魔物の神



神のような存在──彼はそれを「神」と呼ぶことに抵抗を覚えていた。自らを名乗ることすらしなかったその者の目の前に立つ、救世の虚無者。彼は冷ややかな瞳でその青年を見つめ、心の中でひとつの考えを巡らせていた。


面白い……


その青年が放った力を感じたとき、彼は一瞬、動揺を覚えた。これほどまでに純粋で、強大な力を持つ者がこの世界に現れるとは思ってもみなかった。虚無者という言葉が指し示すその力は、もはや神々の領域にすら触れんばかりの存在であった。


だが、それと同時に、彼の心には疑念が生まれていた。この青年が持つ力は、確かに無限に近い。だがその力が本当に、この世界の秩序を守るために使われるのか? それとも、破壊を引き起こすために使われるのか?


その力、どちらに転ぶ?


彼の心は不安で満ちていた。この虚無者が持つ「力」は、決して安定していない。あらゆるものを消し去り、また再生させることができるその力は、まるで神の力に似ている。しかし、神々のようにその力を使いこなす者は、この世界に一人もいない。


万物を無に帰す力を、手にした者が正しく使えるだろうか?


彼の瞳は、虚無者──青年の顔を凝視していた。青年が立つその場所に、圧倒的な力が満ちているのを感じ取った。その力は、目の前の存在が意図しないまでも、世界そのものを引き裂こうとする力を持っていた。


青年の眼差しには、恐れはなかった。それどころか、どこか自信に満ちたものがあり、冷徹な表情にその意志の強さを感じ取ることができる。だが、同時に、その表情の奥に微かな迷いが隠れていることにも気づいた。


こいつ、まだ答えを見つけていないのか……


その迷いが、彼の心に重くのしかかる。だが、迷いがあるということは、まだ人間らしさが残っているということでもある。それは、彼にとって唯一の希望でもあった。


もし、この虚無者が本当に力を制御できたなら──そうなれば、神々に匹敵する力を持つ者として、世界の秩序を保つために彼を使うことができるかもしれない。しかし、その迷いが大きければ、大きいほど、彼が持つ力はどこに向かうのか、まったく予測できない。


「お前が、救世の虚無者……?」


青年の言葉が、空気を震わせた。彼の声には、どこか無骨な響きがあった。興味深い。まるで、自分の存在に対しても一片の驚きすら感じていないように、無関心そうに告げられたその言葉が、彼にはまるで違和感のように響いた。


この者にとって、俺はただの試練なのか……?


彼はその青年を試すように、あえて問いかける。


「その力が、今ここで試される。それが、この世界の運命を決めるのだ」


言葉を発した瞬間、青年の内面に何かが動いたのを感じた。内心ではほっとした自分がいた。この青年は、確かに迷いを抱えているが、同時に強く生きようとしている。すぐにはその力を制御できなくとも、何かを得ることに違いはないだろう。


そして、青年が放った力は、予想を超えて圧倒的だった。彼の目の前で、世界が歪み、ひとつの強烈なエネルギーが巻き起こる。それが、空気を切り裂き、暗闇の中に溶けていった。


その瞬間、彼は冷静を保とうとしたが、どこかで震えを感じずにはいられなかった。ああ、もう後戻りはできない……


彼の心に浮かんだのは、恐れでもなく、興奮でもなかった。いや、むしろそれは、何か深い、沈黙のようなものが満ちている感覚だった。力の向かう先を、まだ自分が見守っている。だが、この力を引き寄せるものは、何かしらの大きな目的を持っているはずだ。


「さあ、次はどうする?」


その言葉は、自分を試すために発したものではない。逆に、自分自身をも試し続ける存在が、目の前に立っているのだと気づかされた。この者がどう出るか、その瞬間が今後のすべてを決定する。


再び、青年と目が合った。彼の目の中には、恐れることなく、しかし少しの疑念を感じるようなものがあった。


この力をどう使うかは、お前次第だ。


神のような存在は、心の中でその言葉を繰り返しながら、静かに息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る