Girls side-Mana:初恋はホットラテの香り
「わー! ここが美心ちゃんのおうちかー!」
私──春見茉奈は、親友である美心ちゃんのお家に遊びに来ていた。
美心ちゃんはとっても可愛くて、クラスでも人気者。
私たちが通う高校は全寮制の女子校で、周りはどこかの社長の娘だったり地主の家系だったりとお金持ちが多い中で、美心ちゃんのお家はいわゆる一般的な家庭だ。
でも、名家のお嬢様にも引けを取らないルックスと、誰にでも優しい性格、学業優秀と三拍子揃った完璧美少女なので、周りから浮くどころかみんなの中心的存在だ。
入学式の日に運悪く体調を崩してしまい、みんなより一週間ほど遅れての初登校となりクラスに馴染めなかった私をみんなの輪に入れてくれた天使みたいな女の子。
そんな美心ちゃんのお家に、開校記念日でお休みである今日、私は初めてお呼ばれした。
お友達の家に遊びに行くのは初めてだし、その相手がみんなのアイドルである美心ちゃんって言うんだから人生とはわからないものだ。
「おじゃまします!」
「はーい、どうぞー」
少し緊張しながらも、美心ちゃんに案内されるままリビングのソファに腰掛ける。
ふわっと沈み込むベロアのソファの肌触りが心地よくて、意味もなく背もたれや座面のあちこちを撫でてみた。
「お茶でいい?」
「うん、ありがとう!」
美心ちゃんは普段、誰にでも敬語で接するけど、私にだけは敬語を使わないで話してくれる。
なんだか"特別"な気がして、嬉しい気持ちになる。
美心ちゃんがコップにお茶を注いで私の前に置いてくれる。みると、美心ちゃんはマグカップを持っていて、柔らかい湯気が立ち上っていた。
「美心ちゃんは何を飲むの?」
なんとなく聞くと、美心ちゃんは少しだけ顔を赤らめて、照れくさそうにする。
「カフェオレだよ。お兄ちゃんがいつも飲んでるから、美心も最近飲んでるの」
「へー! なんかオトナだね!」
私の兄もコーヒーを飲むが、いつも缶コーヒーだ。それも、眠気覚まし代わりのブラックで、不味そうに顔を
カフェオレということは、ミルクが入っているのかな? ふーふー冷ましながらマグカップを傾ける美心ちゃんは、とっても可愛い。
「美心ちゃんのお兄さん、私も会ってみたいなー」
なんの気なしにそう呟くと、美心ちゃんは笑顔満開になって声を弾ませた。
「お兄ちゃんはすっごく優しくて、カッコよくて、本当最高なんだよ! マナちゃんもきっと会ったら好きになるよー!」
「えー! そんなにカッコいいんだ!」
「うんうん! もう少しで帰ってくると思うから、一緒にあいさつしようね!」
好きになる、か。
もちろんラブじゃなくてライクの方だろう。
でもこんな可愛くて優しい美心ちゃんのお兄さんだし、きっと間違いなくいい人で、好きになるのは間違いないだろうなと心から思えた。……もちろん、"ライク"の方で。
その一方で、"ラブ"の方で人を好きになるってどんな感じなんだろうとも思う。
私は今まで恋というものを経験したことがない。
出会った中で一番好きだと思えるのはダントツで美心ちゃんだし、男性なら……パパ?
女子校だから周りに同年代の男子はいないし、中学校までは共学だったけれど気になるような男子に出会ったことはなかった。
恋をしたい、とまでは思わないけど、美心ちゃんのお兄さんとの出会いが、何か私の日常を彩る物だったらいいななんて、淡い期待。
それくらいは、持ってもいいよね?
「ただいまー!」
それから二人でお話をして三十分ほど経ったころ、玄関のドアが開いて優しい声が聞こえてきた。
「あ! お兄ちゃんが帰ってきた!」
美心ちゃんがずっと立ち上がり、玄関に小走りで向かう。
私も慌てて持っていたお茶のコップを置き、ついて行った。
「お兄ちゃん! お帰りなさい!」
「ただいま、美心。今日はお友達が来ているんだよね? お菓子買ってきたよ」
「わあありがとう!」
大きなコンビニ袋を持って帰ってきた美心ちゃんのお兄さんが、すごく柔らかい手つきで美心ちゃんの頭を撫でている。
美心ちゃんも幸せそうな笑顔でお兄さんに抱きつき、胸に顔を埋めていた。
「あ、君がお友達? 初めまして。美心の兄の藤原蓮人です」
と、美心のお兄さん──蓮人さんが私に気付いて、微笑みながらあいさつをしてくれた。
顔が隠れてしまうくらい長い前髪で目元がよく見えないが、すごく優しい声音が私の耳をあたたかくしていくような気がした。
あ、お返事をしないと。
どうしよう、なんて言えばいいのかな。
というかその前に、どうお呼びしたらいいだろうか。
藤原さん、だと美心ちゃんもそうだし、いきなり蓮人さんは馴れ馴れしいよね?
かと言ってお兄さんって言うのもなんか違うような……。
「美心ちゃんのお友達の春見茉奈です! よろしくお願いします──先輩!」
まずご挨拶しないと、と思って咄嗟に口を開いた結果、出てきたのは"先輩"。
うん。でも、なんかしっくりくるかも。
「マナちゃんか。よろしくね」
美心ちゃんを撫でる手は止めずに、頭だけで軽く会釈をしてくれる先輩。
そして、その拍子に長い前髪が横に流れ、隠れていた先輩の顔がチラッと目に入った。
──とくん。
その時、今までに経験したことのないような胸の違和感が私を襲った。
顔が熱い。心臓の音が耳元で早鐘を打つかのように響いている。
とくん。とくん。とくん。とくん……。
でもそれは、決して不快なものではなくて、むしろ──。
そして私がこの感覚の正体に気がついたのは、それから約一週間後の週末。
美心ちゃんのお家にお泊まりすることになり、二度目のお家訪問をした日だった。
「マナちゃんはお茶にする?」
ソファに腰掛ける私に、先輩がキッチンから呼びかける。
「あの……先輩と同じ、カフェオレを飲んでみたいです」
「うん、わかった」
ニコッと微笑んで、マグカップに粉末コーヒーとお湯を注いで私の前に置いてくれた。
「熱いから気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
この前の美心ちゃんを思い出しながら、ふー、ふーと優しく息を吹きかけて適温になったカフェオレをゆっくり口に含む。
ほんの少しのカフェインの刺激と、柔らかいミルクの甘味が口の中に広がった。
「おいしい……」
私がぽそっと呟くと、先輩は少しだけ目を見開いて、いつもの優しい微笑みを浮かべた。
「インスタントだけど、おいしいでしょ。僕はこの味が"
前髪が横に流れて、照れくさそうにはにかむ先輩の顔が見えた。
──とくん。
ああ、そうか。
気付いてしまえばあっという間だ。
一口、また一口とカフェオレを飲むたびに。
一言、また一言言葉を交わすたびに。
大きく、深く広がっている。
「はい、私も"
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