雨のち流星群
たけきょー
第1話 雨と暮らす
クラウは目を覚ましてからもしばらく、目を閉じたまま雨音に耳を澄ませた。この前テレビで見て驚いたけれど、アラームが鳴る前に起きるのってよく眠れていないらしい。子どもの頃から目覚ましなどなくとも目覚められるクラウは風邪だってめったに引かないけれど、なんとなくその情報は嬉しくて、わざわざアラームが鳴るのを待つようになった。
ぴぴ、と時刻が変わるとともに鳴り出したそれを間髪入れずに止め、彼は開かない目をこすりながら体を起こした。ベッドのそばにある窓から鈍い光が差し込み、鼻の頭を照らす。カーテンは開けない。湿度調整のために空調だけは立派な汚部屋を歩き、クラウはのろのろと洗面所へ向かった。
いわゆる1Kの間取りの自室は平均より狭めだが、出来るだけ自分の部屋にいたくない彼に役に立たないこの自室は最適だった。顔を洗い、部屋着から制服に着替え、指定カバンを持ち上げてさっさと玄関に立つ。靴をサンダルのように踵を踏んで突っかけ、がちゃりとドアノブを捻った。
ざああ……、と雨の音が背中の方へ遠くなる。それと同時にトーストの甘い匂いと、アナウンサーが今日は午後から雨だと伝える声がクラウを出迎えた。
玄関扉から手を離すと勝手に閉まっていく。クラウは履いたばかりの靴を脱ぎ、とん、と明るい茶色の床板に足を置いた。
「おはよう」
テレビの音と同じくらいの声量で、母親の眠たげな声が聞こえた。カバンは玄関に置いておき、彼は朝食を食べに居間へ向かった。キッチンも一緒になった縦長なリビングダイニングは壁の一面が大きな窓になっていて、カーテンは開け放され、爽やかな春の陽光が差し込んでいた。
クラウはテーブルへ行き、先に朝食を食べていた妹の頭を撫でた。おあよ、とトーストで頰を膨らませながら彼女がクラウを見上げ、そのままキッチンへ行く彼の背をくりっとした瞳で見送った。
父親の影響で飲むようになったコーヒーのマグカップを片手に改めて食卓につき、クラウは朝食に手をつけた。父親が早朝に作って置いていくそれらは冷め切っていた。まだ寝巻き姿でテレビの前のソファに寝転がる母親が、天気予報が終わってすぐ、録画していたドラマにチャンネルを変える。
「フラウ、僕のカバンにお弁当入れておいてくれる?」
「はーい」
食べ終わった妹に頼み、クラウは残りを急いでかきこんで彼女の皿も一緒にキッチンへ運んだ。兄妹二人分の水筒を作り、それを持って玄関へ行く。
クラウが廊下に出るのと同時に、とたっ、とたっ、と軽い足音を立てながら妹がランドセルを背負って階段を降りてくる。彼女に水筒を手渡し、今度は靴をきちんと履いて、二人は一緒に家を出た。
「おはよー! フラウちゃん」
友達の声に、妹が元気よく二、三段の階段を飛び降りてレンガ作りの道に出る。クラウが扉の鍵を閉めないうちに彼女は友達と歩き出してしまったので、彼は妹たちの数メートル後ろをついていった。
道はレンガで統一されているが、各部屋の扉を囲む柵は人の趣味が出るので見ていて面白い。花の咲く木を使った垣根だったり、低めで丸っこい可愛らしいものだったり、高めの柵にサーフボードや自転車など趣味のものが立てかけられているようなところもある。クラウは目にかかる前髪越しにそれを眺めながら、陰気な彼にしては珍しく顎を上げて歩いた。
妹たちを小学校の扉のある『0105番地施設用ドーム』まで送って、クラウはその近くの駅へ移動した。駅も同じくドーム状の建物で、定期券で改札を通り抜けて無数の扉の並ぶドームの中へ入る。駅は、歩いては到底行けない遠いところへ扉をつないでいる場所だ。
クラウの通学路なら、ここから県の駅の扉を集めた大きな駅へ移動して、高校のある町の駅へ出る。途中友人と合流しながら、『0134番地施設用ドーム』に入り、高校へ繋がる扉を開いた。
傘を持ってくるのを忘れた。
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