幼馴染にフラれたら学校で一番可愛い女の子が許嫁になった

高海クロ

茜色のプロローグ

藤原蓮人ふじわられんと君。わたしの、許嫁になってよ」

「……え?」

 放課後の教室。

 普段は三十五人がすし詰めになっているこの狭い空間に、今は僕と彼女――一条奏いちじょうかなでの二人しかいない。

 彼女の鈴のようにやさしい声が心地よく耳に響く。

 窓からは茜色の斜陽が差し、一枚だけ開いた窓からは心地よい風と、外でランニングをしている野球部の掛け声がわずかに聞こえてくる。

 刹那、ぶわっと少し強く吹き込んだ風が、オレンジに光るカーテンと、彼女の亜麻色のきれいな髪を大きく揺らす。

「……ね、どうかな?」

 あまりに予想だにしていなかった出来事にしばらく言葉を失っていた僕に、彼女は一歩近づいて返事の催促をするように声をかけてくる。

 上目遣いで僕の顔をのぞき込む彼女と目が合う。

 僕はそのあまりの可愛さに、また言葉が出てこなくなってしまう。

 きらっと、西日が彼女の前髪を留める蝶の形のヘアピンに反射し、僕はとうとう意識を取り戻した。

「あ、あの。冗談? だよね?」

 やっと出てきた言葉は全く状況を呑み込めていない僕の情けない声。

 しかし、彼女はあきれた様子もなく、くすっと笑ってもう一度同じセリフを繰り返した。

「冗談なんかじゃないよ。あなたに、わたしの許嫁になってほしいんだ」

「あの、なんで僕に?」

 ようやく脳が現状を理解し始め、伴って湧き上がるのは単純な疑問。

 それもそのはず。

 僕は勉強も運動も平凡で、顔だってイケメンなわけじゃない。

 対して彼女は、テストでは毎回学年一位をひた走る秀才で、運動もそつなくこなし、学級委員として先生を含むクラス全員からの信頼を集める優等生だ。

 なにより、校内二大美少女の一人に数えられるほどに可愛くて、ついつい目を奪われてしまうその大きすぎる胸。

 とにかく全てにおいて僕とは対照的で、そんな僕が彼女の許嫁だなんて、正直意味が分からないし想像もできない。

 だから、僕はその単純な疑問の答えを彼女に求めたのだ。

 予想しうる最悪の可能性は、例えば誰かが面白がってドッキリを仕掛けているというもの。

 しかし、彼女の性格を考えるとそんな非道なことに肩入れするとも、ましてや首謀するなんてことは考えにくい。

 では一体何だろうか。

 考えつく理由のすべてに、”彼女に限ってそんなことは”というそれを否定する理由が付きまとい、僕はまた混乱しそうになる。

 しかし、数瞬顔を伏せていた彼女が意を決したように僕に向き直って出した答えは、すごく単純で、わかりやすいものだった。

「あなたのことが、とても、とても、とても、大好きだから――だよ?」

 ――え?

 それは、単純であるが故に、受け入れがたく、肯定しにくい答えだった。

 彼女の人形のように整った顔に、大きな朱が差している。

 それは窓から差し込む茜のせいなのか、それとも別の何かなのか。

 ひとつわかるのは、彼女のそれ告白は決して冗談でもドッキリでもなくて、どうやら本気らしいということだ。

 僕の唇に感じる今まで味わったことのない柔らかさと、視界いっぱいに広がる彼女の顔が、僕にそう告げていた。

 果たしてどうしてこんなことになってしまったのか。

 僕は彼女の口づけをされるがままに受け入れながら、わずか数時間前――今朝の記憶を引っ張り出していた。

 

 

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