レベル0の勇者



自分がこの奇妙な勇者だらけの世界にいるという事実に呆然としつつ、彼はしばらくの間、その場から動けずにいた。しかし、突如として背後から「そこの異邦人!」と鋭い声が響く。


振り返ると、騎士風の装いをした一人の若者が立っていた。彼は青い鎧を身にまとい、鋭い目つきでこちらを見下ろしている。まるで自分が「邪悪な存在」かのように睨みつけられていることに、思わず背筋が凍る。


「貴様、何故この場所にいる!我ら勇者の集結地に、無用な者が近づくことは許されない!」


「え、いや、僕はただ……」


説明しようと口を開くが、その瞬間、彼の頭上に何かが浮かび上がるのを感じた。見上げると、そこには光の文字で「勇者候補:レベル0」と表示されているのが見えた。


「え? 僕、勇者候補……?」


自分が「勇者」になりうる立場にいることを告げられ、驚愕する暇もなく、次々と他の勇者たちが注目し始めた。彼らは皆、彼の「レベル0」の表示に疑問と警戒の視線を向ける。特に目立つのは、全員が「レベル100」以上を誇っていることだ。彼の周囲には既に、何人かの勇者が集まり始めていた。


「お前が本当に勇者候補だと言うのか?」

「レベル0だなんて信じられん。まるで何も知らない素人だな!」

「試してやろうか?我が神剣の一振りに耐えられるか!」


騎士のひとりが鋭い刃を振り上げ、彼の目前で止まる。その鋭い一撃が、もし彼に当たれば、命を失うのは確実だった。しかし、その瞬間だった。


「——危ない!」


誰かの叫び声が響き、彼の視界に強烈な光が飛び込んできた。その光が彼の体を包み込み、次の瞬間、彼はとてつもない力の波動を体内に感じた。そして、何が起きたのか理解する間もなく、彼の前にいた勇者が突然後退する。


「な……なんだ、こいつは……!」


勇者たちが一斉に後ずさり、驚愕の表情を浮かべている。彼が「レベル0」のはずなのに、周囲の勇者たちが畏怖するように一歩後退しているのだ。


「どういうことだ……?」自分の手を見つめながら呟くと、その手がかすかに輝いていることに気づいた。まるで、自分が強大な存在に変わってしまったかのような感覚だ。しかし、次の瞬間、彼の頭に突如として膨大な知識が流れ込んでくる。


「あなたは、世界のバランスを保つために生まれた“救世の虚無者”です。」


不思議な声が、彼の意識に直接響き渡る。


「“救世の虚無者”……?」意味がわからない。けれども、その言葉に強烈な威圧感と共に、周囲の勇者たちが恐怖の目で見つめているのがわかる。


「救世の虚無者……あの伝説は、まさか現実に……」


騎士たちの間に動揺が走る。「救世の虚無者」とは、すべての存在を一瞬で無に返す力を持つ伝説の存在だった。勇者たちの間でも、その存在は畏怖の対象であり、決して実在してはならない存在だとされてきた。


その日、彼は理解した。この勇者だらけの世界で「救世の虚無者」としての運命が待っているということを——そして、自分がこの世界に転移してきた理由も、徐々に明らかになっていくのだった。


物語の幕は、今、さらに大きな波乱をもって開かれる。







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