第3話 ぼっちは承認欲求モンスターになる

 戸松水月こまつみずきは、十九歳の大学生である。見た目は、美青年、女子と見間違えられるほどの。衣服屋に行くと女性モノばかり勧められるが、別に興味はない。

趣味はゲームである。彼は一人だ。周囲に誰もいない。親友ポジションの人間もいない。恋人もいない。友達?なにそれ?おいしいの?小・中学は暗黒時代であり……高校デビューも失敗した。そして、現在、大学デビューを諦めている。彼は、認めている『ぼっち』であると。


 中学時代、戸松は教室の片隅で一人静かに過ごすことが多かった。クラスメートたちが楽しそうに笑い合う中、彼は誰にも声をかけられず、自分の存在が透明であるかのように感じていた。休み時間には、教科書やノートに顔を埋めるようにして過ごし、昼休みも教室の片隅で弁当を広げていた。彼の心には、常に孤独感が付きまとっていた。


 ふと、周囲の女子たちの声が耳に入ってきた。


「聞いてよ。私の彼が、いつもあいつの話するんだよね。」


 一人の女子が不満げに言った。


「なにそれ?意味深。」


 別の女子が興味津々に応じる。


「はぁ?他人事だからって。彼のあいつを見る目は恋する乙女って感じでさ。」


 最初の女子は苛立ちを隠せない。


「アハハ!なにそれウケるんですけど。」


 笑い声が広がる。


「あいつ……今頃何考えてるんだろう……て何なの!初恋か!」


「麻衣ちゃん、おめでとう。」


「私にじゃなくあいつ……男じゃん!彼も男なのに!」


 驚きと軽蔑が混じった声が続く。


「ぽっとでの泥棒猫に好きな人奪われる幼なじみですか?フフッ。」


 鼻で笑いが響く。


「何笑ってんの!」


 怒りがこもった声が返る。


「アハハ!負けヒロインでも彼を男に奪われた人、アンタだけだわ。」


 嘲笑が続く。


「はぁ!?」


 怒りと屈辱が混じった声が響く。


「お腹痛い……これは、新しいネタになったよ。おにぃに教えてあげよう。」


 楽しげな声が続く。


「やめてくんない。……なんかムカつくからあいつハブろう。」


 冷たい決意が込められた声が響く。


「えぇー私はそういうのパース。」


 一人の女子が軽く拒否するが、他の女子たちはすでに決意を固めていた。

その後、彼女を中心に他にも同様に好きな人が戸松に変な目線を向けてきた。

そのうち、『戸松水月被害者の会』ができてしまった。

周囲と少しずつ距離が遠くなってきて、中学二年の時には、話しかけても遠くにみんな行ってしまった。

 ある日、戸松はクラスメイトに声をかけた。


「これ倉庫まで運びたいんだけど……。」


 クラスメイトは一瞬戸松を見て、顔をしかめた。


「戸松!?……わりぃ、お前といると変な噂が立つんだ。」


 そう言って、クラスメイトはそそくさと離れていった。

戸松はその場に立ち尽くし、心の中でため息をついた。


 次に、戸松は先輩に書類を渡そうとした。


「先輩、これ顧問からです。」


 先輩は戸松の顔を見ると、驚いたように後ずさりした。


「うわ!戸松か……。すまん、周りに狙われるから。別の奴に渡してくれー!」


 先輩はそう言って、急いでその場を離れた。戸松は書類を手に持ったまま、呆然と立ち尽くした。


 さらに、戸松は後輩に図書室の案内をしようとした。


「ここが図書室で……。あの聞いてる?」


「……。」


(おふ……。)


 後輩は無言で戸松を無視し、視線をそらした。戸松はその冷たい態度に胸が痛んだ。

どうしてこうなったのだろうか。僕は何もしてないのに……。


 高校に進学しても、状況はあまり変わらなかった。クラスメートたちは次々と友達を作り、グループができていく中で、戸松はどこにも属することができなかった。


(どうやら高校デビューも失敗したらしい……。)


 彼は心の中でつぶやいた。

放課後、部活にも入らず、一人で家路につく。家に帰ると、パソコンの前に座り、ゲームに没頭することで現実の孤独感を忘れようとしていた。しかし、それも一時的な逃避に過ぎなかった。


一方、彼の帰宅を遠くから尾行しているものがいた。


「あれが、戸松水月氏の自宅、否、エデン……ゴッドゥ。」


 涙する男子生徒。


「あぁ……なんて麗しいお姿だぁ。ハァ~。」


 吐息をこぼす男子生徒。


「こまつきゅん。きゃわたん。ブハ!」


 鼻血を抑える女子生徒。


「写真はいいのよね!?プライバシー……あっ、手が勝手に。」


 パシャパシャとカメラで激写する女子生徒。


「俺たち!」


「私たちが!」


 四天王が彼に聞こえないくらいの声量で声を合わせる。


「戸松水月を守るんだ!」


 そして、彼の知らない所で裏校則が制定された。鉄の掟『戸松法』である。


一つ、神聖不可侵の共通概念である。

(抜け駆け禁止)


一つ、戸松水月に仇名す害獣は我々が処分せよ。手紙、意図的かつ偶発的なフラグはすべてへし折れ。

(恋愛を禁ずる)


一つ、清く、正しく、美しく。

(彼のすべての障害を取り除く)


一つ、彼の安静を守り、命に代えても彼を見守るべし。

(守れなければ士道不覚後で切腹)


 その後、卒業する前には数え切れない屍が残ったと伝説がある。


 大学のキャンパスは新学期を迎え、活気に満ちている。戸松水月もその中で、新入生ガイダンスが始まる。広々とした講堂には、これからの大学生活に期待を抱いた新入生たちが集まっていた。

キャンパスを歩く戸松水月は、その整った顔立ちと中性的な雰囲気で自然と視線を集める。彼が教室に入るたび、視線は少しざわつき、男女ともに一瞬戸惑いの色を浮かべる。


「おぉ……。」


 驚きと憧れが入り混じった声が漏れる。


「めっちゃ、タイプ。俺声かけてみようかな。」


 自信に満ちた声が響くが、その背後には少しの緊張も感じられる。


「あれ男?」


 疑問と困惑が混ざった声が続く。


「いや女でしょ。」


 確信を持とうとする声が返るが、その表情にはまだ戸惑いが残っている。


 彼の長めの前髪がさらりと揺れるたび、周囲の男子たちはどことなくぎこちない反応を見せ、

「おっふ」と小声でつぶやく者さえいる。そんな周囲の微妙な距離感を、彼はもう慣れたようにさらりとやり過ごし、気に留めることなく静かに席に着く。


 講堂の前方には大きなスクリーンが設置されており、ガイダンスのスライドが映し出されていた。前列には大学の教授やスタッフが並び、新入生たちを歓迎するために立ち上がっていた。


「皆さん、ようこそ。本日は、新入生ガイダンスにお越しいただきありがとうございます。」


 司会の声が響き渡り、講堂内は静まり返った。

戸松は、静かに席に着き、周囲の様子を観察していた。多くの新入生たちが緊張と期待を抱えながら、真剣な表情でスクリーンを見つめていた。


「ここでは、大学生活についての基本的な情報をお伝えします。皆さんがより充実した大学生活を送るために、ぜひ参考にしてください。」


 スクリーンには、授業の選び方や履修登録の手順、大学の施設利用についての情報が次々と映し出された。戸松も熱心にメモを取りながら、これからの大学生活に思いを馳せていた。


「大学生活は、学問だけでなく、多くの人との出会いや経験が待っています。ぜひ積極的に活動し、自分自身を成長させてください。」


 周囲の新入生たちは頷きながら、真剣な表情で話を聞いていた。戸松もまた、心の中で決意を新たにした。これから始まる大学生活を楽しみながら、自分自身を成長させることを目指す。

ガイダンスが進む中で、戸松はふと、これまでの自分の過去を思い返した。中学や高校時代の孤独な日々。しかし、その過去が今の自分を形成していることを感じ、未来に向けて前向きな気持ちを抱いた。


(これからが本番だ。自分らしく生きるために、この大学で新しい一歩を踏み出そう。)


近づいてくる男子学生。全員揃って水月に手を差し伸べた。


「俺たちと合コン、組んで下さい!」


「お願いします!」


「……。」


 水月は無言でこの場を立ち去った。


「そこの講習生、あとで相談室に来なさい。」


 マイクの冷たい言葉がホールに響いていた。


 ガイダンスが終わると、新入生たちは講堂を後にし、それぞれの思いを胸にキャンパスを歩き出した。戸松もまた、新たな期待と希望を胸に、次の授業に向けて歩き出した。

 大学生になった今、戸松は「ぼっち」であることを認め、自分なりに生きる道を見つけた。大学デビューを諦め、孤独を受け入れた彼は、ゲーム実況という新たな趣味を見つけた。

オンラインの世界では、顔を見せる必要もなく、ただ仲間として共に戦うことで心が通じる。孤独な日々の中で、唯一この瞬間だけは「自分らしく」いられると感じていた。

彼はスマートフォンを手に取り、録画したゲーム実況動画を確認する。そこには、かつての孤独な自分とは違う、充実感に満ちた自分が映し出されていた。

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