第四話 白衣を着た悪意
1.片鱗
「あの人が縁談の相手?」
「そうなんだよねー……はぁ。まさか学校に来るなんて」
ほとんどのクラスメイトが出ていき二人しかいない教室で、僕と奏は机を挟んで向かい合わせに座っている。
僕は自分の席に座り、奏は前席の椅子をこちらに向けて座っている状態だ。
奏はしきりにため息をつき、心底面倒くさがっているのが容易に見て取れる。
確かに奏は周囲と積極的にコミュニケーションを取るタイプではないが、寄ってきた相手を邪険にするような人間ではない。
つまり、奏にここまで思わせるようなヤツだっということに他ならないわけで。
……しかし、その彼が放課後に校門で待ち伏せているということは、昨日奏がにべもなくあしらった縁談の結果に、彼が納得いっていないことの証左であると捉えて間違いないだろう。
「とりあえず、帰ろっか」
「そうだね。はあ……なんでこの学校には裏門が無いんだろ」
この短時間に何度目かもわからないため息を漏らし、しんどそうに立ち上がる。
座っていた椅子を丁寧に元に戻すと、例によって僕に右腕をがっしりと抱き寄せた。
普段ならこの左側に奈乃が抱きつき二人が言い合いを始めるところまでセットなのだが、ここ数日は放課後になるとそそくさと帰っているらしかった。
登校時や休み時間には変わらず僕のもとへ来ているので、避けられているわけでは無いんだろうけど……放課後何をしているのか、気にならないこともない。
まあそれはさておき、極力ゆっくり歩くよう意識しても、所詮教室から校門までの距離なんてのは大したことなく、数分のうちに辿り着いてしまう。
高級車にもたれてこちらをみていた男性は、僕ら──というか奏に気がつくと、そのイケメンっ面を綻ばせて手を挙げながら近づいてくる。
そして、繋がっている僕らの手から線を辿るように視線を滑らせ、最後に僕の顔に到達すると、見るからに怪訝そうな表情をみせた。
あまり気分が良くはない。
しかし、すぐに奏の方に向き直り、先ほどと同じように爽やかスマイルで大仰な動きで話しかけた。
「奏さん。お迎えにあがりました。よければこのあと、お食事でもいかがですか。最近行きつけのイタリアンがあるんです。きっとお気に召すかと──」
「あ、結構です、予定がありますので。蓮人君、いこ!」
奏は春見さんが言い終わる前に、僕の手を引いて彼の横をすり抜けようとするが、バスケット選手もかくやという隙のない動きでディフェンスされてしまう。
その時、彼に僕の足を踏まれてしまった。きっとわざとだろう。別にいいけど。
「奏さん、そう仰らずにお付き合いくださいませんか。ご予定というのがそこにいる平民と過ごすことなのでしたら、どちらを優先するべきかというのは明白なはずです」
「……む」
流石に失礼な言い分に、不満が口から漏れてしまう。
確かに僕は一般家庭の長男で、春見家や一条家に比べたら紛うことなき平民だが、そんな風に見下したような物言いをされる
しかし、僕以上に腹を立てているのは隣にいる奏らしく、僕の右腕を解放すると、彼の方に向き直りするどい
「わたしの恋人に何か文句あるんですか? 平民とかお金持ちとか関係ないですし、ていうか平民ってなんですか? 公爵家の息子に転生するも授かったスキルがゴミで追放されたけど実はそのスキルが覚醒したら神スキルで可愛くて巨乳の仲間とSランクモンスターを討伐して莫大な富と名声を手に入れて自分を追放した人たちから戻ってきてほしいと土下座されるももう遅い系の見過ぎじゃないですか?」
「え、なんですかそれは?」
奏の長いしよくわからない発言に本気で戸惑っている様子の春見さんに奏は間髪入れず二の矢を放つ。
というか随分お詳しいんですね。
「前回は気を遣って明言はしませんでしたが、あなたとの縁談に関しては断固お断りいたします」
そして奏は、一切の怯みもなくはっきりと言い切った。
「な、なぜですか!? 私でしたら、家柄も将来も申し分なく、奏さんに相応しい男であると自負してします! 何かご不満があるのですか!?」
しかし春見さんも簡単には引き下がらない。
事実、彼の自信は決して過剰ではない。これまで積み上げてきた自らの努力と実績に確かに裏打ちされているものであり、客観的にみた時にその主張は正しいものであった。
奏が例えで出したように、中世の貴族階級であればそうすることが最善の選択であることは疑う余地もないだろう。
でもここは現代日本で、基本的には自由恋愛、恋愛結婚が当たり前だ。
そして、その"恋愛対象"として春見さんは選ばれなかっただけの話で……。
「不満? 不満ならあります。」
はあ、と嘆息したのち、奏は一度僕を見て困ったような笑顔を浮かべると、再び春見さんを見据えた。
「でしたらそれを教えてください! 必ずそれを解消して見せます!」
「……それは不可能だと思いますよ」
「なぜです!?」
春見さんには絶対の自信があるようだった。どんな不満であっても、持って生まれた素質と、培ってきた努力と、その家柄で解決できると。
正直、僕もそう思う。マナちゃんの言っていた彼の人となりが事実だとしても、でも本人が今まで積み上げてきたその努力は本物だと思うから。
もし本当に奏を愛していて、手に入れるためならどんなことも厭わない覚悟があるのだとしたら、その発言だけは信用できると思えたからだ。
「わたしがあなたに抱く不満は、あなたが蓮人君じゃないということです。……では、失礼します」
しかし奏が突きつけた答えは非常に単純で、そして彼が絶対に解決できないものであった。
奏は再び僕の右腕を抱き寄せ、呆然と立ち尽くす春見さんの横を通り抜ける。
その時、確かに僕の耳に届いた彼の呟き。
それは、奏に送られて家に帰ってからも、ずっと僕の耳に残っていた。
「──めんどくせぇ」
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