3-6 念入りな消毒

 民宿は少し広めの民家と言った感じで、とてもこじんまりとしていた。まずは宿屋の奥さんが作ったシチューとパンの簡素な食事を、全員でとった。急な来客だったので材料の調達が間に合わなかったとのことだ。奥さんはひたすら申し訳なさそうにしていて、悪いのはこちらの方だと何度も念を押しておいた。狭い宿ではあるが、客に貸せる部屋がちょうど三部屋あったので、その点は幸運だったと言えよう。


「僕は別に、アランと一緒の部屋でも良かったけど?」

「良いわけあるか。お前は一人部屋だ」


 アランが吐き捨てる。この兄弟はずっとこんな感じでギスギスしているのだ。アランはカミーユの方を向いて言った。


「俺とお前で、交代で見張りをするぞ。三部屋並んでいるからドアの前に居れば良い。異常があればすぐに知らせろ」

「ありがとうございます。助かります……。俺が先に見張りをしているので、アラン様は先に休んでください」

「分かった。睡眠を取ったら交代しにくる」


 カルバンを無視して会話が進んでいく。見張りとしても信頼できないということなのだろう。

 ぶーぶーと文句を言うカルバンの方を見ないふりして、ルビィとアランは部屋の一室に入った。木造の部屋は小花柄のファブリックが沢山置かれていて、優しげな雰囲気だ。しかしドアが閉まったその途端、ルビィはアランに腕を掴まれた。


「どうしたの?」

「さっきあいつにキスされてた。上書きする」

「ええ?手の甲に挨拶程度よ?」

「でも気に食わない」


 アランは眉間に思い切り皺を寄せて、ルビィの手の甲に唇を寄せた。まるで食むようにちゅうと口付けを落とされた後、親指から順番に一本一本の指にキスされていく。なんだかとても大切にされているのがありありと分かって、ルビィは思わず赤面した。


「そ、そこまでしなくても良いんじゃ……」

「いや。あいつの邪念を吹き飛ばすまで念入りにする」


 アランはルビィの手首にちゅうとキスを落とした。そのまま腕の内側に沿うように、何度もキスを落としていく。どんどん肩に向けて口づけが上がってくる。


「ちょっ、ちょっと……!」

「…………」


 半袖を捲ってルビィの肩近くまでキスを落としたアランは、最後にルビィの首筋にじゅっと吸い付いた。


「っ…………」

「ん。これで良い」

「もう…………」


 別にルビィとて嫌なわけではないが、猛烈に照れ臭い。そもそも自分達は普段、あまり恋人らしいことをしていないのだ。ルビィの白い肌は首まで赤くなっていた。


「何でそんな可愛い顔してるんだ?」

「ア、アランのせいでしょ!」


 ルビィはぺしっとアランの肩をはたいた。アランはくつくつと笑っている。分かった上で言っているのだ。


「もう……今日は色々あったんだし、真面目に話し合いましょう?」

「まあ、そうだな」


 簡素な二人掛けテーブルに座る。アランは腕を組んで言った。


「神狼のルーツも分かったし、敵も見えてきた。今日は収穫が多かったと思う」

「そうね。それにしても人間に対してこんなに排他的だなんて、ちょっと思わなかったわ」

「それだけ狼人間たちは苦労してきたんだろう。ただ……カミーユとジャネットのことは、どうも他人事と思えない」


 アランは一度目を瞑ってから、決意した様子でルビィに切り出した。


「今までお前に話したことはなかったが、神狼は基本的に誰かと番うことを禁じられている。結婚もできないんだ。……黙っていてすまない」


 ルビィはぱちくりと瞬いてから、けろりと笑って言った。


「そんなことで悩んでいたの?私は気にしないわ。第一今後どうなるか、全然分からないじゃない」

「……今の状況ではそうだな。ただ、俺は……」


 アランの青いタンザナイトの瞳は揺れている。彼が苦悩しているのが伝わってきた。


「俺は、できるなら……死ぬまでお前と共に居たいと思ってる」


 熱烈な告白だ。ルビィは慈愛に満ちた顔で微笑んで言った。


「そんなの、私も同じよ。ただ、いつ死ぬか分からない世界でずっと生きてきたから、将来のこととかはあんまり考えたことなかったかも」

「そうか。まあ、俺も考え出したのは最近だ」


 アランはそこまで言って、やっと口元に笑みを浮かべた。


「今までは希望とか、そんなものとは無縁だったからな」

「いいじゃない。一緒に少しずつ考えていきましょう?」


 ルビィは首を傾げて、瞳を細めて円弧のかたちにした。アランは、やっぱり彼女が心底愛しいと改めて思った。


「それにしても。この里も、外部の人間を跳ね除け続けていたら、衰退していく一方だわ。何とかジャネットを受け入れてもらいたいところね」

「まあそうだな。…………対外的にも正式な神狼である、金狼の名を持って祝福を与えれば認められるかもしれないが。あいつの手を借りるのは癪だ……」

「本当にカルバンと仲が悪いのね。向こうは結構アランのこと、気にかけてるみたいだったけど?」

「気にかけてるんじゃない。あれはおちょくって楽しんでいるだけだ」

「……否定はできないわ」


 ルビィが肩を竦める。アランは心外そうに言った。


「でも、こんな場所にあいつが現れたということは……あいつも正しい歴史について、調べているのかもしれない。昔から鼻の効く奴だからな」

「ここで紡がれている歴史には、ほぼ間違いなく重要な意味があるということね」

「そうだろうな。まあ、カミーユとジャネットのことは乗りかかった船だ。明日改めて話し合って、解決策を考えよう」

「そうしましょっか」

 

 二人はそれから湯を浴びて、おやすみのキスをしてから一緒のベッドで眠った。最近はずっと野宿だったので新鮮だ。アランがぬっと腕を差し出して来て、「頭乗せろ」と言ったので、ルビィは頭を載せてそっとアランに寄り添った。アランはそっと、もう片腕を回してルビィを抱き寄せて来た。彼の匂いと体温に包まれると、なんだか心の底から安心してしまって……ルビィは久しぶりにぐっすりと熟睡したのだった。

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