薬屋葵堂と赤鬼物語
彩霞
第一章 薬屋の養子
第1話 妖がいる山
「
山の中は、踏み固められた道あるので歩きやすい。だが、ここは本来人が出入りするような場所ではないのだ。
人の手が入っていないのに道があることも不思議だが、それよりも変なのは時折後ろから落ち葉を踏む音が聞こえてくることだ。
初めは動物かと思ったのだが、頻繁に聞こえているとなるとそうではないだろう。充たちの他には誰もいないはずなのに、不気味である。
(間違いなく何かいる……)
そう思って、
「もう少しですから。頑張って」
明るくてふわりとした声で
「…………はい」
充は複雑な気持ちで返事をしてから、口をきゅっと一文字に結ぶ。そして義母の小柄な背中をちらと見つめたあと、足元の状況を確認しながら
(
充たちが登っている
旭村は北から南に向かって細長い形をした土地で、地図上でみれば鷹山は村から二番目に近い山だ。だが、人々はこの山から恵みを
ゆえに、南側に住む者はほとんどいない。鷹山の
元々旭村出身ではない充は、
そのため最初のうちは「妖怪が襲ってくるのではないか」と心配していたが、義母である時子に話すと「あら、そんなことを心配していたの? 大丈夫よ。ここには下りてくることはないからね」と教えてくれたため、以来山にさえ登らなければ何も起こらないと思っていたのである。
だが、充は今、鷹山を上ってしまっている。
(帰りたい……。でも、もう仕方がない……)
昨年成人を迎え、今年十六歳になった充だが、胸中は半べそ状態だ。それでも腹を
仮に「この山に妖怪や鬼がいて怖いから帰ります」と言って帰ったとする。義母は充を責めることはなく、「いいですよ」と言うに違いない。優しい人なのだ。
では何が彼の「帰りたい気持ち」を邪魔をするのかというと、それもまた充の気持ちである。このような怖い山に、義母だけ残して去って何かあった日には、後悔する日々を送るに違いない。そうならないためには、嫌でも付いて行くしかないのだ。
(あいつも信用して良いのか分からないし……)
充は、義母の前を歩く
先頭に立って道案内をしてくれている彼女は、
「葵堂」は薬屋であって医者ではない。
しかし金のない者が医者を呼べないとき、薬屋を頼ることがある。少なくとも一般人よりも、病や怪我に関する知識を持っているからだ。
そのため充たちが向かっている先には、お金がないけれど医者に見せないといけなような、病か怪我を負っている人がいることが想像される。
充は心の中でぽつりと呟く。
(「人間」がいるんだろうか、この山に……)
——鷹山は妖怪の住むところ。
子どものころにそう聞かされているので、人間が住んでいるとは到底思えない。
いたとしても村の人間ではないだろう。もしかすると、よそから来た旅人かもしれない
どういう人を診るのか、家を出立するときに聞けばよかったと、充は今更ながら後悔する。
しかし義母が二つ返事で「行きましょう」と言うので、「そういうものなのかな」と思ってしまった自分がいて、聞かずにそのまま付いてきてしまったのである。そして彼は言われるがままに、荷物持ちと助手の役割を兼ねて付き添うことになり、鷹山を目の前まで連れて来られて、初めて危険な依頼だったのではと思った。
だが、時既に遅しである。
今のところ
ここに登る前に見たときはあどけなさが残る黒髪の少女だったはずなのに、髪は赤みを帯びていき、身長も少し大きくなっている。
(これは
充は歩を進めるたびにそんなことを思ったが、義母は気づかないのか迷わず歩いて行く。引き返す様子はまるでない。
「はあ……」
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