『妖異怨念記』
結晶蜘蛛
『妖異怨念記』
廃墟。
ガラスが割れており、一部のコンクリートがはげている。
日用品などが散乱しており、廊下の横端に雑に退けられていた。
恐らくは元は宿泊施設であっただろうとおもわれるが、もはや見る影もない。
そこを一体の異形が歩いている。
浅黒い肌にぼろぼろとなった腰布がはかれている。
でっぷりと膨らんだ腹がでており、それ以外はひょろりと痩せほそっているためえらくバランスが悪い。
3mを超えるそれは動きずらそうに廃墟の中をのぞき、手に持っていた人間を廃墟へと放り込んだ。
「げへ、げへへへ……はやく、増えろ」
ぽんぽんと腹を撫でる妖――大餓鬼。
この廃墟は大餓鬼の飼育小屋だ。
投げられた人間が居たそうに呻いた後に起き上がる。
周囲をみわたすと涎を垂らす化け物と、十数人の男女がいた。
みな一様にやせ細っており、来ている服もぼろぼろにすりきれている。
髪はかさかさとなっており、目だけは欄々と光っていた。
「どこだ、ここは……?」
男が目を覚ます。しかし、中に居た人たちは大餓鬼が投げつけた、残飯ともゴミともつかないものに群がり、我先にと食べるのを優先する。
その光景にあっけにとられていると、残飯にありつけなかった人物が男の元へとよってくる。
「新入り、何か持ってるか?」
「……エナジーバーぐらいなら……」
「よこせ!」
男が取り出したエナジーバーが奪い取られる。
「うめぇ、うめぇ……!」
「なぁ、なんなんだ、ここは」
「……知らない。ただ、あいつがここに人を連れて来る」
「あいつって、あの怪物か……?」
「お前、食われなかったのか、運がいいな」
「食われる?」
「……俺のときは連れの恋人が食われた後、埒されたよ」
「な、なんだ、それは……」
「知らん。だが、あいつが何を考えてるかはわかる」
「んなことはどうでもいい、早く脱出しないと……」
「……これのお礼に教えてやる。まず、あいつはここで俺たちを飼育してるんだ」
「飼育?」
「ああ、俺たちに子供を作らせて、それを食べる気なんだ、ほら、聞いてみろ」
男が耳を澄ませると、涎を垂らした大餓鬼は残飯に群がる人々を見ながら、『腹ぁ減ったぁ……』『早く食べたいなぁ』『あかんぼ、はやくできんかな』とつぶやいていた。
「な、なんだ、そりゃ……」
「そして、もう一つ。ここから脱出することはできないんだ」
「んなことあるか……!」
「試してみればわかる」
男は大餓鬼の動向に気を付けながら、部屋の奥へと後ずさっていく。
開いている――扉が外れてるドア――から外へと出ようとした。
が、廊下を走ってまた別のドアに入っても、元の部屋に戻って来てしまった
4つほどの部屋を走ると、すぐに皆が集まっている部屋へと戻ってしまう。
「これは……!?」
「戻って来たか」
「どういうことなんだ」
「わからん……わからんが、扉から出ようと窓から飛び降りようと、いくつかの部屋にもどっちまうんだ……」
「そんな……」
逃げようがなく、男は落胆した。
「腹ぁ減ったなぁ……、一人くれぇいっかぁ……」
大餓鬼が施設の中に手を伸ばしてくる。
全員、何が起きてるのかわかっているのか反応は速かった。
しかし、男は何が何だかわからず、大餓鬼に捕まってしまった。
「ひぃ……!」
万力のような力、男は抵抗するがまったく緩まない。
ゆっくりと男が施設の外へと引きずり出されていった。
†
大餓鬼にとって食欲が全てだ。
ふと目覚めた時からそうだった。
腹が減った、肉を食べたい。
だから、まず目についた猫をつまんで食べた。
くちゃくちゃと肉を喰みながら、腹は膨らむが何かコレジャナイ。
それから腹が減ったと歩いてい居ると人間が見えた。
腹がやたら膨らんでいた人間を発見した。
だから、大餓鬼をそれをつまんで食べた。
「うまい……」
それから大餓鬼はこのんで人間を襲うことにした。
妖は人間から見えないため、人間を狩ること自体に苦労はしなかったが。
が、それでも同類の妖や妖を狩ろうとする人間に追い立てられることがあった。
特に大餓鬼は縄張りを決めてそこの内側で狩りをするタイプのため、
また空腹に任せて食い過ぎると、すぐに得物がなくなってしまうのも悩みの種であった。
「そうだ、ふやしちまえばいい」
どうやって増えるか知らないが、男と女を一つの家に放り込んでおけばいいだろう。
そして、現在――
「腹ぁ減ったぁ……」
しかし、一向に好物の赤子が生まれてこない。おかしいな、鶏とかは放っておいたら卵を産んだのに、と大餓鬼は内心、不思議に思っていた。
まぁいいや、とりあえず、腹が減った、一人ぐらいなら食ってもいいだろう、と大餓鬼は適当に一人をつまみ持ち上げた。
「やめろ、……やめろぉ! 離せぇ!」
「げへへ」
活きのよい獲物である、これは瑞々しそうだ。
とりあえず、腕でももぎ取って食べようと力をいれた。
その時だった。
鋭く乾いた音がしたと思ったら、大餓鬼の眼前から男が消えた。
よくみると自分の腕が何か白いもので壁に縫い留められていた。
男は地面に落ちて、這いずって逃げている。
「ぐぁあぁぁ、……なんだぁ……?」
重い金属音が鳴りひびく。
現れたのは武者であった。
全身を甲冑で包み、鬼の面をつけている。
だらりと下げられた左腕からは白い煙があがり、ぽたぽたと血がこぼれて地面へと落ちていく。
大餓鬼は攻撃された腕を押さえる。
あらわれた謎の相手に驚き、怯えをあらわにした。
「……っ、ぐぅ……!」
現れた男が呻くと同時に、左腕が持ち上がる。どうやら内部で急速な再生が行われたようだ。
男の踵がはぜる。甲冑に仕込まれた絡繰の一つ。仕込んだ爆薬により超加速を得た男――相坂礼(あいさかれい)の拳が大餓鬼の頬に突き刺さった。
大餓鬼の巨体が浮かび吹き飛ぶ。
「ぐぁぁぁぁ!」
「……殺す」
そのまま逃げようとした大餓鬼の背中を蹴り飛ばし、左腕の骨を射出した。
足を縫い留められ、大餓鬼の動きが止まる。
「ひぃぃぃ……!」
「くそがぁ……!」
骨を射出する絡繰の代償に相坂に激痛がはしる。
当然だ、射出のたびに尺骨を抜き出し、尖らせ、弾として使っているのだ。
「なんなんだぁ、お前はぁ……!」
大餓鬼がえづく。腹が膨らみ、ゲロとともに溶解液を吐き出した。
それをひいて避ける相坂。
溶解液を浴びた土や木々がとけて据えた匂いが周囲にひろがる。
大餓鬼がぶちぶちと足を引き抜き、両手もつかって獣のように建物へと急ぐ。
意図にきづいた相坂が急いで追いつこうとするが、大餓鬼のほうがはやかった。
「げへへへ、どうだぁ……!」
大餓鬼が廃棄された旅館の中に手を突っ込むと、無数の男女が手に握られていた。
それをかかげて、相坂の前で盾の代わりにする。
「……ちっ」
三度、左腕の骨弾を撃ち込もうとした相坂の動きが止まる。このまま打つと人質に当たるからだ。
「げへ、げへへへ、そうか、おめぇ、こうされると困るかぁ……!」
大餓鬼が開いた手を建物に突っ込む。
中から人間を掴んだ大餓鬼は、振りかぶって相坂に向って投げつけた。
「くそがぁ!!」
散らばりながら投げつけられる人間。
風圧で顔の頬が伸びたようになっている。
相坂は攻撃をとりやめ、出来る限りの人間を受け止めようとした。
二人ほど受け止めることができたものの、受け止められなかった人間は岩や土にあたって骨が折れる重症を負った。
「げっへへへ……!」
相坂が投擲された人間を受け止めた直後、大餓鬼は腕を上からたたきつける
文字通り、腕が伸ばされ、振り下ろされる腕。相坂は受け止めた人間を放り出し、彼らを助けた。
代償に彼らの大餓鬼の攻撃をもろにうけて、地に叩き伏せられ、気を失った。
†
――相坂の日常は突然、奪われた
ある日、唐突に家に妖が入り込み、家の中は地獄となった。
たまたま相坂はタンスの中に隠れ、逃げのびることができた。
そして、その中から少しずつついばまれていく父母の悲鳴を聞きながら堪えることとなった
どういう原理かは不明だが、あれだけ悲鳴をあげているというのに外部の人間にはまったく聞こえいないようだった。
父が死に、母が殺され、その腹を裂いて取り出されたのは、生まれてくるはずだった弟――あるいは妹――だった。
「おや、これは運がいいねぇ」
そういって妖はぱくりとそれを食べた。
その光景を見て、相坂は――
「っっ」
――左腕の強烈な痛みで目が覚めた。左の砲台に
もしも気が失った時のために、着付けをするための絡繰だ。
左手の骨を強制的に再生されながら、その痛みとかゆみで意識が再生してくる
目が覚めると同時に感じる圧力。全身を鉄板に圧し潰されるような感覚。
内蔵が押し出されそうだ、と相坂は歯がみして耐える。
どうやら大餓鬼に捕まれていたらしい。
左腕の絡繰を起動し、あてずっぽうで射出すると、大餓鬼の指が吹き飛んだ。
「いってぇ……! おめぇ、おきたのかぁ!」
「……危ないところだった」
左腕の骨は元に戻ったようだ。
歯が砕けんばかりに噛み締め、痛みをこらえながら左腕に尺骨を再装填する。
「げへ、げへへへへ……これなら撃てないんだろぉ?」
しかし、その前に掴んでいた人質を相坂の前に掲げる大餓鬼。
人の盾を展開され、構えた左腕の大砲絡繰を打つのを止める相坂。
「げへへ、大人しく潰されてろ」
「――ぐ」
「げへ?」
「ぐぎがあああああああああっ!!」
突然、相坂の腹が爆ぜた。
薄桜色にてかる腸がが息にさらされる。
それは大蛇のごとく大餓鬼の腕に巻き付くと、食い込み、一瞬で引き千切った。
――霊威絡繰・腸蛇
「ぐぎああああ!?」
「――トドメだ」
息たえだえになりながらも、左腕を構える相坂。
もがき苦しむ大餓鬼の頭に骨でできた砲弾が突き刺さり、その頭を一撃で爆砕した。
†
警官が慌ただしく動いている。
救助隊がけが人や建物の中に居た人物をタンカーで運び出していた。
妖は本能的に結界を扱うことができる。大餓鬼もその例にもれず結界の中に被害者たちを閉じ込めて出れなくしていたのだ。
山上から鬼面の武者が被害者たちが救助される様子を見ていたが、やがて踵を返した。
「救助を呼んだのですカ、優しいですネ」
あらわれたのは無機質な少女だった。
白磁でできた肌に、赤い瞳、関節部は球体見えている。くりっと首を動かしたが、どこか絡繰めいている。
「平賀源内」と名乗っているが、本名かどうかはわからない。
本当なら少女の見た目をしているが、300年近く生きているはずだ。
まぁ、からくり人形の身体に乗り移っているらしいので、年齢を考える意味はないかもしれない。
「平賀か……」
「はイ、おかげさまで大餓鬼の臓物を入手することができましタ。特に溶解液は他の妖のパーツを加工する際に使えそうでス。そうそう、しっていますか、大餓鬼とハ――」
「……大餓鬼の一撃で身体が軋んだ。最初の一撃で決着をつけれなかったのも火力が足りない。もっと威力をあげろ」
「おやおヤ、いいのですカ? ただで射出に多大な怪我を負うのにそれ以上の火力を求めると射出の際にもダメージ……腕が折れますヨ?」
「その分、再生力をつよくすればいいだろうが」
「はぁ……」
平賀はわかってないように首を振った。
「妖威絡繰はバランスで成り立っているのでス。まとった人間の怨念で動くのですから、威力を挙げるためにわざわざ人体を傷つける絡繰にしたのも本当はしたくなかったのですヨ」
「俺には関係ない」
「まったク、出会ったころから可愛くありませんネ」
相坂は家族ごと妖の結界に囚われていたところを平賀源内に助けられ、『妖に復讐したい』と平賀源内につれていってもらった。
平賀源内は倒した妖を素材として引き渡す代わりに、相坂の妖への復讐を手伝うことにした。
相坂がまとっている鎧――妖威絡繰は怨念で稼働し、怨念により身体の強化や特殊な武装を扱うことができる。
また、妖を見れる目を持っていない相坂にとって、妖を見て、触れるようになるために重要な武器であった。
「……あなたと出会ったのもこんな感じの事件でしたネ」
「…………そうだな」
「半死半生の状態でわたしの足を掴んだ時にはどうしたものかト」
「……そうか」
「ノリが悪いですネ」
平賀源内がため息を一つ。
「まぁ、真面目な話。わたしからみるとあなたは孫みたいな年齢ですからネ。あんまり無理はしてほしくはないんですヨ」
「……無理をしないと勝てないからな」
「まったク……」
「……お前が心配してるのは俺が妖を狩れなくなることだろうが」
「それもありますネ」
「…………」
相坂は疲れたように鼻を鳴らし、そして歩き出した。
平賀源内は馴れた足つきでその後ろを追っていったのだった。
『妖異怨念記』 結晶蜘蛛 @crystal000
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