3.秘密の逢瀬

 程なくして美心とマナちゃんがやってきて、それぞれ注文を済ませ席に着く。

 僕の隣に美心、そして僕の隣にマナちゃんだ。……あれ? なんかおかしくない?


「おかしくないですよ! お兄ちゃんの隣に座るのは妹として当然のことですから」

「うん、考えを読むのはこの際良いとして、そういうことじゃなくてね?」

「先輩! 後輩が先輩にくっついていたいと思うのも常識ですよ!」

「いや、うんだからさ。そういうことじゃなくて」

「うへへ~」

「えへへ~」


 僕の体にぴったりとくっついて、幸せそうに顔を綻ばせる二人を見ていると、まあ仕方ないかと思う。

 二人とも寮生活で寂しいだろうし、家に帰ってもお互い両親が忙しいから甘えられる存在が近くにいないといのもよくわかる。

 そう考えたら、僕が親代わり……ってわけじゃないけど、それくらい受け止めてあげてもいいだろう。


 目の前にあるソファが、物寂しそうに僕を見つめている……気がする。

 このソファの、仕切りを隔てた奥の席には、ついさっきまであの人がいたわけで……。

 聞こえてきてしまった内容が内容なだけに、少しそわそわしてしまう。

 うまく隠しているつもりではあったが、やっぱり妹にはバレてしまうらしく、視線を感じて横を見ると、覗き込むような体勢で僕の顔を心配そうに見つめる美心と目が合った。


「お兄ちゃん、何かあったんですか? 元気がないように見えます」

「もしかして、私たちの町まで来てもらったせいで移動疲れですか!?」

「いや、全然そんなことはなくて……本当なんでもないよ」


 妹とその友達に心配をかけるわけにもいかないし、そうでなくても「君のお兄さんちょっとヤバくない?」などと言えるはずがない。


「そうですか、わかりました!」


 ことをきっと美心は気付いているのだろうけど、それでも深く詮索することなく飲み込んでくれるあたり、本当に僕の一番の理解者だ。


「やっぱり僕のお嫁さんになるのは美心しかいないな」

「……勝手に僕のセリフを改変しないでくれる?」

「はて? 妹はお兄ちゃんと結婚するのは全世界共通の常識ですよ?」

「はえー。いつの間にか異世界転生してたのかな?」

「先輩と結婚するのは後輩の役目ですよね!?」

「ごめんちょっと一回静かにしててもらえる?」


 両サイドからのボケの手数に若干参りつつも、こういうのも楽しいなと思う僕であった、ということでここは一つ手打ちで。



 *****



 二人と解散した後、僕は一人で喫茶店へ来ていた。

 小洒落たコーヒーの味に疲れて、何のこだわりもないドリンクバーのコーヒーが恋しくなったわけではない。

 ……まあそれもゼロではないんだけど、とにかくここにはちゃんとした用事があってきている。

 美心とマナちゃんに見送られ電車に乗り込んだ直後、一通のRINEが入った。

 そのメッセージの内容こそが、まさにこの喫茶店に来てほしいというものだったのだ。


 というわけで、本日二度目の待ち合わせをしている最中である。

 はてさて、その待ち合わせ相手というのは一体誰なんですかというのが話の焦点でありまして。


 二杯目のコーヒーを飲み終わるころ、喫茶店の入店を知らせるベルの音が鳴り、一人の少女が入ってくる。

 少女は店内を見まわして角の席に僕が座っているのを見つけると、駆け寄ってきたウェイターと二、三会話してこちらへやってくる。おそらく、僕と待ち合わせであることを伝えているのだろう。

 青みのかかった綺麗な黒髪。

 お嬢様然とした隣町の女子高の制服に身を包み、やや短いスカートと黒い二―ソックスが織りなす絶対領域が眩しいその少女は、先ほどさようならをしたばかりの妹の友達。春見茉奈ちゃん、十五歳。

 マナちゃんはにこにこしながらこちらへやってきて、僕の隣に腰かけた。

 僕の目の前には、自分の存在意義を見失って失意に沈んでいるソファがひっそりと佇んでいる。

 マナちゃんはもはや抱き着く勢いで、その程よく発育した体を惜しげもなく押し付け、上目遣いに僕の顔を覗き込んでにこにこしている。にこにこ。


「さっきぶりですねっ! 先輩!」

「うん、こんにちは、マナちゃん」

「えへへ~せんぱいせんぱい~♪」


 頭がちょうどいい高さにあるもんだから撫でてあげると、ぶんぶん尻尾を振っているのが見えるくらい満面の笑みで喜んで見せた。かわいいなこんちくしょう。妹の友達でなければ告白してフラれているところだ(二回目)。


 ひとしきりなでなでを堪能すると、マナちゃんは僕から少し体を離し、先ほどまでの夏場のアイスの様にだらけた笑顔から一転、真面目な表情で僕を見つめる。

 そして、逡巡したのち、僕をここに呼んだその本題を話し始めた。


「先輩、今日元気なかったのって、私の兄が関係ありますか?」

「……お兄さんもなにも、元気だけど……どうしたの?」

「本当ですか?」


 いきなり核心を突かれ、思わず口籠る。慌てて誤魔化そうとするが、マナちゃんにはすぐ見抜かれてしまった。

 もう一度否定すれば納得はしてくれるだろうが、なんとなくそれはしたくなかったし、こんなことを聞いてくるってことはマナちゃんなりに確信があっての事だろうから隠し通すことは出来ないだろう。

 そう考え、正直に話すことにした。

 マナちゃんたちを待っている間にお店にお兄さんが来たこと、電話をしていたこと、その電話の内容……。

 僕がしゃべり終えたのを待ってから、マナちゃんは神妙な面持ちで「やっぱり……」と呟いた。


「美心ちゃんとお店に向かってるときに、兄の車が走っていくのが見えたんです。まさかとは思っていたんですが、先輩の様子も少し変だったので気になってしまって……」

「そっか。心配かけてごめん」

「いえ……。でも、直接何か絡まれたわけではないようで安心しました」

「うん。多分向こうは僕に気付いてもいなかったはずだから」


 もし僕の存在に気付いていたら、あんな電話はしていなかっただろうしね。

 なんの気なしにカップを口に含むが、既に飲み干されていたため口には何も入ってこなかった。


「とにかく、兄の動向は私の方でも注意しておきますね」

「うん、ありがとう。本当は面倒ごとに巻き込みたくはないんだけど」

「いえ、先輩の関わることは、私にとっても大事なことなんです!」


 正直、妹の友達ということを抜きにしても、年下の女の子を余計なトラブルに巻き込みたくはない。

 しかしマナちゃんは、そんな僕の気持ちも受け止めたうえで、協力してくれると言ってくれた。

 僕はそれがなんだかすごく嬉しくて、つい、また彼女の頭を撫でてしまう。

 マナちゃんは気持ちよさそうに目を細め、「もっと!」と催促するように頭を突き出してくるので、僕も楽しくなってきて、その艶髪を手で梳くように、優しく撫で続けた。














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