよ」


「誰に?」


 風流の問いに、充は一拍遅れてから答えた。


「……茜と義母ははに」


 すると風流は「ああ」と言って、「時子ね」と笑う。鷹山にいる半妖たちは、時子と充の関係のことを知っている者が多いようだ。

 充が葵堂に来てから義母が鷹山に行くところは見たことがないが、もしかすると村に薬を届けている間に、時子が一人で鷹山に行っていて、ここに住む者たちと話をしていることもあったのかもしれない。


 しかしそうであるとするならば、何故黙って行ったのだろうかと疑問が浮かび、胸の辺りがもやもやとした気持ちになる。


義母かあさんのこと、知っているの?」


「うん。私、人間はあまり好きじゃないけど、あの人のことは好きだ」


 時子と話しているときのことを思い出しているのか、風流は柔らかな表情を浮かべる。それを見て、充は「どういうところが?」と尋ねていた。


「そうねぇ……」


 風流は考えるしぐさをすると、「侮蔑ぶべつしないところ」と言う。


「私は人間でも妖怪でもないから、どちらにもうとまれる。自分が強ければ居場所をつくれるけれど、私はそうじゃない。ここに来て茜に助けてもらって、時子に受け入れてもらえたときに、ようやく『ここならいられそう』って思ったんだ」


「……そう、か」


 鷹山に来てからというもの、ここには妖怪やら半妖やらがいると聞いていたのに、あまり姿は見かけていない。充と対面するときは、怪我をしたときくらいである。


 充自身は、単純に妖たちと必要以上に出会わなくてほっとしていたが、彼らからすると風流のように、侮蔑されるのが怖くて自分と距離を取ってることもあるのかもしれないと思った。


 充はここに来るまで、妖怪に人間との間の子がいることを知らなかった。裏を返せば、半妖だろうが半鬼だろうが「恐ろしい妖怪」や「危険な鬼」と見なし、「恐ろしいもの」「危険なもの」と決めつけていたということである。


 知る機会がないとはいえ、それは人間の血を半分引いている彼らにとっては辛いことだろう。彼らが人と妖の血を持っているのは、自分の意志ではないからである。


(勝手に悪者にされる気持ちは、俺にもよく分かる。悲しいな……)


「鷹山の中で時子のことを嫌う者はいないんじゃないかしら。ま、嫌っていても、時子には誰も手出しはできないけどね」


「どうして?」


 風流が最後に言ったことが気になって尋ねると、彼女は少し不思議そうな顔をしつつも、詩をそらんじるように答える。


「美しいけれど恐ろしいあやかしが彼女を守っているから」


「『美しいけれど恐ろしい妖』?」


 どういうことだろうと思っていると、風流はきょとんとした様子で充を眺めていた。


「どうかした?」


「だって、充のほうが彼に詳しいと思っていたから。もしかして、まだ会ってないの?」


「え……?」


 ここでもまた充の知らないことが浮上した。それも充は知らないのに、「知っている」と思われている。


「ごめん、良く分からなくて……。どういうことか教えてくれる?」


 しかし、彼女は首を横に振った。


「充が知らないのなら理由があるのよ。そのうちあなたも会えると思う」


「理由?」


 充が戸惑っているうちに風流はさっと立ち上がって、「手当をしてくれてありがとう。私はもう大丈夫」と言う。


「え? ああ……」


「美しいけれど恐ろしい妖」についてもう少し聞きたかったのだが、これ以上聞いても風流も困るのだろうと思い、充は諦めるしかなかった。

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