第6話 昔の知人
涼介はその厳しい視線に一瞬たじろいだが、目を逸らさずに相手を見据えた。装甲車から降り立った男は、警察や公安の関係者ではないように見えたが、彼の存在が周囲に与える緊張感は異質なものだった。ふと、彼の背後で数名の部下が不気味なまでに慎重な様子で何かを調べ始めた。その手つきからは、違法薬物の「シャブ」を捜索しているのが明らかだった。
涼介は一抹の不安を覚えた。青龍県のような地方で薬物捜査が行われるとは稀なことであり、これほど大掛かりな調査が行われる理由が気になった。地元の人々の間でも、近年になって都市からの流入により違法薬物が蔓延し始めているという噂が立っていたが、まさかそれが現実に及ぶとは思っていなかった。
そのとき、装甲車から降りてきた男が再び涼介の方に目を向け、冷ややかな声で言った。「君、この辺りのことに詳しいだろう。最近、不審な動きを見たことはないか?」
涼介は瞬時に警戒心を抱いたが、努めて冷静に答えた。「ここは昔から平穏な場所です。怪しい人間も、そんな噂も耳にしたことはありませんが…」
その返答に、男は鋭い視線を涼介に投げかけたまま、わずかに微笑んだ。「そうか。しかし、青龍県も例外ではない。この町のどこかに、大規模なシャブの取引が行われているという確かな情報があるんだ」
涼介は動揺を隠しながら、その場を去ろうとしたが、背後で男の冷ややかな声が再び響いた。「君も、何かあれば正直に話すんだ。そうでないと、この町の平穏は保たれないかもしれないからな」
彼の言葉には暗黙の威圧が含まれており、涼介はその場を後にしながら、胸に重い不安を抱えた。青龍県に忍び寄る危機の影を、そして自分が再びこの陰謀の渦に巻き込まれる可能性を強く感じていた。
涼介がその場を離れた後、心の中に不安の影が深く根付いた。男が言っていた「大規模なシャブの取引」と「武器庫」という言葉が彼の頭の中で反響し、次第にその意味が重くのしかかってきた。青龍県における不穏な動きが、単なる薬物取引だけでなく、武器の密売にも関わっているのではないか――そんな疑念が胸をよぎった。
涼介は、すぐにでもその事実を確かめたくなった。しかし、どうすればその「武器庫」にたどり着けるのか、何も手がかりがない。そんな中、ひとつだけ心当たりがあった。かつて知り合ったことのある人物、今は廃墟となった工場地帯に住む元軍人の吉村という男だ。吉村はその昔、特に裏社会との関わりが深かったと言われており、武器や違法取引に精通していた。
涼介は決断を下し、吉村に会うため工場地帯へ向かうことにした。夜の帳が降り、ひっそりとした街並みを歩きながら、吉村がどんな情報を持っているかを考えていた。もし武器庫が存在するなら、それは青龍県の治安を脅かすだけでなく、彼自身の命をも狙うことになるだろう。涼介は恐怖と興奮を交錯させながら、目的地に到着した。
工場地帯は薄暗く、空気も重く湿っていた。巨大な鉄の扉を開けると、そこに立っていたのは、長い間見ていなかった吉村だった。彼は老け込んでいたが、目の奥には鋭い光が宿っていた。
「お前か…」吉村の声は低く、警戒心を感じさせた。「何の用だ?」
涼介は少し間を置いてから答えた。「最近、青龍県で何か不穏な動きがある。武器庫のことを聞いたんだ。知っているか?」
吉村は一瞬、言葉を飲み込み、次に鋭く涼介を見つめた。「お前、そんな話に首を突っ込むつもりか?」
涼介は無言で頷いた。吉村は深いため息をつき、扉を開けて涼介を中に招き入れた。「わかった、教えてやる。ただし、引き返すつもりがあるなら、今すぐに帰れ」
工場の中はまるで時間が止まったような静けさを保っていたが、その中にひしめく物々しい雰囲気が、涼介の背筋を寒くさせた。吉村は、あの武器庫の場所を知っているようだった。
涼介は吉村に案内されるまま、薄暗い工場内を進んでいった。足元の鉄板がきしむ音と、遠くから聞こえる水滴が落ちる音が静寂を引き裂く。目の前に現れたのは、錆びついた鉄扉がひっそりと閉じられている一角だった。周囲には古びた機械や工具が散乱しており、まるで過去の戦争の名残がそのまま放置されているかのようだった。
吉村は何も言わず、その鉄扉を開け、涼介を中に招き入れた。内部は意外にも広く、奥に進むにつれて空気がひんやりと冷たく、深い闇が広がっていた。吉村は懐中電灯を取り出し、照らしながら足を進めた。涼介も後に続きながら、心の中で次第に不安が募っていった。
「ここが…」吉村が低い声で呟いた。「武器庫だ」
目の前には、厳重に封印された鉄製のキャビネットが並んでおり、その隣には各種武器が積み上げられた棚がいくつもあった。大量の銃器、弾薬、そしてその他の武器類が、いかにも隠された物のように整然と保管されている。涼介はその光景に言葉を失い、しばらくその場に立ち尽くしていた。
だが、次に涼介が気づいたのは、周囲の静けさが異常であることだった。普段の青龍県では、どこかしらで人々の生活音や雑音が常に聞こえていたが、ここにはそのような音がまったくない。まるで時間が止まったかのような孤立した空間に閉じ込められた気分になり、涼介は冷や汗をかいた。
吉村はその沈黙を破り、冷たい笑みを浮かべながら言った。「お前、こんなことに関わるつもりか?」
涼介は答えずに吉村を見つめた。その言葉の裏に、何か深い意味が込められているのを感じ取った。吉村はおそらく、彼に警告しているのだろう。この先に待ち受けるのは、単なる武器密売の世界ではなく、もっと恐ろしいものが潜んでいる。
「覚悟しておけ」と吉村が続けた。「ここに隠されているのは、ただの武器じゃない。お前が知りたいのはそれかもしれないが、この場所に来る者は、ほとんどが二度と戻ってこないんだ」
涼介はその言葉を深く受け止めた。彼が今、目の前に見ているものは、単なる武器庫ではない。それは青龍県における闇の象徴であり、この地域で繰り広げられる非道な取引や権力争いを支えるための核となる存在だった。
「一度関わったら、もう戻れないぞ」と吉村の声が再び響いた。
涼介は思わず足を止め、空気の中に漂う冷たい空気に圧倒されそうになった。孤立したこの場所で、何もかもが無関係に進行していく。彼は自分がどんどん深みにはまっていくのを感じていたが、同時に引き返すことができないという現実も突きつけられていた。
決断の時が迫る。涼介はゆっくりと深呼吸をし、もう一度吉村を見つめた。彼が引き返すべきか、この闇の中に足を踏み入れるべきか、答えはまだ出ていなかった。ただ、目の前に広がる現実に対して、逃げることができないということだけは確かだった。
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