キャッチ・オブ・ヒート
「…
――果たせないかも知れねえ。
「…あ」
黒谷には、光田の背がそう語っているように見えた。
「安心して。僕が、取り返すから」
「…へへ…じゃ、頼むぜ」
ハイタッチし、光田は外野の方へ走っていった。
「黒谷、ボールくれ」
廣崎に言われるがままボールを渡す。
「うらァァ!」
近藤に投げたボールはいとも簡単にキャッチされた。直後――
「はァ!?当たっ…」
ボールは、二組陣地に転がっていた。廣崎の右胸の痛みが、当たったことを示している。
(…なんでだ?)
黒谷は冷や汗をかく。今まで一度たりともかかなかった冷や汗。
(なんで僕は…“負けたくない”って思ってるんだ?)
また更に別の者がボールを取り、今度は外野にパスした。
「関係ない!!」
外野からの攻撃を軽々と受け止め、「次は当てる…!」と黒谷に投げつけた。
(狙われた!?)
すんでのところで回避。しかし背後には、先程光田に当てられた男子が、黒谷を逃がすまいと待ち構えていた。
(当てられたくない…勝ちたい…満たされたい!!)
練習によって上がった力量を無駄にしたくない。
光田の努力と期待に応えたい。
諦めたくない。
不安定な体勢のまま、迫るボールと向き合った。
「取るッ!」
後方へと転がりながら、黒谷はボールを受け止めた。
「黒谷、ボール!」
「…僕が取ったんだ。一回くらい投げさせてよ」
クラスメイトからの要求を断り、黒谷は振りかぶる。
(…視えた)
投げたボールはアウトライン近くにいた五組男子の肩を掠った。
故に勢いは収まらず、ボールが飛んだ先にいたのは――他でもない、光田だった。
「だいぶ熱くなってきたんじゃねえのか?黒谷」
ボールが手に触れた瞬間、すかさず投げて一人を落とす。自陣に戻ってきた光田は、黒谷の肩を軽く叩きながら言った。
「黒谷。ちゃんと、取り返されたぜ」
「…うん!」
「何いちゃついてんだそこ!来るぞ!」
クラスメイトからの警告を受けて敵陣に目を向けると、腕の血管を浮き上がらせた近藤がこれでもかと振りかぶっていた。
「黒谷!避けろ!」
しかし、ボールは既に近藤の手から離れた後。剛速球を捉えた黒谷は、直感で体を反らせた。
「ゔっ」
サッカーのトラップのような体勢の黒谷に当たったボールは、幸運なことに、僅かに上へ。
(僕が体を反らせた…だから、まだ落ちてない。落としたくない)
黒谷の眼に、何かが宿る。
(…ここからなら、届く!僕はアウトで構わない!)
「光田くん!」
黒谷は頭から滑り込み、手でボールを弾き飛ばした。
「ぐっ!」
勢い余って地面に叩きつけられる黒谷。しかしその顔は、もはや痛みなど微塵もないかのように晴れ晴れとしていた。
「そこまでやれるんなら、十分かもしれねえな」
「うん。しっかりと“満たされた”よ」
「そりゃよかった」
偶然か必然か、弾かれたボールは、光田の手の中に吸い寄せられるように見えた。
「お前の目に火が灯った。その“熱”が消えることはない」
光田は、ダイレクトでサイドスローすると見せかけ、黒谷にノールックパス。黒谷は、それを無言で受け取る。
(光田くんが言ったこの“熱”を、僕は生涯忘れることはないだろう。他の人にとってはただの思い出にすぎないけど、僕にとっては――)
―――
放課後の帰り道。黒谷の背中はいつもと変わらないように見えた。しかし、その内側は全くと言っていいほど違う。
もし、心に色があれば。そして、それを見ることができたならば。
まだ明るいこの空のような、爽やかな青色で満たされていたことだろう。
(僕はあの感触を、二度と忘れない)
光田からの最後のパス。あの時手にしたのはただのボールじゃない。
限りなく熱く、しかし心地のいい。そんな“熱”を帯びたボールだった。
光田が、なぜ黒谷に“熱”を与えようとしたのか。
――大層な理由じゃねえ…ただ、黒谷の目は明るくも暗くもない。無だったんだ。だったらせめて、色を付けてやるべきだろ?
木枯らしが吹き上げていった。熱が収まるわけはないのに。
熱を帯びる避球 黒曜石/Omsick @Obsidian5940
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