第11話 お天道さま
充はその一言で、先ほど茜が沙羅に向かって「まさか私の血まで飲む気か? 死ぬぞ」と言ったのかが分かった。強くなるために血を求めたのであれば、茜の血も採ろうとした理屈も分かる。しかし半鬼とはいえその血は人間には強すぎる。だから、彼女は「死ぬぞ」と警告したのだ。
「じゃあ、どうするんだ?」
そっと尋ねると、茜はすぐに返答した。
「策はある」
「どんな?」
「沙羅が銀星の血に慣れることだ」
充は首を傾げた。今しがた「沙羅は銀星の血に負けて死ぬ」と言ってはいなかったか。
「
「それは『何もしなければ』の話だ。
「だったら水薬を使えるように、いくつか
薬を置いておけば、必要なときに使うことができる。そう思って充が薬箱を自分のほうに引き寄せて開けようとしたのだが、茜は
「ああ、いや、そこまでしなくてもいい……。そのことは、まあ、あとで時子に聞くよ」
そのように言われ、充は薬箱から手を離す。
「……そっか、分かった」
(
実際、水薬の鎮静薬を出したのは時子であり、充はその薬のことをさっき知ったばかりだ。薬のことを分かっていない相手に薬を渡されるより、知識のあるものに処方されたほうがいいに決まっている。
「悪いな」
「ううん……、いいんだ」
充は笑って答えたが、無意識にきゅっと両の手の
妖怪相手に「薬屋として頼りない」と思われたことに対し、落ち着かない気持ちになるのもおかしなことだが、薬屋の養子として少しずつ頼られるようになってきていただけに、茜の言葉は
(……どうしよう。何と言ったらいいんだろうか)
「薬のことは時子から聞く」と言わてしまい、充はこれ以上何と言ったらいいか分からず黙ってしまう。茜も何か感じ取ったのか話そうとしないので、妙な沈黙が小屋の中に下りた。
何か話すことはないか、そう思っていると、薬草を探しに行っていた
「おかえり、時子」
先に気づいた茜が、立ち上がって時子を迎える。
「ただいま、茜ちゃん。
時子は茜に尋ねながら土間に上がり、摘んできた草を、薬箱から取り出したくたびれた大きな和紙に包み始めた。
(
充は、赤紫色の花弁の一部に黄色い
「鷹山と葵堂の薬のことと、沙羅に関わることは大体」
「そう、ありがとう。——充、沙羅ちゃんの様子はどう?」
「え?——あ、はいっ」
聞かれた充は、はっとしてから動くと沙羅の様子を見る。どうやら薬が効いて痛みもなく、ぐっすり眠れているようだった。
「調子は安定しているようです。副作用もありません」
充が答えると、時子は満足そうにうなずく。
「よかった。大丈夫そうね」
「はい」
時子は和紙に包んだ葛の根を薬箱にしまうと、姿勢を正して息子を見ると「じゃあ、充、帰りましょうか」と言った。
「もういいんですか?」
沙羅の様子を見ると言っていたので、帰るのはもう少し後になると思っていたのである。
「ええ。私たちがすべきことは全部終わったからね」
「分かりました」
充は行きと同じように薬道具を背負う。内心、ようやく帰ることができることにほっとしていたが、ふと茜が言ったことが引っかかった。
(薬のこと、
しかし茜は時子に水薬のことを聞くことなく、充たちと一緒に小屋を出て山を下りることになった。
「沙羅を一人にして大丈夫なのか?」
帰り道、行きと同じように先頭に立って歩く茜の背に充は尋ねた。
先程の話を聞いた限り、眠っている沙羅を一人で置いていくのは良くないだろうと想像する。行きのときは、あの通り暴れていたので茜が傍にいなくても大丈夫だっただろうが、抵抗しない人間になっている沙羅に、半妖たちがちょっかいを出さないとも限らないだろう。
すると彼女は振り返り、「そうでもないから、帰りはもう少し先にある、分かれ道まで行ったら戻るつもりだよ」と言った。
「そっか」
「すまないな、薬屋まで送れなくて」
「別に、気にしなくていいよ」
充が言うと、時子もうなずく。
「そうよ。沙羅ちゃんのことを大切にね」
すると茜は笑みのなかに困った表情を浮かべる。先ほどの出来事といい、沙羅があのようになってしまった経緯といい、面倒を見るのに苦労しているのだろう。
しかし、茜が沙羅の世話を焼く理由はまだ分からない。
茜は
充が不思議に思っていると、茜は
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