第二章
2-1 情報屋ハインツ
「すごい活気だな……」
アランは、初めて見る『冒険者の街』の様子に驚き、キョロキョロと当たりを見回していた。
二人は避難していた場所から東へと逸れ、中規模の街ゼールへと到着した。追っ手からは何とか逃れられたようだ。
この街には冒険者ギルドの支部があり、剣士や魔法使いなど、各種職業の冒険者達が多く集まる。常にガヤガヤとした喧騒に包まれ、非常に活気ある街である。大通りには武器屋、魔道具屋、怪しげな薬屋などがごった返し、その隙間を縫うように酒場がひしめいていた。通りを行き交う種族も、エルフやドワーフ、獣人など、その姿形は様々だ。
比較的目立つ容姿をしているアランとルビィも、ここならば紛れ込めそうである。木を隠すなら森の中、と言うわけだ。
こうして、アランがまるでお上りさんのように辺りを見回していた時――異変は起こった。
「きゃっ!」
後ろについてきていたルビィが、突然悲鳴を上げたのだ。アランはすぐさま警戒態勢を取り、振り向いた。見ればルビィは、赤毛の男にガッシリと肩を掴まれているではないか。
――何だこいつ!?今まで、まるで気配がしなかった。
アランの警戒レベルは最大級に達し、すぐさま反撃に転じようとした。
「あっ、アラン。こいつは大丈夫よ、知り合いだから」
そんなアランを、ルビィがすっと押し留めた。只者ではなさそうな、この赤毛の男はルビィの知り合いだと言う。アランが睨みつけると、その男はエメラルドみたいな目をニイっと微笑みの形にし、これでもかとルビィに顔を近づけて見せた。
「はは!そろそろ来る頃だと思ってたぜ?ル・ビ・ィ。しっかし相変わらず、お子様体型だなぁ〜?」
――――なんか、近すぎないか?
知り合いとは言え、あまりにも馴れ馴れしい男の距離感に、アランは段々と殺気立ってしまう。赤毛の男の顔は整っていて、上背もあり、何だかそこはかとなく遊び慣れていそうだが――――ルビィを見るその眼差しに、ある種の熱っぽさがあるのを、アランは見て取った。
どうやら彼はルビィへの好意を、隠す気もないらしい。
非常に、気に入らない。苛々する。
「相変わらず失礼ね!ちょっと、苦しいってば」
「いいじゃん。俺とお前の仲だろ?」
「どんな仲よ!いい加減にして、ハインツ!!」
アランは今にも二人を引き剥がそうとする寸前であったが、ルビィが呼んだ名を聞いてハッとした。
ハインツ、と言ったか。
それは二人が頼って探しにきた、腕利きの情報屋の名前ではないか。
「お前が……『情報屋ハインツ』なのか?」
「そうだぜ。初めましてだな?銀狼のアラン君。噂は沢山、た〜くさん、聞いてるぜ?」
ハインツはその整った口元を片側だけ吊り上げ、値踏みするような視線でアランを睨め付けた。予想よりも随分、敵対的な態度である。そして遠慮がない。
「ちなみにハインツってのも偽名だからさ〜。好きに呼んでいいけど?」
「どうも、ハインツ。俺はアランでいい」
「ちょっとハインツ、感じ悪すぎじゃない?もう、アランも仲良くして。ほら、二人、握手して!!」
間に割って入ったルビィに取り仕切られ、二人はしぶしぶ握手を交わす。しかし両者一歩も引かず、睨め付けるような視線を向け合っていた。バチバチである。
「まずは出会いを記念して、酒場でもどうだ?…………お前が喉から手が出るほど欲しがるような、取っておきの『情報』……揃ってるぜ?」
ハインツが、油断ならない笑みでアランに言った。
このようにして、ややギスギスしながら、三人の密談が始まったのである。
♦︎♢♦︎
三人は沢山ある酒場の中でも、とりわけ客で混み合っている酒場に入った。するとハインツは手慣れた様子で、奥の個室にすっと進んで行った。どうやら常連らしく、店主も全く気にしていない。いつもここで情報を売っているのだろうか。
アランとルビィは大人しく着いて行く。ハインツは適当に全員分のエールと、摘まんで食べられる軽食を頼んでいった。店のほうも慣れた様子で、程なくして全てが揃う。
その個室は、他の客達からはちょうど死角になっていた。それでいて店の喧騒がうるさいから、ここで密談しても内容は漏れなさそうだ。
「はい、乾杯!」
「かんぱーい!」
「……」
ハインツが勢いよく、ルビィがそれに続き、アランだけはむっつりと黙ったままグラスを打ちつけた。
と言うのも、相変わらずハインツとルビィの距離が異様に近いので、気が気じゃないのである。ハインツときたら、暇さえあればルビィの頭を撫でたり、肩を触ったり、顔を近づけたりしているのだ。
「相変わらず小せえな〜、ちゃんと食ってんのか?」
「ほっといてよ。ちょっと、自分の嫌いな物、私の皿に放らないで頂戴」
「いーじゃん、じゃあさ、あーんしてくれよ?」
二人の親しげな様子に耐えかねたアランは、思わず聞いてしまった。
「二人は……恋人か、何かなのか……?」
もしここでイエスと答えられたらと想像するだけで、アランはもう辛くて、死にたくなりそうだった。
「まさか!」
しかしルビィは、全く心外だとでも言いたげな、驚いた様子でそれを否定した。アランは一気に肩の力が抜ける。ハインツはそれが面白くないようで、いじけたような声を出して見せた。
「ルビィなら、俺はいつでも大歓迎だけど?」
「何言ってるのよ全く。そういうの、誰にでも言ってるくせに」
どうやらこれは完全にハインツの片想いで、鈍感なルビィは全くそれに気が付いていないようだった。ハインツがルビィに向ける視線は、こちらが恥ずかしくなるくらいの甘さを含んでいるというのに。気づかないルビィもルビィだ。あまりにも無防備すぎる。
ハインツは一度、はあっと大きなため息をついて、もう一度挑むようにアランを睨みつけてから、本題を切り出した。
「なあ、アラン?俺と――――『賭け』を、しないか?」
アランはピクリと反応し、少し周囲を警戒してから聞き返した。
「賭けだと?……それは、お前の言う『情報』とやらと関係があるのか?」
「ご名答。俺はお前にとって、とーってもスペシャルな情報を、二つ持っている。中央教会の動向や過激派の動きについての情報はもちろん掴んでいるが、その他にビッグなのが二つも、だ」
教会や過激派の動向の他に、
随分と気になる言い方だ。そして彼は、その『情報』を、ただでは教える気がないらしい。
「賭けの条件は?」
「俺とお前で、決闘をする」
「何ですって!?」
横から口を挟んだのはルビィだ。聞き捨てならないと言うふうに立ち上がりかけたのを、アランが手で制した。
「話を聞こう」
「条件を話すぜ。決闘と言っても本物の剣じゃない。刃を潰した模擬剣での模擬戦だ。ただし、魔法は一切なし。……三本先取制で、どうだ?」
「……」
「なあ?銀狼のアランよ。お前が俺に勝てば洗いざらい、タダで情報を教えてやろう」
「……俺が負けたら、どうなる?」
一番重要な点を問うたアランに対し、ハインツは待ってましたとばかりに、笑みを深めて言い放った。
「お前が負けたら……ルビィの身柄を、俺に渡してもらう」
「!!」
「なっ!!なにを勝手なこと言ってんのよ!」
ルビィは怒って立ち上がり、とうとうハインツの胸倉を掴んだが、アランは黙って思案していた。そして呟く。
「ルビィを賭けろ、……ってことか」
「そう、俺が買ったら……ルビィを、もらう」
「ちょっとちょっと、二人とも……!」
「お前なんかに、ルビィは渡さない」
「それは俺の台詞だ」
胸倉を掴んでいるルビィを無視して、男二人は睨み合った。見えない火花がバチバチと飛んでいるのは明確である。無視されたルビィは焦って振り返り、アランに言い募った。
「勝手に話を進めないで。ねえアラン、ハインツは剣技も相当な腕よ。こんな条件、相手にしないで」
「おいおい邪魔するなよルビィ。なあアラン、いいからちゃんと聞けよ?」
ハインツはアランを挑発するように薄笑いを浮かべながら、口を挟んできた。
「そもそも俺は、俺に負けるような奴に、ルビィを任せらないと思っているだけなんだ。……なあ、俺は間違ったことを言っているか?」
「……間違っては、いないな」
アランは思ったことを、正直に答える。
確かにここであっさり負けるようであれば、自分にルビィを連れて行く権利などないと思ったのだ。自分がルビィのことを、心から好いているからこそ、である。
「わかった、条件を呑む」
「アランってば!!」
頷いたアランに、ルビィはわっと掴み掛かった。ルビィの意思を無視してルビィ自身の身柄が賭けられるなんて、ごめんだった。
しかし、当のアランはルビィに目もくれず、ハインツから目を逸らさないのだ。
ハインツはもう一度、念押しするように言った。
「俺に負けたら、これ以上ルビィを危険に巻き込むことは許さない。お前は今後一人で、逃亡の旅をしてもらう。ただし俺に勝てたら、お前たちが知りたい情報プラスアルファ、大サービスで丸ごとくれてやる!!勝負は明日。どうだ?」
「……乗った」
「やったぜ!きちんと見てろよ、ルビィ!」
ハインツは一気に弾けるような笑顔になり、アランの目の前でルビィと肩を組んだ。しかもあろうことか、そのままルビィの丸い頬に、キスして見せたのである。
アランは怒りでわなわなと震え、額に青筋が立った。
「……許さない……!」
「ちょっと何するのよ!ハインツ!離して!」
「皆〜!聞いてくれ!!ビッグイベントだぞ!!」
ハインツはルビィの異議申し立てに全く聞く耳を持たず、ずかずかと酒場の真ん中に出て衆目を集め、それから勢いよく言い放った。
「明日、俺とここにいるアランが……決闘をする!!賭けるのは……戦場の花、『赤ずきん』ルビィだ!!」
オオッ!!と酒場が沸き、大歓声が上がる。あっという間に、賭けは確定事項になってしまった。これはもう大ごとである。
ハインツは楽しそうな酒場の男達にもみくちゃにされ、アランは黙って一人エールを傾けていた。若い娘たちは容姿の整ったアランに目をつけ、早くもキャーキャーとはしゃいでいる。
一人仲間はずれにされたルビィは、大声で叫んだ。
「何で……何で、私に断りもなく、話を進めるのよ〜〜〜!!!」
男と男の勝負に水を差しちゃいけないよ、と店主に
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