6.今日のMVP:CTRL+C/V
「本っっっっっ当にキツかったよお!!」
喫茶店。
一足先にソファ席に座ってコーヒーを飲んでいた僕のもとに、十分ほど遅れてやってきた奏。
開口一番そんなセリフを吐く。
よっぽどキツかったし気遣ったのだろう、その表情からは精神的疲労が見て取れる。
「どうだったの?」
「最悪だったよ。蓮人君以外の男と二人っきりの時点でだいぶしんどいのにさあ」
「そ、そうなんだ。随分早かったようだけど」
「うん。置いて逃げてきちゃった」
てへ♡と可愛らしく舌を出す奏。可愛いけどさ……。
「そんなことして大丈夫なの? 失礼にならない?」
なんて素朴な疑問を投げるが、奏は何やら御不満らしく、「むぅ―……」と頬を膨らませている。
「蓮人君は嫌じゃないの? 彼女が他の男とお見合いしてるんだよ!」
「そりゃ嫌に決まってるよ! 彼女が他の男と二人で会ってるんだから、いい気がするわけない!」
当たり前のことを聞かれて思わず強い口調で答えてしまう。
ヤバい、驚かせちゃったかな……。
怒られる覚悟で恐る恐る奏の様子をうかがうと、なにやら顔をでろでろに綻ばせてよだれを垂らしている。
「うへへ……嫉妬する蓮人君やば……可愛すぎで尊死すりゅう……」
……まあ、幸せそうで何よりですよ。
奏が頼んだパフェを食べ終えたころ、一条さんのお迎えが来たので挨拶に伺う。
運転席にはいつも通り”ロマンスグレー”こと新堂さんが座っている。
軽く会釈をし、後部座席のドアを開けてあげると、いつもは奏が一人で乗るはずの後部座席。その
まあ、一条家の車に乗っている男性と言えば、僕が思いつく限りは一人しかおらず……。先手を打って挨拶するべく覗き込むと、予想とたがわず、
「やあ蓮人君、こんばんは」
「こんばんは、肇さん。今日はもうお仕事は終わりですか」
「まあね。なにせ奏のお見合いの日だからね。明日で良いことは明日に回す。これが私の仕事の流儀」
「明日やろうは馬鹿野郎」なんて言葉を聞いたことがあるが、国内有数の成功者である肇さんがこう言っているんだからこれが正しいんだろう。……多分。自信はない。
「奏。そろそろ時間だよ」
「うん、パパ」
立ち話をしていると、肇さんが奏に声をかけた。気が付くと五分後ほど経っていたらしい。
肇さんと話している間ずっと僕の手をにぎにぎすりすりしていた奏は、少しだけ名残惜しそうに手を放し、肇さんの隣に乗り込んだ。
と、肇さんが奥の窓から手を出して僕を手招きしているのが見えたので、素直にそちら側へ回り込む。
スモークの窓がゆっくり開き、スマホを手に持った肇さんの顔が見えた。
「蓮人君。連絡先を交換しておこう」
「あ、はい! ぜひ」
思わぬ申し出に若干戸惑うも、断る理由もないので僕もスマホを取り出す。
うーん、こういう場合RINEで良いのだろうか。少し不安ながらも自分のQRコードを表示させたスマホを差し出すと、肇さんはそれを読み込んだ。
すぐに友達追加された旨の通知が来て、続けてメッセージが届く。
「それが私の電話番号だ。困ったことがあったらいつでも電話してきてくれて構わないよ。遠慮なくね」
「はい、ありがとうございます」
送られてきた電話番号をコピーし、連絡先に登録する。
あの一条社のトップの連絡先を僕が持っているなんて、すごい不思議な気分だ。
「私たちはこの後向かうところがあるから、送ってやれなくてすまないね」
「いえ、とんでもないです!」
「じゃあ、またね、蓮人君」
奏と肇さんに頭を下げ、走り去る車が見えなくなるまでその場で見送った。
気になるのはやっぱり縁談の事。
相手はマナちゃんのお兄さんで、マナちゃんのお兄さんに対する人物像が確かなら、少なくとも穏便に終わるとは思えなかった。
しかも、よりによってほったらかして帰ってきてしまったというのだから、拗れる可能性は高いように思えて仕方がない。
「ま、僕が気にしても仕方ないのかな」
胸中に蟠る一抹の不安を払拭するため、かぶりを振って無理やり切り替える。
家に帰り、スマホを開くとマナちゃんから『今日はありがとうございました!』とお礼のRINEが来ていた。そういえば、今日交換してたんだっけ。
『こちらこそ。またいつでも遊びに来てね』と返信し、続けて美心と奏のRINEも確認する。
美心からはいつもの
奏からは……例によって好き好き攻撃が何通にも渡って送られていた。
……やっぱりこればかりは慣れそうにない。
一つ一つに丁寧に返信を送っていく。
僕はみんなに返信するこの時間が好きだ。一日の終わり、振り返りって感じがして、気持ちが上向きになる。
明日も平和に楽しい一日になりますように。
星に願いをかけて、布団に入った。
……ま、そんな僕のささやかな願いが叶うはずもなく。
*****
翌日の放課後。
「ねえねえ、あの人めっちゃカッコよくない!?」
「え!? マジイケメンすぎる! メガネ男子!」
「すっげえ高級車じゃねーかあれ!」
「あの車でさらってほしいー!」
と、教室内がざわめき始めた。
純平まで窓から外を見て、「かっけー車!」とテンションを上げている。
本来こういったクラスの空気はフルシカトを決め込むのが僕の流儀だが、今日もなんとなく嫌な――かなり嫌な――予感がしたので、僕も窓際に行って外に目を向ける。
見ると、誰かを待つように校門前に見るからに高級そうな白い車を停めて、ボンネットに背を預けて佇む男性が一人。この距離から見ても、メガネの似合うイケメンっぷりが明白なほど、明らかに発するオーラが違っていた。
当然僕の知り合いではなく、初めて見る人なのに、なんとなく見たことがあるような――誰かに似ているような――雰囲気だった。
すると、遅れてやってきた奏が、僕の隣で心底嫌そうな顔でため息交じりに呟いた。
「
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