2-5 ハインツの情報

 あのあとアランは治癒院に運び込まれ、銃創じゅうそうの治療と解毒治療が並行して行われた。

 

 いくら魔法で治療したとはいえ、銃撃された上に神経がやられていたため、回復には時間を要した。彼は五日間、高熱と嘔吐などの症状に苦しんだのだ。後遺症が残らなかったのは、奇跡的と言えよう。

 その間ルビィは、付きっきりで献身的にアランを介抱した。


「アラン…………目を覚まして……………………お願いよ……………………」

 

 ルビィは誰もいなくなった真夜中、アランの手を両手で包んで涙を零していた。毎晩、毎晩だ。

 その様子を、ハインツは気配を殺しながら、陰でじっと見つめていた。

 


 ♦︎♢♦︎



「おうアラン、大分良いって聞いたけど、具合どうだ?」


 アランが身体を起こしていられる時間が大分長くなった頃、ハインツが気軽な調子で病室を訪ねてきた。手には見舞い用の果物も持っている。


「ああ、もうほとんど良い。だが、体が鈍って仕方ない……」

「鍛錬したりしちゃダメよ、アラン。まだ安静にしてるように言われているでしょ」


 うんざりした様子のアランの言葉に、すかさずルビィが突っ込む。この様子だとルビィは、アランのことを四六時中見張っているのだろう。


「ハインツ、勝負の最中にすまなかったな……」

「いやいや、いやいや。お前が謝ることじゃないだろ」


 真面目な様子で謝るアランに、ハインツは慌てる。アランは項垂れながら続けた。


「勝負の決着は、しばらくお預けだな……俺が元通り動けるようになるには、大分かかる」

「いや、勝負ならついたぜ」

「?」


 ハインツは空いている椅子にドカっと腰掛けてから、両手を上げて降参のポーズを取った。


「どう考えても、俺の負けだろ。銃撃がなかったら、間違いなくそうなってた。それを今日、話しに来たんだ」

「は……?俺の勝ちで、良いって言うのか?」

「そうだよ。それに……」


 言葉を止めて、ハインツはチラリとルビィを見やる。彼女の菫色の大きな瞳は、アランにだけじっと向けられていた。


「……別の意味でももう、俺は負けてるみたいだ。この数日で……良く、分かった」


 ハインツは、とても切なそうな様子だ。どうやら本気で、ルビィのことを諦めるつもりらしい。


「……ん?ねえ、別の意味って何?」

「お前は、知らなくていいよ」


 置いてけぼりなのはルビィだけだ。彼女は怪訝な顔で二人を見比べた。その様子に少し笑いを堪えながら、アランは言った。

 

「……わかった。お前が、そう言うなら。ありがたく勝ちにさせてもらう。『情報』は……こうなった今、一刻も早く欲しいからな」

「そうだろうと思って、今日やってきたんだよ。今から伝えるが、問題ないか?ちなみに声が漏れないよう、俺の魔法を使ってるから。漏洩の心配はないと思ってくれ」

「問題ない。初めてくれ」

「わかった」


 ハインツはベッドに座っているアランに向け、身を乗り出した。ルビィも間を詰めて聞く体勢に入る。

 

「じゃあまず、特別な二つの情報の前に……今の教会の動向を話しておく。過激派、およびそれに準ずる連中は、当初はお前たちの足取りが掴めなくて、中央都市を中心とした大都市に散らばっていた。しかしフェリエの街でお前たちが見つかってからは、フェリエ周辺から中央都市に向かうルート上に、戦力を集中させ始めている。もしもこれから中央都市へ向かう旅をしようってんなら、難易度は跳ね上がるぜ。注意しろよ」

「…………」

「ちなみに、ここでお前が銃撃された情報は広まってない。ギルド長が冒険者たちに緘口令を敷いてくれたのと、俺がブラフの情報をパラパラ撒いて……奴らを翻弄しておいた」

「ハインツ、そんなことしてくれてたの?」

「アランが回復するまでの時間が必要だと思ったからな、急いでやった。この分は後で請求するから、感謝しろよ?」


 ハインツは片方の口端を吊り上げて、ニカっと笑った。この男は何だかんだ言って、相当に面倒見が良いようだ。アランはハインツに対する認識を大きく改め、感謝した。


「…………ちなみに、イドルヴ様の動向だが」

「……!」

「完全に静観している。何の声明も、何の動きもない。……お前を助ける気も、特にないようだぞ、アラン」


 アランはピクリと聞き耳を立てたが、ハインツの言葉を聞いて目を伏せ、少し思案しているようだった。

 そう、これは、ルビィもうすうす疑問に感じていたことだ。


 『イドルヴ・ゼレールは本当に味方なのか?』


 ルビィがずっと、アランには尋ねられなかったこと。イドルヴを「親代わりなんだ」と言った、いつかの様子を思い出す。


 ――――アランはきっと、唯一慕う人に、捨てられたように感じているでしょうね……。

 ルビィはアランの気持ちを思って、胸の奥がずきずきと痛むのを感じた。しかし、目を背けてばかりいられないのも事実である。

 

「……お前の言い分を、まとめると」


 ここでアランがぽつりと言葉を発したので、ルビィはまたそちらに注意を向けた。


「俺たちは中央教会を目指すべきではない、ということだな。違うか?」

「……そうだ。情報を集めた限り、俺はそう思ってる。同伴するルビィが危険だからとか、そんな理由だけじゃない。中央を目指す『意義』が本当にあるのか?と、お前に問いたい」


 ハインツは人差し指を唇に当て、瞳をきらりと光らせながら、更に言葉を続けた。


「そこで、俺の『二つの情報』だ。これを聞いて、今後どうするのが良いのか……お前たちに、良く考えて欲しいんだ」

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