第7話 対馬へ

 涼介はしばらくの間、吉村の言葉を反芻しながら冷たい武器庫の中で立ち尽くしていた。心の中では、自分の選択がどれほど危険であるかを理解していたが、それでも先に進むことを決断した。吉村の言葉には確かな威圧が込められており、この場から去ることができないと感じさせられた。


「対馬に行くんだろ?」吉村が静かに言った。涼介はその言葉に驚いた。対馬。それは、青龍県とはまったく異なる場所であり、最近何かと噂が立っている島だった。吉村がその名前を口にした瞬間、涼介は自分が何か大きな選択を迫られていることを実感した。


「対馬?」涼介は思わず繰り返した。


 吉村は微笑んだが、その笑顔はどこか冷ややかで、涼介にはそれがまるで警告のように感じられた。「ああ、対馬だ。あの島には、お前が知りたがっているものがある」


 涼介は言葉に詰まりながらも、その意味を必死に理解しようとした。対馬は、ただの島ではない。青龍県からの密輸や裏取引が行われる場所として、密かに利用されていると言われていた。そこで何が起こっているのか、それを知ることができれば、涼介はこの闇の世界に巻き込まれている自分の理由を見つけられるかもしれないと思った。


「お前、覚悟はできているんだろうな?」吉村がさらに言った。「対馬には、ただの武器庫じゃ済まないものが眠っている。そのためにお前を送るつもりだ」


 涼介は沈黙の中で深呼吸をし、自分の中で何かが決まったことを感じた。逃げることはできない。すでに深く関わりすぎていた。このまま引き返しても、何も解決しない。だが、対馬で待っているのは想像を超えた危険だろう。そのことを理解しつつ、涼介は少しだけ頷いた。


「行くよ、対馬へ」と涼介は言った。自分の言葉が胸の中で響く。


 吉村はその言葉に満足そうにうなずき、腕を広げて言った。「いいだろう。お前がどんな選択をするにせよ、対馬での一歩が、お前をどこへ導くのか楽しみだな」


 涼介はその後、数日後に対馬へ向かう準備を始めた。島への道は決して平坦ではないことを彼は知っていた。彼の背後には、青龍県に巣食う闇と、そこから逃れられない現実がある。そして、対馬にはそれを解き明かすための何かが、確かに存在しているのだろう。


 だが、涼介は決してその事実を恐れなかった。逆に、その先に何が待っているのかを知りたくてたまらなかった。自分がどんな未来を迎えるのか。それが、どんな形であろうとも、彼にとってはもう後戻りできない運命だった。


 対馬に向けた船が出航する日、涼介は自分の決意を胸に、波打つ海を見つめていた。


 対馬に到着した涼介は、静かな島の雰囲気と、その裏に潜む緊張感に圧倒されていた。島の空気はひどく重く、どこか不穏なものを感じさせる。しかし、彼はそれを恐れず、進むべき道を決めていた。密輸のルートや裏取引、そしてその中心にいるであろう人物たち—彼はその全てを解き明かすためにここに来たのだ。


 島に降り立って数日後、涼介はかつての仲間、凱斗と再会することになる。凱斗は以前、涼介と同じく青龍県で数々の危険な仕事を共にしてきた男だ。だが、その後、涼介が独立し、凱斗とは音信不通となっていた。対馬で再び顔を合わせることになるとは、涼介も予想していなかった。


 凱斗との再会の場は、対馬の港近くの古びた倉庫だった。涼介がその場所に到着すると、すぐに見覚えのあるシルエットが暗闇の中から現れた。それは間違いなく凱斗だった。彼の風貌は、少し髪が伸びてやつれているようにも見えたが、目の輝きは昔と変わらなかった。


「涼介、よく来たな」と凱斗が静かに声をかけた。彼の言葉には冷たさと同時に、どこか懐かしさも感じられた。


「凱斗、久しぶりだな…」涼介は少し躊躇しながらも、長い沈黙を破って言った。彼もまた、凱斗の変わらぬ存在感に安堵を覚えつつ、彼が何をしているのか、そしてなぜここにいるのかを知りたかった。


「まあ、いろいろあってな」と凱斗は手を振って笑ったが、その笑みはどこか浮かないものがあった。「だが、お前も分かるだろう。ここはただの島じゃない。何かが進行している。俺たちが知っていたものとは全く違う」


 涼介はその言葉を受け入れ、頷いた。「それが分かってここに来たんだ。お前がどんな立場でいるのか、そしてこの島に隠されたものを…」


 凱斗は涼介を見つめ、その後、言葉を続けた。「お前が目指しているものは、ただの武器庫や密輸の取引じゃない。もっと深い闇がここにはある。俺もその一端を追っていたが、どうしても避けられない力に引き寄せられていくような感覚があるんだ」


 涼介はその言葉に驚くことなく耳を傾けた。「つまり、これは単なる取引の話じゃないってことか」


「その通りだ。ここの支配者たちは、金や武器だけで動いているわけじゃない。彼らはもっと大きな力を求めている。その力が、どんな形をしているのか、まだ確信は持てないがな」と凱斗は言った。


 涼介は深く息を吸い込み、その言葉が示す未知の力に対する興味を感じると同時に、これから向かう先に待ち受ける危険をしっかりと認識していた。


「俺もそれを知りたい。だからこそ、ここに来たんだ」と涼介は決意を新たに言った。「お前と一緒に、この島に隠された秘密を解き明かそう」


 凱斗はしばらく沈黙し、そしてまたあの冷徹な笑みを浮かべた。「お前がそう言うなら、俺も手を貸すよ。ただし、覚悟しておけよ。対馬で待っているのは、ただの裏社会の力じゃない。もっと深い、未知の恐ろしいものだ」


 涼介はその言葉を心に刻み、再び歩みを進める決意を固めた。凱斗と共に、この島で何が待ち受けているのか。涼介には、その答えを見つける覚悟があった。




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