第6話 義母と子の会話

「終わったぞ」


 充が部屋を出てからそれほど時間はかからず、茜が充を呼びに来てくれる。


「早かったね」


「時子が手伝ってくれたからね」


「そっか」


 再び居間に上がると、少女は規則正しい寝息を立てていた。髪の色は変わらず白いし顔色も青白いが、表情は穏やかだ。


「これで終わりですか?」


 充は義母ははに尋ねる。終わったのであれば帰ることができるはずだ。ほっとしていた充だったが、義母はうなずかなかった。


「そうね。でも、もう少し様子を見ていくつもり。水薬はよく効くけど、あやかしが作ったものだから念のため、ね」


「…………え?」


 さも当たり前に言う時子に、充は首を傾げる。


(『アヤカシが作ったもの』……? どういうことだ? そんな薬、聞いたことない。取引をしているところだって見たこともないし……。それにさっきも思ったけど、どうして葵堂うちで調合している粉末の薬を使わなかったんだろう。あれだって水に溶かせば同じように使えるのに……)


「あの……、義母かあさん」


「なあに?」


 充は迷いながらも、義母に尋ねた。


「聞き間違いでなければ……『アヤカシが作った薬』と言いましたか……?」


「ええ。妖怪のことね」


 時子はあっさりとうなずく。


「それはあの……どういうことですか?」


「どういうことって?」


 きょとんとする義母に充は戸惑い、不安感に襲われた。知らないことが多すぎる。


「えっと……だって、それは……」


 充はごくりと唾を飲み込み、自分が何に疑問に思っているかを整理した。


 まず、何故入ってはいけないと言う鷹山ようざんに入ったのか。

 義母はどうして、何の疑問もなく少女を助けたのか。

 茜は何故黒髪の少女から、赤い髪の少女になっているのか。

 そもそも茜と義母は前からの知り合いなのか。知り合いならいつ、どこで会ったのか。

 何故、義母はこの状況に驚いていないのか。

 水薬というのは、妖怪が作った代物だと義母は言うが、どうしてそれが葵堂にあって、義母は知っていて自分は知らないのか――等々。

 

 するとそのとき、傍で話を聞いていた茜が「親子の会話に口を出して悪いが」と言って会話に割って入った。


「もしかして、時子は息子にのことを話していないのか?」


「山小屋のこと?」


 不思議そうな顔で答える時子に対し、茜は眉をひそめた。


「そうじゃない。鷹山ようざんのこととか、葵堂と妖老仙鬼ようろうせんきの関りとかのことだよ」


「鷹山と無透むとうさんのこと?」


 話しが通じない時子に、茜は眉間の皺を深くした。


「そうじゃないよ。この山にはあたしたちみたいな鬼や妖怪が住んでいて、鷹山と葵堂に関りがあるから、妖老仙鬼ようろうせんきっていう妖怪から薬をゆずってもらっていることを言ってないのかって聞いているのさ」


 すると時子は明るい顔を充に向け、「それは知っているもんね」と子どもに言うような軽い口調で息子に同意を求める。


「え」


 充は義母のまさかの答えに衝撃を受けた。そのようなことは一度も聞いたことがない。

 彼は落ち着くために深呼吸をしてから、「鷹山に妖怪が住んでいることは聞いたことはありますけど……義父とうさんにも義母さんにも言われたことはないです。それに、妖怪から薬を譲ってもらっているなんて話、初めて聞きました……」と正直に言った。


 すると時子は目をしばたたかせたのち、「あら、そうだった?」と申し訳なさそうな顔をする。


「はい……」


 彼女は薬屋としては優れているが、それ以外のことはちょくちょく抜けている。よって伝え忘れていたことがあることは、長年一緒に暮らしている充としては想像に難くない。


 しかしこれは重大なことではないか、とも思う。


 それにもかかわらず、薬屋の一員である自分が知らなくて、他人の茜のほうが葵堂の事情に詳しいのというのは、のけ者にされたかのようであまりいい気分ではない。

 もしかすると、養子だから話せなかったのだろうかといかと、悪い方向に考えてしまう。

 

「そうだったのね。……となると、鷹山のことを一から話さないといけないということだから、ええと、どこから説明しようかしら」


 義母はしわのある手を自分の頬に当てる。すると呆れたように茜が言った。


「時子、あたしが説明する」


「いいの?」


 ぱっと明るくなる時子を見て、茜はため息をつく。


「いいも悪いも、時子が話したんじゃ日が暮れちゃうからね」


 すると義母はにっこり笑い、ぱんっと両手を胸のあたりで叩き合点した。


「そうね、その通りだわ。今後のことも考えたらそのほうがいいと思うし。茜ちゃんにお願いするわ」


(今後のこと?)


 充は内心小首を傾げていたが、深く考える前に義母は「じゃあ、その間に私は薬草をみに行ってこようかな。充は話を聞きながら、茜ちゃんと一緒に沙羅ちゃんの様子を見ていてあげて」と言い出す。


「は……い? い、今からですか? しかも、この山で……?」


 充はぽかんとした顔で聞くが、その間に彼女はいそいそと草履ぞうりを履く。


「だって鷹山には珍しい草花が生えているんですもの」


 充はすぐに立ち上がると、草履を履く義母の傍に立った。


「えっ、ちょっと待ってください……! 『水薬』のこともよく分からないのに、様子を見ていてって言われても困るのですが……! それに、ここは鷹山ですよ! 何かあったら……」


「大丈夫よ、充。茜ちゃん、よろしくね」

 

 充の言葉を風のように聞き流し、振り返った時子に茜は軽く片手を上げて了解の意を示す。それを見た彼女は、にっこり笑うと楽しそうに外へ出て行ってしまった。

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