2人の距離。“願い”とは?




 転勤が近づくにつれ、アキラは引き継ぎや、引っ越し手配などで忙しくなった。一緒にいる時間でも、パソコンで何やら作業していたり、荷造りをしたりする。そんなことをすませると、疲れて出かけられず、休日もダラダラと家で過ごすことになる。


 それを嫌がる女の子もいるかもしれないが、サキは気にも止めなかった。こうなるのは転勤前後だからだ、と理解していた。

 家にいても、一緒に荷造りしたり、転勤先で行くお店や観光地を考えたり、楽しいことはたくさんある。

 サキはアキラと一緒にいられるだけで満足だし、忙しい中でも会うようにしてくれることは嬉しかった。


 きっと、この先の人生もアキラの仕事が忙しい時期は何度もあるだろう。サキは周りで見守り、やれることで応援していくしかない。





 どんなに願っても時間は、いつでも正確な速さで過ぎていくことを、サキは30年間の人生で学習していた。だから、時よ止まれ!と心を痛めるほど願うことは、もう無い。


 でも、もし3つだけ願いを叶えてくれるなら、時間を止めて欲しかった。いや、転勤を無くしてもらう方が断然いいか。どうか、転勤が手違いで、アキラが私の地元に永住しますように。サキはそんな事を2ヶ月の間に100回は願った。この世には神も、人の願いを叶えたがる魔神もいないようだ。


 1秒も狂わずに時は経ち、転勤が手違いだったという連絡も届かず、アキラが出発する日になった。

 サキは2つ隣の市にある最寄りの空港まで、見送りに行った。


「行く前にツーショット撮ろうよ」


 サキは3日前から言いたかった言葉を、空港でようやく口にした。なんで、こんな提案が気恥ずかしいのか自分でも謎だ。


「友だちに撮ったほうがいいって言われたからさ!ほら、顔忘れちゃうし」


 何故か、言い訳みたいな事を喋り続ける。アキラの顔を忘れるはずなんてないのに。


「顔忘れちゃうってことは、それまででしょ」


 アキラは少しドライな事を笑いながら言ったが、快くツーショットを撮ってくれた。

 遠距離恋愛には色々な不安がつきもの。

しかし、心配性なサキは、自分でも意外なほど心配はしていなかった。アキラの人間性を信用していた。アキラなら浮気しないだろうな。と、何故か信じられた。浮気するくらいなら先に別れる気がする。ただ、心配があるとすれば自分自身の情緒だ。それも、今の感じなら大丈夫だと読んでいる。


 ついに、別れの時が来た。


 サキとアキラは、ドラマの恋人達のように熱い抱擁ほうようを交わしたり、人目もはばからずキスをしたりはしない。サキはやっとのことで、控えめにアキラの腕を触ったくらいだった。


「じゃあ、またね。すぐに連絡する」


「うん。着いたら連絡して」


 寂しげだが割り切ったような顔でアキラは出発した。はたから見れば、2人が付き合って2ヶ月の熱々カップルになんて見れなかっただろう。

 サキはアキラが乗る飛行機が飛んでいくの見えなくなるまで見守る。なんて、安いドラマみたいなことも、もちろんせず、帰りのバスに乗り込んだ。


 そんな事しなくても、サキはアキラを大切に思っていた。涙は流さなかったけど心の中では、ずっと寂しさで泣いていた。3週間も前から。この日を思い描くだけで。


 それを表に出さないのは、アキラの方が辛いだろうと思っていたからだ。サキと離れることもあるが、知らない土地で1人、上司や同僚や取引先との新しい関係を1から築かなければならない。大変な事だ。


 分かっていたから、最後までアキラを困らせるだけの泣き言は言わなかった。いじらしいが、可愛げがない。





 次に会うのは、アキラが仕事に少しは慣れたであろう、1ヶ月後くらい。と、何となく話していた。

 サキはアキラに会えない時間をダラダラ過ごさないと、心に誓った。アキラは1人で頑張っている。少しでもアキラに釣り合う女になりたい、と出来る自分磨きを始めた。


 脱毛を契約したし、動画で「2週間で効果がでる!バストアップトレーニング」などを半信半疑ながら始めた。

 医療脱毛は効果抜群だったが、大金払って、丸裸を他人に晒し、痛くて惨めな気持ちになるのは軽い拷問だった。それでも、1回でも効果が実感できたから続けられそうだ。

 筋トレを初めて2週間。胸に筋肉がついたのか、その上に脂肪も乗ってきた。画面の中のお姉さんが言っていた通りだ。お姉さん、疑ってごめんなさい。一生ついていきます。


 資格取得の勉強も始めて、働けるようになったら食い扶持ぶちに困らない様に備えた。もちろん、アキラについて行くことを考えて、全国どこでも仕事に就けそうなものを選んだ。


 すぐに、SNSのおすすめには、最新の自分磨きや、評価の高いコスメ、愛される女の言葉、などが並び、サキはスマホの学習能力の高さに、頭がくらくらした。


 夜はメッセージでアキラとやり取りをする。ほんとにたまに通話もした。アキラはやっぱり大変そうで、思ったより連絡をするような余裕は無さそうだった。


 初めは仕方ないよね。がんばって。私も邪魔になりたくないから我慢する。と、サキは自分に言い聞かせるように何度も心の中で呟いた。





 アキラと離れてから3週間が経った。毎日が寂しくて辛い日々だった。大分治った鬱気も、たまに顔を出している気がするが、普通の人でも遠距離をすれば、当たり前に落ち込みはするだろう。過ぎてしまえば、もう3週間か。という気もした。


 そろそろ会う日を決めないと、どうやって行くにも予約をしなきゃいけないし。今週は電話もしてないから予定を聞くチャンスがなかった。

 サキはアキラへのメッセージの最後に1文添えた。


「いつ会えそうかな?」


 ここ1週間ほどは、送ってから返事が返ってくるには1時間以上かかった。もともと、会話のように返信が来るタイプでないし、仕事終わりに食べに出たり、お風呂に入ったり、テレビ見てグダグダしてたりするんだろう。と、毎度ざわざわする気持ちをなだめていた。


 21時前に送ったメッセージの返信は、寝る時間になっても返って来なかった。

 寝る準備をして電気を消し、ベッドに入った。気分が落ち込み始めたサキが注意しなければならない時間だ。会えていないこと、返事が遅くなっていること、今週は電話が出来なかった事。考えていると、簡単に頭が暗い考えで埋め尽くされた。


 アキラとの会話の記憶を全て広げ、自分の言動に対するアキラの反応を検索する。微妙な反応がどんどん増えていっていた気がした。考えすぎか?


 あぁ。久しぶりに辛い。でも、遠距離だからこんな事よくあるでしょ。返事が無いのも、後で返信しようと思ってたけど、酔っ払って寝ちゃっただけかもしれないし。サキは考えつく限りの希望的観測を並べた。


 何となくスマホを見ても返信はない。そして、時刻は3時。非常にまずい傾向だ。サキは目をつむって、何とか眠ろうと努力した。


 次の日、朝起きて、重い目でスマホを覗き込んでも、アキラから返事は届いてなかった。昼が過ぎても、ない。まぁ、日中は基本的に返信しない人だし。と、サキは平静を装った。




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