3-5 激しすぎる兄弟喧嘩

 アランは踏み込みながら、素早くナイフを投擲した。


「加速度上昇≪アクセル≫」


 多数のナイフが急加速し、弾丸のようにカルバンの体じゅうを撃ち抜く。全身穴ぼこだらけになったカルバンは、笑いながら言った。


「瞬間治療≪インスタントヒール≫」


 撃ち抜かれたはずの傷が、にゅるりとあっという間に塞がる。そのままカルバンは勢いよく突進し、アランに斬りかかった。


「停止≪ゼロ≫」


 アランが動きを停止させ、カルバンの剣がぴたりと空中で停止した。しかしなおもカルバンは笑っている。


「時間消去≪デリート≫」


 彼が唱えると、まるで今の激突がなかったみたいに、二人の距離が空いた。


「何あれ。どういうこと……!?」

「ルビィちゃん!僕の能力、完全治癒の本質は時間の巻き戻しなんだ。だから、何でも『なかったこと』にできるんだよ〜!」

「御託を並べている暇があるのか!!」


 わざわざ説明してくれたカルバンに、アランが容赦無く襲いかかる。足元の砂を勢いよく蹴り上げた。


「加速度上昇≪アクセル≫」


 細かな砂が猛烈な勢いでカルバンを襲う。強烈な目潰しだ。


「ちょっと、痛いよ!瞬間治療≪インスタントヒール≫!」


 カルバンは一瞬怯んだが、踏み込んで笑いながら再度剣を振り上げる――――と、見せかけて、空いた拳でアランを思い切り殴った。


 ガン!!


 拳を受けたアランは、傾いた頭をぐらりと元に戻した。憤怒の形相を浮かべている。彼は口から血を流しながら叫んだ。


「重力追加≪グラビティ≫!!」


 瞬間、カルバンにドッと重力がかかり、周りの土ごと円形にガタンと沈んだ。アランはその隙に、カルバンの頬を思い切り殴り返した。


 ガツン!!


「お返しだ」

「いったぁ。本当に負けず嫌いだな〜!時間消去≪デリート≫!」


 また二人の距離が空く。なんと、殴り合ったはずの傷ごと消えている。


「はあ。キリがない。だからお前とやり合うのは嫌なんだ!」

「ははっ!僕もなかなか疲れるんだよ?」


 アランは怒り狂いながら、カルバンはけらけら笑いながら、また激突していく。遠慮なんて一切ない。二人とも、相手を殺すつもり満々でかかっていくのだ。


「な、なんて激しい兄弟喧嘩なの…………!?」


 ルビィは呆れた声を出した。見学しているカミーユとジャネットは青褪めて、完全に怯えている。

 

 結局そこから二人の勝負は、全然付かなかった。カルバンは激しく負傷し、血を流しては瞬間治療する。アランは致命傷を避けながら、本気で苛烈な攻撃を繰り出す。そして時々、カルバンが両者のダメージを『なかったこと』にするので、また最初からやり直しになるのだ。

 しかしそれでも疲労と魔力消費だけは避けられないようで、時間が経つにつれて二人は肩で息をするようになり、くたくたになっていった。とうとう見かねたルビィは、大きな声で呼びかけた。


「もう暗くなるわ。次の一撃でおしまい!二人共、いいわね!!」

「それで良い。次で決めてやる……!」

「やってみなよ!」


 両者とも、最後は純粋に剣で打ち合った。もう魔力がすっからかんなのだろう。激突した刃がぎりぎりとせめぎ合う。


「強くなったねぇ、アラン?」

「上から目線でものを喋るなっ!!」


 アランがくいっと剣をいなし、身を翻して下段に突きを入れた。しかしそれもカルバンの刃に受け止められる。


「重力追加≪グラビティ≫」


 アランが詠唱すると、ガクンとカルバンが沈んだ。地面に手がつく……と思われたが、剣を捨てたカルバンがアランの腕を勢いよく引いた。疲労困憊のアランはバランスを崩し、結局カルバンと同時に尻餅をついた。


「はははっ!引き分けだね〜……!いやぁ、楽しかったねえ!!」

「クソっ…………!!」

「アラン。まさか……はぁ。まだ、魔力を残してるとは思わなかったよ。ルビィちゃんに、良いとこ見せたかった?ねえ?」

「煩い……!ただの、戦略だ……っ」


 ゼェゼェしながらもカルバンはアランを煽り続け、アランは額に青筋を浮かべている。

 ルビィは呆れ返りながら二人を叱った。


「はいはい、くだらない喧嘩は終わり!!もう、こんなに暗くなっちゃったわ……私たち、まだ今夜の宿すら確保してないのよ?」

「あ、あの……。宿なら、村で民宿を営んでいる家があります。時々来る狼人間の旅人が、泊まれるようになっているんです。まあ、神狼様なら、頼めば長老の家に宿泊させてもらえるとは思いますが……」


 怯えていたカミーユが、おずおずと申し出た。アランは少し考えてから答えた。

 

「いや、良い。こっちには人間のルビィと、ジャネットがいる。人間をよく思わない者から、襲撃を受ける恐れがある。護衛が必要だ」

「確かに。皆でまとまって一箇所に泊まって、交代で見張りをした方が良いわね」


 アランの隣に進み出たルビィが言うと、後ろからその肩を掴んで、にゅっとカルバンが顔を覗かせた。


「それなら僕も、そこに泊まろうっと〜」

「は?お前はついてくるな」

「僕がどうしようと、別に自由だろ?それがアランに何か、関係あるの?」

「…………勝手にしろ」

 

 アランは小さく舌打ちをしている。どうやら、カルバンとはとことん相性が悪いようだ。

 こうして一同は、村にある唯一の民宿に向かったのだった。

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