第五話 許婚戦線異状あり

1.最近はどの業界も後継者問題が深刻ですね

 緑風薫る五月の候、皆様におかれましては、益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。


 奏と結ばれたあの日から数日経ち、今日は五月三日。

 世間一般ではゴールデンウィークも折り返しに当たるが、僕らのような学生はカレンダー通りの休日しか与えられないため、つまり今日は休暇初日だ。まったく、”ゴールデン”などと銘打っておいて三日しか休みがないとは、人を舐めているとしか思えないね。


 舐めているといえば、僕の目の前のソファ席に座り、メロンソーダの上にまるで南極に浮かぶ氷山のごとく乗っかったソフトクリームを舐めているこの少女は、春見茉奈、十五歳。その横には、世界お医者さん筋肉番付総合一位(僕調べ)である春見源治さん四十二歳がコーヒーに角砂糖を一つ落としてくるくるとかき混ぜている。


 僕はというと、カフェラテにホイップクリームを山盛り乗せて、上からキャラメルソースをかけたなんちゃらフラペチーノなるものを飲んでいる。甘い。


 さて、なぜ僕が休みの日にこの濃いメンツで隣町のカフェに集合し、茶などしばいているのかというと、きっかけは昨日の放課後に遡る。



 *****



「明日から連休だね! なにしよっか!」


 あの大騒動から一夜明けた五月二日。明日から連休というあの独特な空気感が漂う放課後の教室、奏がそそくさと僕の席にやってきて、窓の外で燦然と輝く太陽よりも明るい笑顔を向けてくる。


「妹が帰ってくるから、妹次第かなあ」

「そっか、美心ちゃんは明日帰ってくるの?」

「いや、明後日の朝」

「じゃあ、明日は二人で会えるね!」


 僕がうん。と答えると、「えへへ」と僕の右腕を抱き寄せた。

 たわわに実った奏の一部が、僕の腕に押し付けられてぐにぐにと形を変える。見た目にも、実際に押し付けられる感触からもその柔らかさが伝わってくる。

 ごろにゃあと飼い猫の如く頭をぐりぐり擦り付けてくる奏のかわいらしさを堪能していると、ポケットに入れたスマホがブーブーと振動した。

 すぐに取り出そうとするが、スマホは右ポケットに入っていて、右腕は奏に拘束されていて動かせない。かといって左手でとるというのも……と困ってると、奏が僕のポケットに手を入れて、中からスマホを取り出した。……少しこそばゆい。


 お礼を言って奏からスマホを受け取り、顔認証ロックを難なく突破。どうやら通知の正体はマナちゃんからのRINEらしい。


『先輩こんにちは! 明日、私のパパが先輩にお会いしたいそうでして、午後一時、この前美心ちゃんと三人でお会いしたカフェに来ていただけますか?』


 ふむ。

 こりゃまた厄介なことが起こりそうだ。

 昨日の今日で源治さん――姓を持たぬ者(旧:春見茉樹)の父親からの呼び出し。何も起きないはずがなく……。

 なにが怖いって今日の夜も春見家に招待されているのだ。僕だけでなく、奏も、そして肇さんも。自分の息子がしたことだから償わせてほしい、と言う事らしかった。

 だから不可解なのだ。今日当事者全員で会食するのに、明日わざわざ日を改めて、しかも”僕だけ”というのが引っかかる。

 とにかく、奏に知られたら機嫌を損ねるだろうし、内緒で行くしかない。奏と出かける約束はご破算になるだろうが、埋め合わせは必ず休み中のどこかでしよう。


「で、行くの? 蓮人君?」


 そうだった。奏が僕の右腕に密着してる状態で堂々とスマホを開いていたら、そりゃ見えるよね。



 尚、この後奏の機嫌がどれほど落ち込んでいったかは、皆さんのご想像にお任せしたい。



 *****



 そんなこんなで現在、五月三日午後一時十五分に至るわけだが……。

「さてそろそろ本題に入るが」と前置いてから、


「あの愚息は刑務所に入ることになる。春見家から犯罪者を出すのは当然受け入れがたいことではあるが、君や奏さんが受けた苦痛を考えたら、金や権力でもみ消したり、示談で終わらせるわけにはいかないからね。あんな息子を育てた私の責任として勤めは全うするよ」


 そう言って、源治さんは深く頭を下げた。昨夜も土下座で何度も謝罪されており、僕らとしては源治さんに責任があるとは思っていないため、ぜひとも頭を上げてもらいたい。

 そういうと、源治さんは申し訳なさそうに苦笑し、「君は本当にできた人間だ」と独り言のように零した。

 そして一口コーヒーをすすってから、一瞬マナちゃんに視線を送り、再度話し始めた。

 なぜか、なんとなくマナちゃんの顔が赤らんでいる気がした。


「しかしそうなると困ったことが一つあってな」

「と、申しますと」


 続きを促すと、源治さんはぽりぽり頬を掻いた。


「私の子供は他に茉奈しかいなくてな。必然的に、茉奈の夫――婿養子に、わが病院を継いでもらいたいわけだ」

「なるほど。確かにそれが最も無難ではありますね」


 僕が肯定すると、目の前でマナちゃんがビクッと体をはねさせ、俯いてそわそわしはじめた。顔は気のせいでは片づけられないほどに真っ赤に染まっている。


「となると、医者もしくは医者を志すものと結婚さることになるわけだが……。父親としては、茉奈には心から愛する人と結ばれて幸せになってほしいと考えている。家業の為に生涯の伴侶を決めさせたくないんだ」

「お気持ちはよくわかります」


 うむ、と頷いて、カップのコーヒーをグイっと飲み干した源治さんは、しばし瞼を閉じて逡巡したのち、力強くその目を開いて僕をじっと見つめた。そして、なんだか妙なことを言いだしたのだ。


「そこでだ。藤原蓮人君、医者になるつもりはないか」

「……?」


 いまいち意図を掴みかねていると、源治さんは隣に座るマナちゃんの頭にやさしく手のひらを乗せて、豪快な笑顔でとんでもないことを言ってのけたのだ。


「うちの娘と、結婚するのはどうだろう!」




 ………………ははっ。




 こりゃ参ったね。











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