第2話 令和の真の愛

 翌朝、起きると妙に体が重かった。


「あたま……痛い。飲み過ぎた。二日酔いだぁ。」


 真紀は額を抑える。


「シャワー浴びよう。」


 真紀は髪をくしくししながらシャワーへ向かった。

水が頭上から降り注ぎ、温かいシャワーが肌に触れるたびに、疲れが少しずつ溶けていく。蒸気が浴室を満たし、鏡が曇っていく。シャワーヘッドから流れる水は、髪を濡らし、肩を伝って流れ落ちる。手を伸ばしてシャンプーを取る。泡立てながら髪に馴染ませる。泡が指の間から滑り落ち、床に消えていく。目を閉じて、水滴に身をゆだねる。


(寒い……。)


 シャワー中も寒気がする。部屋も妙に寒い。エアコンの風に寒さがある。


「リモコンリモコン……。うわ!冷房じゃん。暖房にしないと。」


 暖房に切り替えると、真紀は一気にダルくなってきた。


「……熱あるかな。測ろう。」


 体温計を脇に挟む。そして、ピピッピピッと音が鳴った。体温計を見る。


「うわー……三十八度五分じゃん。」


 真紀は冷蔵庫から冷えピタを取り出す。


「うーん。薬飲む前に、何か食べよう。」


 うどんをゆで始めた。出来上がると、卵をのせて食べる。


「薬はー。あった。」


 真紀は薬を飲む。すると、ポン吉がすりよってきた。


「ごめんね……今日、体調悪いから遊べない。」


 ポン吉は、離れていき後ろを向く。しっぽをポンポンと廊下にたたきつけた。


「すねっちゃったか……ごはんここに置いとくから、お腹すいたら食べてね。」


 冬だというのに、冷房をつけて寝てしまい発熱してしまった。救急車を呼ぶほどではないが、起きたら下がるだろうと思っていた。

翌日、熱は下がらなかった。昨日から体が重い。体の節々も筋肉痛見たいだ。メールで園長の正夫に体調の報告をした。返信がきた。


『お疲れ様です。加藤です。インフルエンザかな?休んでいいから病院まで行くこと。』


 さらに翌日、病院に行くことにした。

冷え込む冬の昼下がり、真紀が立つ病院の待合スペースは、どこか静けさを漂わせている。廊下に並んだ椅子は、何人かの患者や付き添い人で埋まっているが、それでも辺りは物音一つせず、外の冬空を思わせる冷たい空気が広がっていた。白く塗られた壁はどこまでも清潔で、ところどころに並べられた観葉植物の緑がかすかな癒しを添えている。

 待合のガラス窓から見える景色は、かすかに雪が舞う灰色の空。冷たい風が窓を小刻みに揺らし、淡い白い結晶が静かに落ちてくる様子が目に映る。雪の降る音は聞こえないが、真紀はその寒さが体の芯にしみ渡るのを感じる。無理をしてでも病院に来た方がいいと言われた上司の言葉を思い出しながら、頭がぼんやりとして、わずかにふらつく。


(あれ?……視界が。)


 突然、彼女の前に誰かがそっと立ち、ふらつく身体を支えた。


「大丈夫ですか?」


 柔らかな手の温もりが、冷たい病院の空気とは対照的に感じられる。顔を上げると、視界の先には少年がいた。少し長めの前髪が、病院の薄明かりを受けて柔らかく光っている。まるでガラス細工のような透明感が漂う彼の顔立ちは、冬の冷たい空気にさえ負けないほどの清涼感を持っていた。彼の瞳は黒く、どこか遠くを見つめるようなまなざしをしているが、真紀に向けられたその瞬間だけは、優しさが滲んでいるように見える。


「大丈夫ですか?」


 彼は優しく声をかけた。

その瞬間、女性は意識を失いかけたようにふらつき、倒れそうになった。彼はとっさに真紀をかばい、その場で支えた。


「しっかりしてください。」


彼は焦りながらも冷静に言った。

彼女の体は軽く、冷たかった。彼はそのまま私を座らせ、看護師を呼びに行こうとした。


「待っててください。すぐに看護師さんを呼びますから。」


彼は廊下を走り、ナースステーションに駆け込んだ。


「すみません、廊下で倒れそうな女性がいます。助けてください。」


看護師はすぐに状況を把握し、彼と一緒にその女性の元へと向かった。看護師たちは手際よく彼女を支え、安全な場所へと移動させた。


「あ、ありがとうございます。」


「無理しないでくださいね?」


 その後、診察室のベッドで点滴を打ち、様態はよくなった。そして、検査された。鼻に強烈な痛みの予感がする。女医が綿棒をもち声をかけてくる。


「じゃーいきますねー。」


「うっ。」


「はい、終わりましたー。検査結果は後ほど連絡しますね。解熱剤とのど痛みどめなど処方しますね。今日はこのまま一日入院してもいいですけど?」


「……。」


「……聞いてる?」


「あ、いや大丈夫です。点滴うってだいぶ楽になりました。タクシーで帰りますね。」


「はい、分かりました。では、お大事に。」


会計の人から「後日検査結果を連絡します。お薬も薬局からもらってください。」

と言われたが、ぼーとしていてあまり記憶にない。


 病院から帰った後、真紀は小さなワンルームで一人、ベッドに横たわっていた。

電話の結果、インフルエンザだった。仕事は大事をとって、七日出勤停止。休むことになった。


(他のみんなに負担かけちゃったな……。)


 メールがきた。


美幸『お疲れ、仕事は任せて!お大事に!』

智子『お疲れ、何か必要なものあったら連絡してね?』

加藤『お疲れ、子供たちも心配してるよー!元気になった姿見せてあげないとね!……あの二人、私に事務仕事丸投げしてくるので、私もやばいです。早く……早く戻ってきて!(涙目)』


 皆、気を遣ってくれているようだ。こういう時ってなんか泣けてくるよね。


 外の風が窓に当たって揺れる音が、静まり返った部屋にかすかに響く。部屋の天井には、光量を絞った白い照明が灯り、薄暗い空間を包み込んでいる。古いカーテンから隙間漏れる外の光は青白く、まるで真紀の胸の中にある曖昧な思いと重なるかのようだった。

 枕元に置かれたスマートフォンの動画投稿サイトを開く。


 すると、突然明るく光を放ち、画面には彼のゲーム実況動画が現れた。

なぞのエフェクトである。


 画面越しに聞こえる彼の落ち着いた声が、冷えた部屋に一瞬温かさを運んでくる。彼の声が耳に入るたびに、病院で出会ったときの冷たい空気と柔らかい温もりが思い出され、真紀の心に静かな波紋が広がった。

 真紀はスマートフォンの画面を見つめながら、彼の声に耳を傾けた。彼の落ち着いた声が、まるで心の奥底に響くように感じられた。彼の言葉一つ一つが、真紀の心に温かさをもたらし、孤独な夜を少しだけ明るくしてくれる。

彼の笑顔が画面に映るたびに、真紀の胸は不思議と高鳴った。彼の優しさと誠実さが、真紀の心を捉えて離さなかった。しかし、彼女はその感情が何を意味するのかをまだはっきりと理解していなかった。


「どうしてこんなに彼のことが気になるんだろう……。」


 真紀は心の中で呟いた。

彼の声が途切れると、真紀は少し寂しさを感じた。しかし、その寂しさもまた、彼に対する思いの一部であることを理解していた。彼の存在が、真紀の心に大きな影響を与えていることを感じながら、真紀はスマートフォンをそっと握りしめた。

 彼に対するこの感情が、ただの憧れなのか、それとももっと深いものなのか、真紀はまだ分かっていなかった。ただ一つ確かなのは、彼の声や姿が、彼女にとって特別な意味を持っていることだった。

部屋の外ではまだ雪が舞い続け、街の明かりがぼんやりと窓越しに光っている中で、真紀はその感情を静かに胸に抱えながら、彼の動画を見続けていた。


 部屋の外ではまだ雪が舞い続け、街の明かりがぼんやりと窓越しに光っている。

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