4.四人パーティーは冒険の基本※ただしデートの場合は除く
美心に一部始終を話し、自分の中でけじめをつけたと思っていた感情が首をもたげるのを感じた。
それは、形となって瞳から溢れだしてきそうになって、そんな姿を見せたくなくて、僕は少しだけ早足で自分の部屋に戻る。
幸い、美心は追いかけてくることはなく、少しして玄関で物音がしたので、どうやら出かけたらしい。
「あ、そうだ。奏からのRINE……」
既読をつけたまま内容を確認できていなかったことを思い出し、アプリを立ち上げる。
あの後さらに送ってきていたようで、トーク画面には二件の未読メッセージを知らせるバッジがついていた。
『今日午後から時間あるかな?』
『お買い物付き合ってほしいんだけど……』
『忙しい?』
短文三連投の後に、ウサギが泣いているスタンプが二つ。
既読が付いたのに、返信が来ないことに対する催促の意味もあるのだろう。
思うに、この”既読”というシステムは(以下略)。
現在時刻は十時半過ぎ。
昼食を食べて、一時頃からなら余裕をもって準備できるだろうと思い、急いで送信する。
奏からの返事はすぐに来て、一時に駅前の喫茶店で待ち合わせることになった。
「これって、デートになる、のか……?」
奏と(半ば無理やりに)付き合うことになって最初の週末。したがって休みの日に出かけるのも当然初めてということになる。
一般に、付き合っている男女が休日に二人で出かけるにはデートと言って差し支えないだろう。
……そう考えると途端に緊張してきた。
母さんや美心と二人で出かけることはたくさんあったが、相手がカノジョということになるとその意味合いは大きく違ってくるわけで。伴って”緊張”という家族相手には感じることのない感情まで湧き上がってきて。
「……服、選ぶか」
なんとなく落ち着かなくなって、僕はクローゼットの中を引っ張り出した。
しかし悲しいかな。僕はなんせこういった経験が疎く、この場合のTPOに適した服装が全く分からない。
買い物なんてスーパーで食材を買うか、本屋でライトノベルや漫画の最新刊を買うくらいで、基本は学校帰りに制服のまま行く。
休みの日に買い物に行くことはあるが、よれよれのシャツに適当なデニム、謎パーカーというおしゃれも何もあったもんじゃない服装だ。
奏のいう”買い物”が、少なくともスーパーじゃないことはなんとなくわかるし、きっと彼女は私服もおしゃれだろうから、隣に立って恥をかかせない程度にはまともな服を選びたい。
とは言っても僕にそんなセンスはないし……。
純平に相談しようか? でもたぶん冷やかされるからやめとこう。
これが
「随分楽しそうですね、お兄ちゃん?」
「……」
結論から言うと、見られていた。
それも、一番見られたら面倒なことになりそうな人物に。
「さっきのカノジョさんとお出かけですか?」
いつもの可愛らしい笑顔でこちらをじっと見ている美心からなぜか目を逸らすことができず、背中にじんわりと嫌な汗が流れるのを感じる。
笑っているのに、可愛い顔なのに、体は恐怖に浸食されていく。とんでもない
「う、うん。まあ、ちょっと、買い物に付き合ってほしいらしくてさ……」
嘘をついたところで誤魔化しきれるわけもないので、正直に話すと、美心は少し逡巡するように顔を伏せたと思うと、パッと顔を上げ、大きな瞳に決意の炎を宿して僕を見た。
「美心も行きます!」
「え?」
*****
「で? その子はだあれ? 蓮人君?」
「い、妹です」
「へえ……」
駅前の喫茶店。入ってすぐ右に曲がり、一番奥の四人席。
僕の向かいに一人で座る奏が、見たことのないほど冷たい目で僕と美心を交互に見る。
凍てつくような空気にさすがの美心も怖気づいているのか、一言も発することなく、僕の隣で黙を貫いている。
ドリンクバーのコーヒーも二杯目を飲み干そうかというタイミングで、美心が意を決したように口を開いた。
「はじめまして。お兄ちゃんの妹の、藤原美心です」
ただの自己紹介なのに、美心の言葉の端々に込められたなにかを感じる。
奏はその意味するところを感じ取ったのか、「ふぅん」と呟いて、どこか勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「はじめまして、美心ちゃん。わたしは蓮人君のカノジョの一条奏。よろしくね」
「――っ」
”カノジョ”という単語に反応したのか、美心が一瞬ビクッと震え、奏を見つめるまなざしが鋭いものになる。
「ま、まあ二人とも、仲良くね?」
たまらず間に入り、お互いの握手を促す。
不承不承ながら奏が右手を差し出し、美心もそれに応えゆっくりと右手を出して――
「「……っ!!」」
ガシッと、力強くその手がつなぎ合わされる。
でもそれは、握手というよりは……。
「……い、妹ちゃん、無理しなくていいよ?」
「か、奏さんこそ……諦めて手を離したほうがいいんじゃないですか?」
「くっ……」
「むむっ……」
顔に青筋を浮かべ、繋がれた手は力が入りすぎてぷるぷると震えている。
え? なんか始まってる?
しばらく硬直状態が続き、ようやく手が離れたかと思うと、汗を垂らしながら笑みを浮かべた奏が先制攻撃を繰り出す。
「……妹キャラって、すぐ自分から身を引くサブヒロイン止まりの存在だよねー?」
「……同級生女子って、なーんかいまいちインパクトにかけるっていうか、主人公との絆が薄い感が拭えないですよねー?」
「うぐっ」
「むぐぐ……」
口調はあくまで穏やかで、二人とも笑顔。
なのに底知れぬ闇を感じて、僕は怯えるように席を立ち、ドリンクバーに向かって三杯目のコーヒーを注ぐ。
頼む、もっとゆっくり、時間をかけて抽出してくれ、頼む……っ。
……しかし、僕の願い空しく、コーヒーはいつも通りスムーズに抽出された。
行儀悪いとは思いつつも、エスプレッソマシンの前に立ったままコーヒーを一口含む。
カップに浮かぶクレマはふわふわだが、どうやら僕の心のざわつきを包み込めるほど柔らかくはないらしい。
席に戻ると、二人は落ち着いていて、背もたれに体を預けるようにして座っていた。
「とりあえず、お買い物に行きましょうか」
「なんで妹ちゃんが仕切るのかはわからないけど、うん、そろそろ行こっか」
美心が席を立ち、続いて奏も、「それなにが入るの?」と言いたくなるような女の子特有の極小バッグを持って立ち上がる。
いろいろあってよく見ていなかったが、奏の私服はやはりおしゃれだった。
胸の下あたりに腰ひも?が付いた白いロングワンピースで、上から薄いピンクのカーディガンを羽織っている。靴はよくわからないけどキャメルのブーツで、清楚なお嬢様然としながらも年相応にガーリーさも演出した格好だ。なお、僕は前述のとおり詳しくないので、かなり適当なコメントであるという点にはご留意いただきたい。
三人分のドリンクバー料金を払って、一緒に店を出る。
奏は自分の分は払うと言っていたが、さすがに断っておいた。
三人で千円ちょっとだし、男としての見栄を優先させてもいいだろう。
駅前ということもあり、少し歩けば大型の商業施設がある。今回の目的地はそこらしい。
中に入ると、見渡す限りの人、人、人……。
あまりの人の多さにすでにだいぶ帰りたいが、両腕を美心と奏にがっちりホールドされているため身動きが取れない。
さすがにこれだけの人がいれば紛れるかと思ったが、やはり美心と奏は目立つらしく。周りからの視線は相変わらず多く居心地が悪い。
しかしまあ、両腕に感じる女の子にしか存在し得ないこの柔らかさ……。いいと思います(単純)。
「あ! お兄ちゃん、あそこに行きましょう! ピカチウが美心を呼んでいます!」
「蓮人君! あのお店可愛いよ! 波浪キチィのぬいぐるみあるかな!?」
館内を少し歩くと、ファンシーな小物やぬいぐるみが並べられた雑貨屋のテナントを見つけ、二人にぐいぐい引っ張られて入っていく。
「ピカチウのコーナーにいきましょう!」
「めっ! キチィちゃんのぬいぐるみを見るの!」
それぞれ見たい棚が違うらしく、左右から僕を取り合うように引っ張られ、両腕を失う覚悟を決め――られるわけもなく、脱出を図ることにした。
「僕は入り口で休んでるから、二人で見てきてよ」
「むう……わかりました」
「まあ、蓮人君はこういうところ慣れてないみたいだから、仕方ないよね」
「ごめんね」
意外にもすんなり解放され、僕は自販機で缶コーヒーを買ってベンチに腰掛ける。
それにしても、やはりあの二人を会わせてしまったのは悪手だった。
美心は昔から僕に懐いてくれていて、いきなり彼女がいるなんて知れば驚くことくらいは予想できていたし、奏も初デートに妹とはいえ他の子がいるのは面白くないだろう。
でも、美心がついて来るというのを断ることもしずらいし……どうすればよかったんだろうか……。
などと考え事をしていると、隣に誰かが座ってきた。
他のベンチが空いているのに、なぜわざわざ隣に……。
ちらっとその人物を見やると、それはよく見知った人だった。
*****
「……あの、お兄ちゃん」
「なんで目を離した隙に桜庭さんがいるのかな!?」
「あ、あはは……どうしてだろうね」
二人に詰められ、困ったように笑う蓮人の横顔を見て、思わず見惚れてしまう。
わたしが他の人に見せたくなくてずっと隠していた蓮人の素顔はもうみんなにバレてしまったけど、学校でも堂々と見ていられると考えれば悪いことばかりでもなかったり。
美心ちゃんがウチに来た後、胸の中で暴れていた感情を抑えたくて、なんとなく駅前のモールに足を運んだ。
そこで偶然ベンチに座っている蓮人を見つけ、わたしの胸は大きく高鳴った。
きっと二人のどちらかと一緒に来ているのだろうとは思った。もし美心ちゃんと一緒に来ていたら、美心ちゃんにどんな目で見られるだろうとも思った。
でも、わたしももう決めたんだ。この気持ちに蓋をすることは出来ないのだから。
*****
「……あの、お兄ちゃん」
「なんで目を離した隙に桜庭さんがいるのかな!?」
「あ、あはは……どうしてだろうね」
まさかこんなところで偶然奈乃に会うとは思わなかった。
いや、奈乃だったら普段から来ていてもおかしくはないのだろうが、そこまで頭が回ていなかったのだ。
それもあって自然に離れることができず、結局ウィンドウショッピングを終えて出てきた二人と鉢合わせてしまった結果が現状だ。
奈乃と奏は相変わらずバチバチと火花を飛ばしているし、美心と奈乃はどことなく気まずそうで、目を合わそうとしない。
「桜庭さん、ちょっとしつこいんじゃないかなあ? 蓮人君はわたしのカレシって言ったよね? 近づかないでほしいなあ?」
「ふーん? でもそれは蓮人が決めることじゃない? 蓮人が良いって言うなら良いと思うんだけど?」
「ちょちょちょちょっとお二人とも! お兄ちゃんは美心のものなんですが!」
やいのやいのと言い争いながら歩く三人に連行されるようにモール内を歩く僕。
既に僕の自由は奪われており、もみくちゃにされて痛いやら胸が当たって柔らかいやらよくわからない。
右腕には奏が、左腕には奈乃が、そして背中には美心が、それぞれしがみ付いていて、歩きにくいことこの上ない。とは言っても、僕は自分の意思で歩いているわけではないのだが。
その状態でしばらく歩いて、彼女たちが目を付けたのは高校生にも優しい価格帯のレディース服のテナント。
僕が入るにはいささか勇気がいるが、女の子と一緒だから大丈夫だと言われて渋々ついていく。
「じゃあ、やることは一つだよね?」
店内に入るや否や、奏が口角を上げながらそう言うと、
「ま、そうなるでしょうね」
「望むところです……!」
二人も各々反応を見せる。どうやら、奏の意図を二人はわかっているらしく、僕だけが取り残されているらしい。
二十分後、僕の前には三人の女の子が立っていた。
無論、一緒に来た三人なのだが、明らかにおかしいのはその格好で。
……なぜか三人とも、水着姿だった。
「蓮人君……ど、どうかな」
「うう恥ずかしいです……」
「な、何とか言いなさいよ」
ちょうど三つ横一列に並んだ更衣室のカーテンが開かれて、僕はその目の前に立たされている。
どういう状況なのか全く理解できないが、要は水着の感想を言えと、つまりそういう事なのだろう。
女の子の水着姿をまじまじ見るというのはあまりにも恥ずかしいが、きっと三人はそれ以上に恥ずかしいのだろうし、ここは男として応えるしかない!
意を決して、僕は三人の水着を余すところなく目に焼き付ける。
奏は意外にもビキニタイプで、布面積は大き目ながら白いビキニというのはやはり見目麗しいこと世になく。
トップは首の後ろ当たりで結ぶ仕組みになっているらしく、ついつい解いてしまいたくなる衝動に駆られる。そして布面積が多めながらもこぼれそうになるほどの驚異的なサイズ感……うーん、いくらでも見ていられる。
「し、視線に焼かれそうだよぉ……」
さすがに見すぎたのか、奏は顔を真っ赤にして、もじもじと太ももを擦り合わせる。
綺麗で、それでいて肉付きの良い脚の付け根あたりから、透明な液体がつーっと滴り、やけに煽情的だ。……それって汗だよね? 他のモノだったら結構困るんだけど。いや具体的な可能性については知らないけど。
奏の水着を良いだけ堪能したあとは、その隣――奈乃に目を向ける。
赤いワンショルダー。
胸のラインと腰回りにそれぞれひらひらがついていて、なんかよくわからないけどそれが可愛い。
奈乃は胸が小さいが、ワンピース型のワンショルダーにすることで可愛らしさを前面に押し出し、造りでも
うん、いいと思います。
「……失礼なこと考えてない?」
「……いいえ?」
別に胸が小さいというのは悪いことじゃないよ。だからそれを考えるのは失礼ではない。ハイこの話終わり! やめやめ!
「お兄ちゃん、美心はどうですか!」
と、さらにその隣の美心が両手を上げてアピールしてくる。
見ると、美心もビキニタイプだが、ボトムはパレオが巻かれていて、やけに男心をくすぐられるデザインの水着だ。
他二人は無地だったのに対し、美心は黄色地にひまわりの柄が入っており、天真爛漫な美心の性格にぴったりだ。
そしてそのあどけなさと対照的にたわわに実っているバストはギャップも相まって犯罪臭が漂っていて……。
「い、妹でよかった」
などという意味不明の感想しか出てこなかった。
「蓮人君、それちょっとヤバくない?」
「……なんで妹の水着が一番反応良いわけ?」
「う、うへへ……。美心はいつでもOKですよ?」
僕はいたたまれず、勢いよく体ごと回転し更衣室に背を向けた。
*****
結局三人とも水着を購入し、荷物が増えるから最後にまた寄ろうと話していた雑貨屋に改めてきている。
僕もついでだからと海パンを一着選んでもらって買ったのだが、まだ四月だというのに少し気が早いように思える。
しかし、「早い時期に買わないと可愛いデザインは売れちゃうんだよ!」という奏の発言に美心も奈乃も頷いていたので、どうやらそういう物らしい。
というか、別にプールや海に行く話をしていたわけじゃないのに、なんか流れで行くことになってないか?
まあ、僕じゃなくて家族や友達と行くために買っただけなのかもしれないけど。
特に奈乃や美心は、その可能性が濃厚だろう。
美心は妹だから普通兄に水着を見せたがりはしないだろうし、奈乃は……フッた相手と海に行こうとはしないはずだ。
また憂鬱が顔を出しそうになって、ふとRINEの通知音で意識が戻される。
開くと奏からだった。
なぜ近くにいるのにわざわざ?と思って内容を確認すると、連絡通路にきてほしいと、簡単な文章だけが送られてきていた。
連絡通路というのは、立体駐車場と、道路を挟んで向かいに建っているモール自体をつなぐガラス張りの通路の事だろう。
ふとみると、美心と奈乃がピカチウの小物を選んでいるが、波浪キチィのコーナーに奏の姿はなく、いつの間にか移動していたらしい。
おそらく連絡通路にいるのだろうと確信し、二人に一声かけてから足早に向かうと、西日に照らされて佇む奏の姿を見つけた。
斜陽を浴びる彼女の姿は声をかけるのもためらうほどに綺麗で、奏に告白されたあの放課後を思い出した。
「奏、どうしたの」
呼びかけると、奏はゆっくりこちらを向いて微笑む。
「蓮人君、大好きだよ。あなた以外、考えられないほどに」
そう告げる奏の笑顔は、とても儚げに見えた。いつもの彼女からは想像もできないほどに。
奏は、また小さく口を開いて、しかし二の句を告げずすぐに閉ざした。
「奏?」
逡巡したのち、奏は再度ゆっくりと口を開く。
茜に染まった顔には、涙のようなものが湛えられているように見えて、僕は何か嫌な予感がして胸がギュッと痛む。
この言葉を聞いてはいけないような、そんな予感。
そして、やはり悪い予感というものは的中するらしく。
「でも、もうお別れなんだ」
「え? どういう……」
あまりに突拍子もないセリフに、理解が追い付かない。
手を伸ばせば触れられる位置にいるのに、決して届かないような、そんな錯覚がした。
そして、彼女の頬をオレンジの雫が伝って、床に落ちた。
まるでそれは、僕らの関係が終わる合図のようで。
彼女は一言だけ言い残し、買ったばかりの水着の入った紙袋を置き忘れたまま、走り去っていった。
僕は、引き留めることも、追いかけることもできなくて。
彼女の別れ際の言葉が、僕の体を杭で打ったように、この場から動けなくさせたから。
――さよなら。
次の日、奏は学校に来なかった。
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