4.縁談断然大団円……ならず。

 そしてやってくる放課後。

 縁談の開始は十七時。場所は駅の近くに佇む高級料亭らしい。

 高級料亭と言われても僕にはピンとこないが、奏は「あーあそこかー」とすぐに理解したらしく、「わたしあそこ嫌いなのよね」などと言っている。ニシンのパイじゃあるまいし。


「おいおい、あの子めっちゃかわいくね!?」

「えー! お人形みたい!」

「誰か待ってんのかな」

「俺だったりして」


 と、教室内がざわめき始めた。

 純平まで窓から外を見て、「こりゃすごい」とテンションを上げている。

 本来こういったクラスの空気はフルシカトを決め込むのが僕の流儀だが、今日はなんとなく嫌な――また面倒ごとが起こりそうな――予感がしたので、僕も窓際に行って外に目を向ける。

 見ると、誰かを待つように校門に背中を預けて佇む他校の制服を着た女の子が一人。この距離から見ても、美少女であることは明白なほど、明らかに発するオーラが違っていた。

 あの制服はよく知っている。美心が通っている女子高のものだ。

 そして、あの子もよく知っている。知ってしまっている。

 ……美心の友達だ。


マナちゃん予感的中じゃーん……」


 少し遅れて僕の隣に来た奏が、外を見て「わあ……」と感嘆の声を漏らしている。

 そして、僕の様子を見て気付いたのだろう。ぽんぽんと肩をたたいて、可愛らしく首をかしげて見せた。


「蓮人君のお友達?」

「……ま、似たようなものかな」

「ふーん、そっか。かわいい子だね」


 え、なんか怖いんだけど……。



 ま、僕の知り合いだからといって、僕を待ってるとは限らないしね!なんて一縷の望みに賭けて、「僕全然関係ありませんよ」オーラを出しつつ奏と二人で校門へ向かう。時間までは近くの喫茶店で時間をつぶす予定なので、そこまでは歩いていく手筈だ。

 と、校門に立つ少女がちらっとこちらを見ると、途端顔を輝かせて走りだした。

 うんうん、きっと待ってる人が僕の後ろに歩いているんだね。

 そんな〇・五縷の望みに賭けて「知らぬ存ぜぬ」オーラを出しつつ歩き続けていると、少女は両手を広げて「せんぱーい!!」と突っこんできた。


「グホォッ!?」

「せんぱいせんぱいせんぱあい!」


 そして、そのまま僕のみぞおちにタックルをかましてくる。

 あまりの速度に受け止めきれず、マナちゃんの頭が僕の体にめり込み、吹っ飛ばされそうになるのを奏に支えてもらう格好となった。


「ま、マナちゃん、久しぶりだね……」

「はい! 先輩、お会いしたかったです! えへへ」


 マナちゃんは周りが俄かにざわめきだって、こちらに注目していることを気にも留めず、僕の胸に顔をうずめて、ぐりぐり押し込んでくる。

 あのね? そこみぞおちなんだ。僕の体の事だけでも気に留めてほしいかな。

 まあそんな僕の願いは届くはずもなく。

 ……というかそれ以前に。


「蓮人君? その女の子と随分仲良しさんなんだねえ?」

「あ、あはは。まあね……?」



 合掌。



 *****



「はじめまして! 春見茉奈かすみまなです!」


 駅前の喫茶店。いつもの席に腰かけている。隣には奏。

 向かいには、青みがかかった綺麗な髪を白いシュシュでポニーテールに結わえた美少女、マナちゃん。

 そして、漂うは険悪な空気。

 奏は完全に敵意剥き出しで、マナちゃんは笑顔満面であるが目の奥に底知れぬ”黒”を感じる。え、なにこれは。


「えっと、マナちゃんは美心の友達なんだ。マナちゃん、彼女は一条奏さんと言って――」


 と、奏をマナちゃんに紹介しようとして、ある事実に気が付く。

 美心は昨日、マナちゃんのお兄さんの縁談があると話していた。

 そして、マナちゃんが今日ここにいる。

 僕の知る限り、マナちゃんは美心と一緒の時以外にこの町へ来たことはないはずだ。

 ちらっと横を見ると、奏も”春見”という苗字に何か引っかかりを覚えている様子。僕には縁談相手の情報までは来ていないが、この反応を見る限り、おそらく奏も同じ結論に至ったのだろう。

 つまり……。


「お姉さんも一条さんとおっしゃるんですね! 私の兄が今日縁談するお相手も一条さんって方なんです! すごい偶然ですね!」


 まあ素敵!なんて具合に両手を顔の前でぱちんと合わせるマナちゃん。


「あー、マナちゃん。それ、偶然じゃないかも」

「え?」


 不思議そうにこてんと首をかしげるマナちゃんに、奏が困ったような顔で言った。


「たぶん、それわたし」

「と、いいますと?」

「わたしが、茉奈ちゃんのお兄さんの縁談相手なの」


 一秒、二秒、三秒……。

 少しずつ、状況を理解したマナちゃんの両目がおおきく見開かれた。

 日本人離れしたコバルトブルーの瞳がきれいに輝く。

 刹那。

 地響きするほどの絶叫が喫茶店を襲うが、それが一体誰によるものなのかは言うに及ばずってことで一つ。



 *****



 最悪。

 なにこの人。

 本当帰りたい。

 うるさい、気持ち悪い。嫌い、嫌い。

 はやく蓮人君に会いたい。

 ぎゅうしてなでなでしてもらって、蓮人君の成分が染み込んだブレザーをあむあむしたい。

 しかしそんなわたしの憂鬱は露知らず、目の前の男は相も変わらず薄ら寒い笑顔を張り付けてなにやらつまらない話を続けている。


「奏さんは、休日は何をされているんですか?」


 なにその質問。聞くことないなら無理に話しかけてこないでよ。

 休日なにしてるって、蓮人君の事考えてるに決まってるじゃん。


「お写真で見たよりも、綺麗で驚いてしまいました」


 なにそれ。縁談ハウツー本コピペしたみたいなしょうもないセリフ。縁談ハウツー本なんてものがあるのかは知らないけど。

 ……縁談相手は、確かに茉奈ちゃんのお兄さんで間違いないようだった。

 春見茉樹かすみまきさん。二十二歳。

 東京の医大に通っていて、卒業後は父親の病院で実務経験を積み、やがては実家を継ぐらしい。

 正味どうでもいい。


 一見すれば人当たり良く、柔和で優しそうな笑顔。

 妹――茉奈ちゃんと同じ青みのかかった艶やかな黒髪は短く切り揃えられ、銀縁の眼鏡が映える顔。世間一般ではイケメンだとか、ハンサムに分類される方だろう。

 背もわたしのパパより高いから、一八〇センチは間違いなく超えているはずだ。

 まあだからなんだという話。

 蓮人君のほうがカッコいいし可愛いし、慣れてなくて後頭部がおざなりなヘアセットも超絶素敵。

 というかそもそもなによりも。

 彼のその笑顔が”紛い物”だってことが、あまりにもわかりやすくて。

 パパのメンツもあるから、断るにしても相手を立てて、穏便にしなくてはならない。

 そうわかってはいつつも、あまりのつまらなさについ口に出してしまいそうになる。


「早く帰りたい……」

「……え?」


 あ、出ちゃった。てへ。









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