救世の虚無者



周囲の勇者たちの視線が、一層鋭くなっているのを感じた。緊張感が漂う中、一人の若い勇者が声を震わせながら前に出る。


「まさか……本当に救世の虚無者が現れるなんて……!お前がこの世界の秩序を乱し、我らを滅ぼそうというのか?」


その言葉に、周囲の勇者たちも不安と敵意の表情を浮かべる。どうやら、この「救世の虚無者」という存在は、彼ら勇者にとっても脅威であるらしい。しかし、当の本人には、救世の虚無者が何を意味するのか、いまだに全くわからなかった。


「待て、違うんだ。僕はただ——」


必死に説明しようとしたが、勇者たちは聞く耳を持たない様子で、剣を構えたり、魔法の気配を漂わせたりと、一触即発の空気が漂い始めた。彼らの視線は、完全に敵を見るものに変わっていた。


その時、どこからともなく柔らかい声が響く。


「そこまでにしてもらおうか、勇者たちよ」


その声が響いた瞬間、空気が一瞬にして変わり、勇者たちがざわめきを見せた。振り返ると、長い銀髪をたなびかせた一人の女性が立っていた。彼女の姿は一見して人間のように見えたが、まとう気配があまりに異質で、神々しさと冷酷さが同居するような、謎めいた存在だった。


「私はこの者の行動を見守る立場にある者だ。彼が本当に世界の脅威となるかどうか、それを見極めるまで、お前たちに彼を害することは許さない」


勇者たちは唖然とし、女性の存在に圧倒されて動けなくなった。彼女が「救世の虚無者」の監視役であるという事実が、彼らに恐怖を植え付けたのだろう。


彼は、彼女にそっと耳打ちされた。


「あなたは救世の虚無者、いわばこの世界における均衡を取る者です。しかし、あなたの力はまだ完全に目覚めてはいない……。私と共に、この世界の真実を知る旅に出るつもりはありますか?」


彼はその提案に戸惑いつつも、異世界での突然の立場と、この世界が自分に求めているものを理解するため、頷いた。もはや逃れることはできない運命なのだろうと悟りつつ。


彼と謎の女性の前には、途方もない未来が待ち構えている。この異世界で、彼がいかにして「救世の虚無者」としての使命を果たし、自分自身の生きる意味を見出していくのか。その壮大な物語の始まりが、今まさに動き出そうとしていた。

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