第12話 存在意義

「なあ、時子」


「うん?」


「帰りは、途中でお天道てんとうさまのところに寄って行くか?」


 茜の問いに充は首をかしげた。


「お天道さま?」


 すると義母が柔らかな声で答えてくれる。


鷹山ようざんにいる神さまのことよ」


「言っておくけど、『神さま』と言っても人間が思っているような奴じゃないから」


「それって、どういう……」


「例えば雨乞あまごいをすれば雨を降らせるとか、商売繁盛を祈るとか。人があがたてまつるような対象じゃないってことさ」


「ああ、なるほど」と言ってから、充は再び首を傾げる。


「だったら、お天道さまってどういう神さまなんだ?」


「そうだなあ……」


 茜が言葉を探していると、義母がふわっとした声で言った。


「鷹山の出入りする者を見守り、あやかしたちの統治をしている者、と言ったらいいかしら」


 茜はうなずく。


「近いかもな。お天道さまが鷹山にいる限り、受け入れられた者だけしか入れないことになっている」


「もしかして、受け入れられていない人が迷子になったり、怪我をしたりするのは、お天道さまのせいなのか?」


 すると茜は眉を寄せた。


「なんでそんなこと聞くんだ」


「村人は鷹山には入るなって言われているけど、度胸試しで入る奴がいるらしいんだよ。で、大体は帰ってこないか、帰ってきても怪我をしている。だからそうなのかなって」


 茜は少し考えてから答えた。


「怪我をするのはそいつがドジか、ここの半妖はんようたちがからかったかだろうが、まあ……帰って来ないのは確かに、お天道さまのせいもあるかもな。受け入れぬ者をまどわす道を作るとも言われているから」


「惑わす道?」


「実際にはないのに、あるように見える道のことさ。本当にそんなことをしているのかどうかは知らないが」


「知らないことばかりじゃないか」


 文句を言ったが、茜は肩をすくめて苦笑する。


「あたしはこの土地で生まれ育ったわけじゃないからね。七年くらい前に来たばかりだから」


 七年前というと、充が葵堂に来る一年前に茜は鷹山に来たということだ。


(何があってこの土地に来たんだろう?)


 ふと、そんな疑問が頭をよぎったが、今日会ったばかりの者にそこまで踏み込むのはどうなのだろうと思って問うのをやめた。茜が葵堂のことを知っていたとはいえ、それは鷹山に住む者なら知っているような話でもある。

 しかし茜がここに来た理由は、彼女個人のことになるためはばかれるような気がした。


 そのため充は「ふーん……」と言って聞き流す。一方で、別の疑問が頭に浮かんだ。


「あれ……、でもそれなら僕たちは? 茜に案内されているから大丈夫なのかな?」


 お天道さまが入山する者を選別するならば、どうして充自分たちは入れたのだろうと思ったのである。それに対し、茜が意外なことを教えてくれた。


「それは、君も時子もお天道さまに受け入れられているから」


「え、なんで……?」


 充が問うと、茜がちょうど「着いたぞ」と言った。はぐらかされたような気もする。しかし追及する前に、時子が朗らかに礼を言った。


「茜ちゃん、ありがとう」


「こっちこそ来てくれて助かったよ。じゃあ、気を付けてな」


「ええ」


 挨拶をした茜は、今度は充のほうを向いてにっと笑う。


「充も。またな」


 充は、何故彼女が「またな」というのか不思議に思いながら、「……え? あ、ああ。じゃあな」と別れの挨拶をかわしていた。

 義母と二人でしばし彼女の背を見送ったあと、時子は笑みを浮かべ充に尋ねた。


「充、お天道さまのほこらに少し寄って行きたいのだけれどいいかしら?」


義母かあさんが行きたいのであれば、付いて行きますよ」


 茜と話をしたこともあり、鷹山ようざんに対しての恐怖は、上ってきたころよりは多少和らいでいる。また、充には義母ははを置いて自分だけが先に帰るという考えもなかったため、母の問いに縦に首を振った。

 すると充の返答に、義母はぱっと表情を明るくする。


「よかった。そこにお天道さまのご神体があると言われているの。久しぶりに足を踏み入れたし、充のこともあるからちゃんと挨拶しておきたいと思って。これから毎日、鷹山に通うことになるだろうし」


「僕のこと? 毎日?」


 お天道さまに挨拶することと、自分がどう関係しているのか、中々上手く結びつかない。だが、充が尋ねる前に「じゃあ、行きましょうか」と言って、義母は歩き出してしまう。


 天然な対応なのか、それとも真意を話したくないのか——。


 茜と話をして、一旦気持ちが晴れたところなのに、再び心のなかがもやもやする。充は、先をどんどん進んでしまう母の背に、勇気をもって疑問をぶつけた。


「か、義母さん、ちょっと待ってください。あの……、ちゃんと説明してくれませんか。僕が鷹山に毎日通うってどういうことなのでしょう?」


 すると時子は充のほうを振り向きながら、さも当たり前に答える。


「充も沙羅ちゃんの状態を見たでしょう? 鎮静薬を飲ませて落ち着いているけど、あれが切れたらまた暴れ出すと思うの。だからまたそうなったときのために、あなたが毎日通って、暴れるようなことがあれば今日私が見せたように、薬を処方して対応して欲しいの。あ、あと怪我をしたらその手当てもね」


 充は困惑した。何故そんなことを勝手に決めるのか。


 第一、薬屋には義母と充しかいない。

 旭村あさひむらにいる医者やそこ以外の隣接する村に薬を届けているのは充の役割で、義母は店番。もし、充が毎日鷹山を登って沙羅のところに行かなければならないのであれば半日がつぶれ、村に薬を届ける人がいなくなってしまう。


 まさか、義母がそれまで担うというのだろうか。


 だが、一日分の仕事をやっとこのこで二人で終わらせているのに、一人で出来るはずがない。


「何で僕が⁉ それに日中の仕事はどうするんです⁉」


 困惑する充とは反対に、時子はあっさりと答えた。


「村のほうに薬を届けなくてはいけないときはお願いするけれど、それは毎日ではないでしょう? 充が難しいときは、村のほうから使いを寄こしてもらうわ。大丈夫、持ちつ持たれつだもの。皆、理解してくれるわ」


 それはつまり、充がいなくても薬屋葵堂は問題なく運営されるということである。義兄の類がここひと月ほど帰って来ていないこともあり、自分の存在意義というものが確立してきていると思っていただけに、充は内心落胆した。

 だが、充の気持ちを気づいていないのか、「充、そういうことだから、よろしくね」と義母は屈託くったくなく笑う。


「……分かりました」


 そのように言われてしまっては、何も言いようがない。

 充は出かかった気持ちを飲み込み、静かに笑ってうなずくしかないのだった。

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