5.春見家は強引

「あの、奏さん。今なんと……?」


 目の前のハン(パなく)サム(い勘違い)男が怪訝そうに眉をひそめている。

 あーヤバい、やっちゃった。

 今更「あらあらうふふ」などといって誤魔化せるものでもないだろうし、もういいや。

 パパには謝らないとなあ。


「あのー、春見さん? 申し訳ないのですが、そろそろお開きにいたしませんか?」

「え、ど、どうされたんですか? 私が何か失礼なことしましたか?」


 というわけでぱぱっと終わらせようとするが、まあ案の定というか、簡単には終わらせてくれない。

 うー、どうしよ。だるいかも。

 でもまあ、逆の立場になれば気持ちはわかるし、あくまで丁重にお断りしよう。

「まずその薄ら寒い顔が失礼だよ!」

 ……なんて言えたら楽なんだけど、さすがにパパの面目をつぶすわけにもいかないし……。

 わたしみたいに高二で縁談してる美少女、他に、いますかっていねーか、はは。

 あ~あ、お嬢様の辛いとこね、これ。

 なんて変な冗談初カキコども言ってる場合じゃない。

 一条家秘伝の伝家の宝刀断り文句を抜きますか。


「いえ、そういうわけではないのですが……門限がありますから」


 門限。

 これを言うと大体の男性は大人しく引き下がる。

 わたしのような、いわゆるお嬢様が”門限”という言葉を使うと、向こうが勝手に解釈して気を遣ってくれるのだ。

 破れば名家の令嬢としてどうちゃら~、なんて具合に。ラノベの読み過ぎじゃない?って思わなくもないけど、「ラノベなんて読めば読むだけ良い」って蓮人君も言っていたし、男の子の嗜みなんだろうね。


「いやいや奏さん。十七時からのお約束で十八時が門限なんてことありえますか」


 確かに。ぐうの音もでない正論だ。それにしても伝家の宝刀を以てして尚食い下がるなんて、さてはこいつラノベ読んでないな?(意味不明)もっと読めよラノベを(錯乱)


「すみませんが、本当にお時間がないので。また機会がございましたら……それでは」


 春見さんが立ち上がろうとしたのを察知し、速やかに撤退を図る。スピード重視なので正しい敬語など使っている暇はない。

 早く帰って蓮人君に会いに行こっ。


「か、奏さん! また連絡しますから――!」


 個室のふすまを閉める間際、春見さんが慌ててそんなことを言い出したので、軽く会釈だけしておく。

 はやく蓮人君に会いたかったので、はしたなくない程度の早足で歩きだす。

 そのせいで、ふすまの向こうで呟いた春見さんの声は、わたしの耳に届くことはなかった。





「――また必ず会えますよ、奏さん」



 *****



 奏が面談に向かってから、僕はマナちゃんと一緒に駅前のモールに来ていた。

 今まではほとんど立ち入ることがなかったのに、ここ最近頻繁に来るようになった。

 何も買うつもりがなくても、見ているだけで楽しめるから不思議だ。女の子の買い物が長い理由がわかる気もするな。

 ふとスマホを見ると、十七時半。お見合いが始まって三十分が経過している。

 奏の事だから、いつもみたいな対応をして失礼になっていないだろうか、なんて心配をしてしまう。まあそこに関しては大丈夫だろうけど、まさか会ってみたら意外といいかも、なんてなってたらどうしようというのが一番の不安要素だ。

 マナちゃんもいた手前、その人には注意してねなどとはさすがに言えないし……。などといろいろ考えていたせいで、ついポロっと独り言が漏れてしまった。


「奏は大丈夫かなあ」

「ちょっと先輩! 女の子とデートしてる最中に他の女の子のことを考えるなんて、世が世なら打ち首ですよ!」

「へー。それ異世界の話?」


 そんな世があってたまるかよ、と思ったが言わない。が、そんな意味を込めて冗談で返した。

 どうやら僕のギャグはマナちゃんに刺さったらしく、くすくすと笑っている。

 こうしてみると、とても可愛らしい、掛け値なしの美少女だ。

 くりっとしたまあるい目はあどけなさが残り、それなりに主張した胸は奈乃以上美心未満といった感じ。何にとは言わないがおさまりがよさそうなサイズ感で、お嬢様高校然とした上品な制服がより一層スタイルを際立てる。

 同級生にこんな子がいたら男子は諸々堪らないだろうから、女子高に通わせているというのは賢明な判断と言えよう。


「先輩先輩、私プリクラ撮ってみたいです!」


 そんな美少女を引き連れて(ついでに男性客の嫉妬の目線ももれなくついてきて)当てもなくぶらぶらしていると、いつか奈乃たちとも来たゲームコーナーの前にやってきた。

 プリクラの筐体を見つけたマナちゃんが、僕の腕をぐっと引っ張ってそんなおねだりをしてくる。

 ま、マナちゃんも羽を伸ばしたいだろうし、せっかくだから付き合ってあげようかな。


「うん、いいよ。撮ってみようか」

「わーい!」


 というわけで、マナちゃんに手を引かれつつ、いくつかあるうち、『激盛プリ』と銘打たれた筐体を選び入る。

 どうせ盛るならとことん盛りましょう!というのがこの機種を選んだ決め手らしい。


「私、プリクラ初めてです!」

「実は僕もなんだ」

「そうなんですね! ……先輩の初めて、貰っちゃいました……♡」


 なにこの子かわいい。

 美心の友達じゃなかったらつい告白してフラれているところだ。(←奏には内緒にしといてください)

 でも言い方気を付けてね。


「あはは……。とりあえずいろいろ試してみようか」

「そうですね! 楽しみですっ」


 なんとなく居たたまれなくなった空気を払拭するべく、タッチパネルをどんどん操作していく。

 途中、マナちゃんが「このフレームが良いです!」と無数のハートマークがあしらわれたフレームを選んだり、全然関係ないところが認識されて時空が歪んだり、あるいは違う機種で遊んだりと、存外に楽しく撮影は続いた。

 いよいよ最後の一枚のカウントダウンが始まったところで、マナちゃんが急に「えい!」と僕の左腕に抱き着いてくる。

 突然のことに反応が遅れ、されるがままマナちゃんを受け止める格好になってしまい、そのタイミングでカウントはゼロを数えた。



 ――パシャリ☆



 そして、僕が抱き着いてくるマナちゃんを優しく受け入れる(ように見える)プリクラが印刷される。

 こりゃいけない。奏に見られたら・エンドだね。

 しかしマナちゃんは満足したらしく、排出されたプリントシールを大事そうに胸に抱き、一枚を僕に差し出した。


「こっちは先輩の分です! 私たちの初めて記念、大切にしてくださいね?」

「う、うん。ありがとう」


 非常に誤解を生みそうなスレスレの言い方に、思わずドキドキしてしまう。

 でもごめんねマナちゃん。このプリクラは机の引き出しの奥深くに封印するよ。

 流出奏にバレでもしたら大変だからね。


 と、通知音に気付きスマホを取り出すと、奏からのRINE。

 もう終わったのか――にしては早すぎるけど、何かあったのだろうか。

 トーク画面を開くと、さっきの喫茶店まで来てほしいという簡単な文章が来ていた。お迎えもそこに呼んでいるのだろう。

 とにかく、喫茶店に戻ろう。


「マナちゃん、僕はもう行くけど、マナちゃんはどうする?」

「私は兄と一緒にお迎えの車で帰りますので、大丈夫です! 兄からもすぐ連絡が来ると思いますので、私はここで待機してます!」


 お気になさらず!と敬礼するマナちゃんに別れの挨拶をして、僕は足早にモール内を出口に向かって歩き出す。

 妙な胸騒ぎがしてならない。

 無事終わっていればいいんだけど……。



 *****



 先輩が帰って行ったあと、私はその場に一人立っていた。

 右手にはさっき先輩と撮った何枚かのプリクラ。

 最後に取った一枚だけは、加工が抑えめであることをウリにした機種で撮った。

 自然な表情の二人が写るそれを、私はもう一度胸に抱きかかえた。

 先輩――私の初恋の人。美心ちゃんのおうちに初めてお呼ばれして、そこで一目惚れしてしまった。


 今日、兄の縁談があるからと久しぶりに先輩に会えると思っていたのに、先輩の隣には見知らぬ――とてもきれいな――女性がいて。きっとただの友達ではなくて。

 特別彼女だとか紹介されたわけではないけど、きっとそうなのだろうと、私の直感が告げていた。

 でも、神様は私を見放してはいなかった。

 兄の縁談相手が先輩の彼女その人だったなんて……!


 こういった縁談は、本人同士の意思よりも優先されるものがある。

 兄は人となりはともかく、将来有望なのは間違いなく、一条社の一人娘の伴侶としてはふさわしいのは疑いようも無いことだ。


 ならば。


 兄の縁談が成立すれば、私にもチャンスがあるわけで。


 ――でも。


「先輩の彼女さんに兄を宛がうなんて、そんなことできないよなぁ……」


 先輩を、先輩の大切な人を傷付けて手に入れたとして、私は先輩を幸せにする自信がなかった。



 その時、私のスマホがRINEの受信を知らせるメロディーを鳴らした。

 差出人は――兄。

 私は恐る恐る内容を確認する。


「――っ」


 兄からのメッセージを見て、思わず息を吞む。

 兄は、一条さんを欲しがってしまった。

 きっとこれから、どんな方法を使ってでも手に入れようとするだろう。

 私には兄を止めることができないかもしれない。

 もしそうなったら、私はどうするべきなのだろう。

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