第一話 僕に許嫁ができるまで
1.始まりは一瞬の勢いと一通の手紙
僕には幼馴染がいる。
誕生日は一日違い。同じ病院で産まれて家は隣同士。幼稚園に始まり小学校、中学校、そして高校二年生の今に至るまで、一度たりともクラスが分かれたことすらなく、もはや運命さえ感じてしまうほどだ。
結論から言おう。
それが良くなかった。
在りもしない運命とやらを妄信し、勝手に舞い上がっていた僕は今日この日、大きなミスを犯してしまったのだ。
「わ、わたしと蓮人が付き合う? 冗談でしょ」
これは、僕の一世一代の告白に対し、幼馴染である
好きとか嫌いではなく、本気とすら思われていないという現実に、僕は打ちひしがれた。
昔はいつも僕の後ろをついて歩いていた奈乃。
いつからか前を歩くようになってしまったけれど、二人一緒にいるのは変わらなかった。
成長するにつれてとんでもなく可愛くなっていき、女子に人気の男子から告白されたのも一人や二人ではなかったはずだ。
でもそのすべてを断ってきたのは、奈乃も少なからず僕と同じ気持ちだったからと勘違いしてしまっていた。
それがこの有様だ。
僕はその大勢と同じどころか、それ以下の扱い様でフラれてしまった。
まさに一笑に付されてしまったわけである。
なにより問題なのは、誰もいない放課後の教室だとか、体育館の裏と言った定番告白スポットではなく、同じ学校の人間が大勢いる通学路のド真ん中で告白してしまったということだろう。
でも仕方のないことだった。
勢い余ってというべきか、ムードも何もない中の自爆テロのような告白だったことは認めざるを得ない。
一瞬で感情が昂り、
彼女の、そのあまりにもきらびやかな笑顔を見た瞬間に。
「そ、そっか」
そしてこれは、その返事を受けて僕がどうにか絞り出した言葉だ。
我ながら情けないことこの上ない。
さて。
勢い余って告白してしまい、結果無惨にフラれてしまったというのも問題だが、その一部始終を大勢の人間に目撃されてしまっているというのは由々しき事態である。
チラチラと視界の端を通りかかる人たちに、同じクラスの面々がいるのも把握済み。
そして、その殆どが「ぷーくすくす」といった嘲笑を浮かべていることも。
こうして、僕が畏れ多くも校内二大美少女の一人、桜庭奈乃に告白して瞬殺されたという事実は瞬く間に学校中に拡がり、僕は日の高いうちは廊下を歩くことができない身になってしまったのだった。
まあ、流石にそれは大袈裟なのだが、居心地が悪くなったというのは事実だ。
もともと友達は少なく、ぼっちだとか陰キャだとか常時レムオル(IIIリメイクおめでとうございます)だとかの蔑称を
休み時間、いつも通り自分の席で本を読んでいると、「奈乃かわいそー。幼馴染とはいえアイツが奈乃に告白するとか、告ハラだよねー」などと言うクラスのトップギャル達の会話が耳に入ってくる。
コクハラってなんだよ。コクのあるハラミか?なら上等じゃないか。
また他方からは、「マジで奈乃ちゃんと幼馴染だからってチョーシ乗りやがってよ」とチャラ男の怒気満ちる陰口が聞こえる。
こういう人種特有の、自分の意にそぐわない行動は全てチョーシ乗ってると判断する短絡的思考はどうにかならないものだろうか。どうにもならないからそうなんだろうけどさ。
少なくとも、僕は奈乃以外に対して迷惑をかけたとは思っていない。
奈乃本人が告ハラだと嫌がるのなら、本人が僕に対して怒りを持つことは当然だろうが、第三者である周りの人間に陰口を叩かれる謂れはないはずだ。
ただ、そんな理屈が通用しないのが陽キャという人種であるわけで。
ここで机をバン!と叩きながら立ち上がり、文句の一つでも言えたらいいのだろうが。
悲しい哉、それが出来ないのが僕を陰キャたらしめる所以なわけであり。
人生とはかくもうまくいかないものだなぁと思考を現実逃避に面舵一杯切り替えると、ふと左斜め後ろから視線を感じた。
ちらっとそちらを見ると、校内二大美少女のもう一人、一条奏と目が合う。
とはいえすぐ視線を外されてしまったため、なんとなく渦中の僕を見たらたまたま目があってしまい気まずかったのだろう。嫌な思いさせてごめんね。
しかし、校内二大美少女なんていう二次元御用達設定が現実にあるのも驚きだが、そんな二人が一つのクラスに纏まっているというのも驚きだ。お陰で学内顔面偏差値に偏りが生じている。
え?僕がいるからトントンだろうって?まあ否定はしない。
そしてその中でも、一条さんは別格だ。容姿だけでなく、総合的に見たとしたら、だが。
一条さんの実家は国内でも最大手に挙げられる総合商社、『一条社』のご令嬢であることはあまりにも有名。それに加えてあの美貌であるから、天は二物を与えないなんてのは全くの嘘っぱちであると再認識せざるを得ない。
亜麻色のボブヘアは太陽に照らされてむしろ
大きな二重の瞳は潤いを湛え、庇護欲をそそる。
しかし彼女の見た目を語るうえで欠かせないのは、あどけない顔立ちとは対照的に大きく実ったその胸を除いて他ならないだろう。
一五〇センチほどの身長に対してこの肉付きは極めて犯罪的で、家柄も相まって二大美少女の一番手は彼女であるという風説に異論を唱える者はいない。
ここまでで充分伝わったと思うが、僕の彼女の間に接点などない。
故に、先ほどの視線に特別な意味はないと言い切ることができる。……はずなのだが。
どうにも、視線を逸らされたその後も、ちらちらを僕を見ているのを感じる。
僕の後ろの何かを見ているのかとも考えたが、位置関係的には敢えて見るようなものはないし、僕を見ていると考えるのが一番自然ではあるが、問題はなぜ見ているのかという事。
肌感覚ではあるが、他の人たちが僕に向けるような嘲笑、侮蔑の類ではなさそうだが……。
いずれにせよ、気にすることでもないだろうと僕の中で結論付け、この居心地の悪さから逃げるように寝たふりを敢行することに閣議決定。
それではおやすみなさい。
*****
問題が起こったのは昼休みの終わり際。
屋上で一人寂しく弁当を食べ、ぎりぎりまで日向ぼっことしゃれこんでから教室に戻ってきた僕を待ち構えていたのは、一通の手紙だった。
五限目の準備をするために机の中から引っ張り出した教科書に引きずられ、見覚えのないピンク色の封筒が足元に落ちた。
疑問に思いつつ拾うと、表面には可愛らしい女の子然とした文字で『藤原蓮人くんへ』と僕宛の手紙であることが記されている。
裏返すと、封筒の口は丁寧にハート形のシールで止められており、こういった経験に疎い僕でもこの手紙の意味することはなんとなく感じ取ることができた。
(僕に、ラブレター?)
自然に考えればラブレターで間違いないだろう。
しかし相手が僕となると状況は全く異なるものとなる。
僕は女の子からラブレターを貰うような人間ではない。
友達はいないし、目元を隠すくらい伸びる前髪は陰鬱でキノコでも生えてきそうだ(奈乃談)。
休み時間は本を読むか寝たふりをするかしか選択肢はなく、昼休みは今日のようにひっそり立ち入り禁止の屋上に忍び込みぼっち飯。
女の子に好かれるどころか、存在を認識されること自体レアケースなのだ。
なので、今回のような場合に導き出される可能性は主に二つ。
一、いたずらであること。
二、そもそもラブレターではないこと。
前者が可能性としては最も高い。実際に中学の頃は何度かやられたことがある。
後者は確率は薄いが、ゼロというわけでもないため一応思慮しておく必要がある。
この場合、ハートのシールに関しては特別意味がなくただ単純にかわいいからだとか、それしか持ち合わせがなかったからなど理由はいくつか考えられる。
ただ、後者の可能性を限りなくゼロたらしめるのは、そもそも手紙を寄越すほどの用事が僕にあるだろうかという単純明快なものだ。
ま、とりあえず。
(中身を確認してから判断しよう)
委員会がらみの用件で、僕がどこにいるかわからず苦肉の策として手紙をしたためたという可能性もあるし、まずは文面を確認するのが筋だろう。
特に周りを気にするでもなく、なんとなく丁寧にハートのシールをはがして中身を取り出す。
二つに折りたたまれた便箋を開くと、そこには簡潔な文章が二行ほど書かれていた。
『今日の放課後、大切なお話があります。 教室で待っていてください。 絶対に待っていてくださいね』
この手の手紙にしてはやけに語気が強い気もするが、これが令和のスタンダードなのだろうか。
して、やはりというか、差出人の名はない。
「……ふむ」
どうやら委員会の用事というわけではなさそうだ。そもそも同じ図書委員の子は念のため連絡先を交換しているし、手紙を書くはずがない。
となると……。
(いたずらか……)
そうとわかれば、途端にどうしても憂鬱な気分になってしまう。
なんせ、これから僕はどこかの陽キャたちの笑いものにされてしまうのだから。
それをわかってて、のんきに放課後を待っていられる人はいないだろう。
とはいえ、まだわずかに残っている本当に大事な用事がある可能性や、いたずらだった場合すっぽかした後のことを考えると、従うしか選択肢がないことも確かで。それが憂鬱な気持ちを加速させる。
はあ、とため息一つ手紙をカバンにしまっていると、また一条さんからの視線を感じた。
しかし、放課後の処刑イベントで頭がいっぱいの僕は、その視線にわずかにあった違和感を無視した。
*****
きたる放課後。
時間の流れとはかくも残酷なもので。
嫌な出来事の前ほど早く過ぎていく。
いつもならHRの後は他の追随を許さない勢いで帰る僕だが、今日は帰り支度こそ済ませているものの、椅子から立つことはなく。
「カラオケ行こうぜ」だとか、「バイトだりー」というイケイケグループたちの会話を聞き流しつつ、黙して座すのみだった。
途中、教室を出ようとする奈乃から、「帰らないの?」という視線を送られたが、友達の女子に呼ばれるとすぐにそちらへ走って行ってしまった。薄情なものだ。
そうしてまばらに残っていたクラスメイト達も最後の一人が帰宅し、一番最後に帰る人が消すというルールに則って教室の電気が消される。
まだ僕残ってるけどね?気付かなかったのかな?僕は気付いたよ?目が合ったときの「うわっ。 まあいいか……」みたいな顔。
面倒なので蛍光灯の電源は消したまま、さらにしばらく僕は待つことにする。
もしいたずらなのだとしたら、この哀れな姿も見られているに違いない。
そこから待つこと十五分。
一向に現れない差出人に痺れを切らし、もう帰ろうかと机の横にかけられたカバンに手をかけた瞬間――
「よかった、待ってくれたんだね」
ガラッと音を立てて開け放たれた教室の扉。その入り口に立っていたのは、僕が予想だにしていなかった人物だった。
「一条さん……?」
僕の驚いた声に、彼女はくすっと笑って「遅くなってごめんね」と可愛く謝る。
いたずらだとしても、本当のラブレターだとしても、最も可能性がないはずの人物、一条奏。
彼女のセリフから考えても、僕に手紙をくれたのは彼女で間違いないだろう。
「一条さんが僕に何の用――あ、いや、違くて……」
意図せず冷たい言い方になってしまい、僕は慌てて何か続けようとするが、言葉が出ない。
しかし一条さんは気を悪くした様子もなく、少しづつ僕のそばへ歩を進める。
ほどなくして、僕の目の前、わずか数歩の位置に来た。
きらっと、西日に蝶のヘアピンがまぶしく光る。
「あなたにどうしてもお話したいことがあったの」
「それって……?」
僕の問いかけに、一条さんはその白雪のように透き通った顔に赤みを湛える。
それは教室に差し込む斜陽のせいなのか、これから告げるだろう言葉によるものなのか。
彼女は僕の目をじっと見つめ逡巡したのち、はにかみながらその小さな口をゆっくり開いた。
「藤原蓮人君、わたしの許嫁になってよ」
そして僕は確信する。
ああ、こりゃ大変なことになるな、と。
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