2-2 決闘前夜の誓い

 アランとルビィは大騒ぎの食事が終わった後、宿屋へ向かった。チェックインを済ませ、二人で宿泊する部屋に入る。

 アランとルビィは一緒に野宿もしているとはいえ、一応未婚の男女であるし、別々の部屋にしても良かったのだが。ルビィが、今日は絶対に同じ部屋で寝ると言い張ったのだ。何だかアランが、自分から離れて行こうとしているような……そんな不安に、囚われていたからである。


「……何で、勝手に決めちゃったの」


 ぽつりとルビィが呟いた。自分でも思ったよりもずっと子供じみた声が出てしまって、何だか恥ずかしかった。

 アランはすぐに、真面目な調子でこう返してきた。


「あいつの言ったことは事実だと思ったからだ。俺は、俺の実力不足で……お前を、危険に晒したりしたくはない」

「でも……!私は強いし。それに、私はちゃんと、私の意志で、貴方に着いてきているのよ!」


 まるで一緒に旅をしない方が良いと思っているかのような、アランの言い分。それにルビィはどうしても、納得がいかなくて……悲しくて。声を張り上げる。


「ねえ、分かってるの!?ここで別れたら、もう二度と会えないかもしれない……今生の別れになるかもしれないのよ!?」


 ルビィの声は、もはや小さく震えていた。彼女は沢山の戦場を駆けて、人との死に別れには慣れてきたはずだった。

 

 でも……何故だろう。

 この不器用で孤独なオオカミ、アランと――――二度と、会えなくなるかと思うと。全身の細胞が泣き出すように戦慄わなないて、苦しくて苦しくて、仕方がないのだ。


「…………そんな、悲しい顔するな」

「だって…………」


 アランはくしゃりと微笑んで、そのしなやかな手で恐るおそる、ルビィの柔い頬に触れてきた。今にも溢れそうな涙の膜が張った目尻を撫でるように、長い指が動く。そうされるとくすぐったいのに心地よくて、ルビィはいつまでも、こうしていて欲しいと思った。

 頬を傾けて、アランの大きな手に顔を預け、じっと見つめる。そしてルビィはもう一度、言った。


「ねえ。お別れに、なるかもしれないのよ…………」


 ルビィのすみれ色の目からはとうとう、透明で美しい涙が一筋溢れ出した。照明を落とした部屋で、それは月明かりを受けてきらりと輝いていた。

 アランはそれを心から愛しいと思いながら、誓うように言った。


「俺は負けない。……俺を、信じろ」


 その言葉は力強く、決意に満ち溢れていた。

 実力者のハインツ相手に、それは難しいことだと分かっているはずなのに。ルビィは不思議と、アランを信じたいという気持ちになった。だから、小さくコクンと頷いてみせる。また涙が一筋、ぽろりと溢れ落ちた。

 

 その時である。アランはすっと顔をルビィの頬に近づけて……その涙を、舐めとった。


 月明かりに照らされたタンザナイトの青と、間近で目が合う。絡み合った視線を動かせなくて、ルビィは世界中の時が止まってしまったように錯覚した。しばらく見つめ合ったあと、カッと急激に全身の体温が上がるのを感じる。身体中が、特に下腹の当たりが、ビリビリとしておかしいのだ。

 

 ハインツにキスされても、何とも思わなかったのに、これは一体何なんだろう。

 何故アランに対してだけ、自分の体がおかしくなってしまうのか――――ルビィにはまだ、全く分からなかった。

 

 そんな様子を見たアランは、少し嬉しそうに口角を上げた後、今度はルビィの耳元に口を寄せてきた。そして甘い、甘い声音で言う。


「あいつには、絶対…………お前を、渡さないから」


 それは、ルビィが今まで聞いたことのない種類の声だった。ルビィはお腹の奥が、つんと痛むのを感じた。

 

 ついで、チュッと分かりやすい音を立ててから、アランの顔が離れていった。耳にキスをされたのだと、遅れてから気が付く。ルビィは自分の心臓が壊れたみたいに爆音を鳴らすのを聴きながら、勢いよく耳を押さえ、死にかけの声を何とか絞り出した。


「ね、ねえ……?なんか……私が、メインの賞品みたいに、なっているけど。アランは……情報を、渡して欲しいのよね……?」

「……さあな?」

「さあな、って……」

 

 アランは、意味深に笑う。それはとても魅力的で、思わず見惚れてしまいそうな――――ミステリアスな、笑顔だった。


「一度、自分でよく考えろ」


 そんなことを言われても。ルビィにはただ呆然と、しばらくそこにへたり込むことしかできないのだった。

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