第4話 国民的美少女は大抵案件動画をしている

 「アァァァァァァァァァ!」




 水月の悲痛な叫びが轟いた。




 動画配信に慣れ始めたある日、彼はゲーム実況を録画し、いつも通り動画を編集していた。しかし、気を抜いていたのか、録画の終わりに顔を隠し忘れたことに気付かず、そのまま動画をアップしてしまった。


 数日後、SNSやコメント欄で急速に話題が広がり始めた。




コメント欄「ミツキって実は美少女?」


コメント欄「神じゃん。」


コメント欄「これ実写?」


コメント欄「男でも、女でもワイはどうでもいい。これは……愛だ!」


コメント欄「俺の初恋はこの日のためにあったんだ。」




というコメントが飛び交う。視聴者は戸松が美青年、否、娘であることに驚き、


『国民的美少女』という愛称があっという間に拡散された。トレンド入りもした。


その人気の波は戸松にとって予想外のものだったが、部屋に一人こもっていた自分が、画面の向こう側で大勢の人とつながっている感覚に、胸の奥がじんわりと温まるのを感じる。




「チャンネル登録者数が……二十万だと?」




(……このビックウェーブに乗ることにしよう。)




 戸松は、確信をもってガッツポーズをとった。


まず、性別は不詳というポジションニングをとった。


そして、妄想と現実が交差し、そのキャラクター設定は定着した。


アニメーションいらず、実写化成功のゲーム実況配信として一躍人気者になったのある。


要するにネカマだ。


視聴者は、男だろうが女だろうが関係ない。多様性の時代所以だろう。




 戸松の部屋は静寂に包まれ、時折パソコンのファンが回る音だけが響いている。彼は画面に向かい、イヤホン越しに視聴者のコメントを確認しながら、慣れた口調でゲーム実況を続ける。アルトボイスな声で話す彼の言葉は、スムーズで無駄がなく、時折クスリと笑える小ネタも挟んでいる。


視聴者のチャット欄には。




コメント欄「ミツキちゃん!」


コメント欄「きゃわぁ!」


コメント欄「今日もかわいい!」


コメント欄「俺の嫁!」






と熱心にコメントを寄せ、彼もそれに応えるように画面に視線を投げる。視聴者たちと短い交流を重ねながら、今では「ネカマ」という自分のポジションすら楽しんでいる。


今日はライブ配信である。




「こんにちは~。ミツキです!」




コメント欄「ミツキちゃん!キタァァァァァァァァ!」


コメント欄「こんにちは~」




「今日は~こちらの作品をやっていこうと思います!」




デデンデンデデンという効果音が流れる。




コメント欄「お?」


コメント欄「みえ」




「戦闘タクティカルアールピージー、『創戦のアルゲンタム』というアプリゲームを実況していきます!」




コメント欄「なにそれ?」


コメント欄「元々なろうで連載されてたやつ」


コメント欄「よく知ってるな」




「えぇー、早速ですが案件動画です。」




チャリンチャリンと効果音が流れる。




コメント欄「草」


コメント欄「いさぎよさも美しい」




「それじゃー、ゲーム進めていくよー!」




『西暦二千五百年、大規模な太陽フレアにより銀河変動が起きた……。』




「おぉぉぉ。すごいグラフィックだね。」




 戦闘ビージーエムが流れる。




コメント欄「インストしてみようかな」


コメント欄「どうせ課金ゲーだろ」




「ここをこうすれば、はい、できました。創造がコンセプトの作品なので武器もオリジナルで生成できますね!キャラ生成だけじゃないみたいです。自分だけの武器をつくっていきましょう!」




 キラーンと効果音が流れる。




コメント欄「へぇ」


コメント欄「無課金でもボス戦で行き詰まらないな。」




「それじゃーどんどん進めていこう!あ、ちょっと……水の国に行ってくるね。」




コメント欄「おおお!」


コメント欄「ちょっとトイレにいってくる」


コメント欄「俺も」


コメント欄「どこについていくつもりだ?」


コメント欄「どうでもいい報告で草」




 ライブ配信はスパチャも貰って大盛況だった。


一時間だけトレンドにはのったのだから及第点だろう。


今後も新米先生による『創戦のアルゲンタム』をよろしくお願いします。




 日が暮れると、また静かなキャンパスに戻る。戸松が配信を終える頃には、夜が更けていて、部屋の外はしんと静まり返っている。彼はぼんやりと考えていた。




(また視聴者が増えたんだ。)




(コメント欄も優しい人たちばかりで安心する。)




コメント欄「毎週この動画のために頑張れる。」


コメント欄「次はこのゲームもやってほしい。」




(今度、オンライン飲み会的なのやろうかな。)




(メンバーもつくってみんなと遊んでいきたいし。)




 夜の暗がりの中で、戸松は孤独ではなくなっている自分に気付いた。画面の向こうに誰かが待っているという小さなぬくもりに包まれ、これまで一人きりだった生活が少しずつ変わっていく予感がしていた。


彼はふと、これからのことを考えた。オンラインでの交流が増え、視聴者たちとの絆が深まっていく。彼の心には、新しい友達と一緒に遊ぶ楽しさが広がっていく。




(みんなと一緒にゲームを楽しんだり、雑談したりするのもいいな。)




彼の心には、これまで感じたことのない温かさが広がっていた。孤独だった日々が少しずつ遠ざかり、代わりに新しいつながりが生まれていく。




(これからは、もっと楽しいことが待っているかもしれない。)




 戸松は微笑みながら、次の配信の計画を立てた。彼の心には、新しい友達と一緒に過ごす未来が輝いて見えた。




 ◆◇◆◇




 翌日、戸松水月は病院に向かった。母親が入院しているため、見舞いに行くことにしたのだ。


冬の冷たい風が吹きつける中、彼はコートを着て病院の門をくぐった。


外を出ると、息が雲のように上へと向かう。




(今日も冷えるな……。)




(母さんに果物買っていこう)




 スーパーに寄ってから、入院先の三ノ島総合病院へ向かった。


病室内は、白い照明が眩しく、消毒液の匂いが漂っていた。水月はエレベーターに乗り、母親のいる病室のある階へと向かった。降りた先は、長い廊下が続いていた。


 ふと、彼は廊下の先に一人の女性が立っているのを見かけた。彼女はふらついている様子で、顔色も優れない。




(どうしたんだろう……。危ない!)




 水月はその異変に気づき、足早に近づいていった。




「大丈夫ですか?」




 水月は優しく声をかけた。


その瞬間、彼女は意識を失いかけたようにふらつき、倒れそうになった。水月はとっさに彼女をかばい、その場で支えた。




「しっかりしてください。」




彼は焦りながらも冷静に言った。


彼女の体は軽く、冷たかった。水月はそのまま彼女を近くのイスに座らせ、看護師を呼びに行こうとした。




「待っててください。すぐに看護師さんを呼びますから。」




彼は廊下を走り、ナースステーションに駆け込んだ。




「すみません、廊下で倒れそうな女性がいます!助けてください!」




 看護師はすぐに状況を把握し、水月と一緒にその女性の元へと向かった。看護師たちは手際よく彼女を支え、安全な場所へと移動させた。




「あ、ありがとうございます。」




 彼女が水月に感謝の意を伝えた。


水月はほっと胸を撫で下ろし、改めて母親の病室へと向かった。




(あの人……大丈夫かな。)




 立ち止まり、振り返る。看護師さんに車いすで介抱される彼女を見送った。




(うん。大丈夫そうだ。母さんの好きな果物もっていこう。)




(スパチャのおかげでちょっと贅沢しちゃったな。)




(母さん喜んでくれるよね。)




 水月は足早に母の病室へ向かった。



後書き

自作(新米『創戦のアルゲンタム』)より

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