理想の恋人。“プラスα”とは?
待ち合わせの時間より、少し早く現れたアキラの顔を見ると、何だか照れくさくて話しかけながらも目を
アキラと会ったのは人生で3回だけなのに、もう恋人なのは不思議な感じがした。
警戒心が強いサキが、こんなに早く人を好きになるなんて。その好きになった相手も自分を好きになってくれて、付き合えるなんて。今までの人生と比べるとトントン拍子すぎて不安になるくらいだった。
いや、まだ早い。嫌なことが出てくるかもだし。うまくいかないかも。やっぱり遊び人という可能性も考慮しないと。サキはわざとマイナスな考えをして、“ダメだった場合の未来”の自分が、できるだけ傷つかない様に保険をかけた。
まぁ、すぐ別れたとしても、若くて、身長高くて、大企業勤め、のモテそうなスペックを持ち合わせたアキラが、私と付き合ってくれる事が奇跡なんだ。だめでも、人生のいい思い出になるわ。と、サキはさらに自分に言い聞かせる。
サキとアキラは適当に入った居酒屋で他愛もない話をする。会ったのは3回目。話題なんていくらでもあった。
「ごめん。タバコ吸うんだ。アイコスだけど……」
話の流れでタバコを吸う事に良いところが無い、という話題を投げると、アキラはバツが悪い顔をした。ほぼ、怯えているといってもいい表情が可笑しかった。
「え、今まで吸ってなかったよね?我慢してたの?つらくなかった?」
サキは笑いながら言った。別に喫煙者を差別する程、タバコを嫌ってるわけでも無かった。
「正直、しんどかった!でも、サキちゃんが嫌ならやめるよ」
歳下の彼氏は初めてだけど、可愛いもんだな。と、サキは新鮮な気持ちになった。それか、アキラが可愛いだけか?
「そんな簡単にやめれないでしょ」
「いや、サキちゃん失うくらいならやめるよ。こっちの方が断然大事だし」
ちょっとくさいセリフだが、嬉しくて舞い上がりそうだった。こんなに、私を大切に思っていることをストレートに伝えてくれるなんて、その気持ちだけで嬉しい!とサキは思った。
「いいよ。大丈夫。今までタバコ吸ってる人と付き合った事が無かっただけ」
サキは笑顔をつくった。その顔をみてアキラは安心したように、はにかんだ。
その日はそのまま解散した。アキラの部屋に行く事も覚悟していたが、そんなことはなく、それも大切にされているようで好印象だった。
*
アキラの部屋を訪れたのは2回目のデートの日だった。インテリアは“都会の独身貴族”という感じで、無駄なものが無くお洒落だ。田舎育ちのサキは、何だかアキラと自分は人種が違うと感じて戸惑った。
スーパーに行って食材を買い、簡単なご飯をつくって食べた。その後は2人でテレビを見て。しばらくしたら恋人らしく、くっついて座ったりする。
「泊まっていくでしょ?」
恋人らしい時間を過ごした後に、さらっとアキラが言う。
「いや、泊まる道具もってきてないから帰るよ」
サキは笑いながら言った。アキラは大げさにショックを受けたような顔をした。
「パジャマ貸すし。化粧水とか、俺つかってるのあるよ?」
アキラは哀れっぽく引き止めてきたが、実家住まいのサキはこの歳でも“朝帰り”に抵抗を感じている。でも、家族が寝ている間に帰ればセーフ。
もちろん、このまま布団の中で寝てしまいたい気持ちは強い。その誘惑を、サキは何とか我慢した。
「今日は帰るよ」
「じゃあ、次は色々持ってきてね。置いていっていいし」
その言葉は当たり前だけど、ちゃんと付き合ってる、という感じがして嬉しかった。
サキは、まだ少しアキラが遊び人ではないかと警戒していたが、その疑惑もほとんど晴れていた。
「わかった。ありがとう」
サキはアキラのくせ毛を撫でながら言った。
*
アキラの転勤まで、2ヶ月程しかない。その間に2人は思いっきり思い出をつくることにしていた。
週末はほとんど一緒に過ごし、旅行にいったりもした。人種が違うと感じることは、やっぱりあるが、アキラとの交際は順調だった。
サキは繊細な所があるので、今までの彼氏の言動で多少気になることがあるのは当たり前だった。それでも、これくらいなら許せるか。と我慢してしまうのがサキの性格だ。
でも、アキラの発言に引っかかることは無かった。これはサキを感動させた。こんな人がいたなんて。この人と出会う為に、今までの数々の苦労があったんだわ。なんて、
田舎の動物に出会い感動して、はしゃぐような少し子供っぽい所もあるけど、持ち帰った仕事をしている姿はストイックでかっこよかった。
仕事をやり過ぎて潰れた過去を持つサキは、“仕事と私、どっちが大事なの!”と、いうタイプの女ではない。仕事を頑張ることへの、様々な想いが分かるから、なんとか支えてあげたいという気持ちが強かった。
そして、サキは自分が何で仕事をしていないのかを言うタイミングを失っていた。隠し事になるのが嫌で言いたいのだが、“私は鬱です。でも、もう少しで治って仕事に就けそうです”なんて、重いような、そうでもないような内容をどう告げたらいいかわからなかった。
サキの鬱は他人に迷惑がかかるものではなかった。最近の感じだと、そろそろ先生に自己申告すれば、働いていいと言われそうな気がする。
だから、アキラはサキが転職活動中だと思っていても、それは半分嘘ではなかった。アキラはサキが無職な期間は、遠距離先に長く滞在出来ていいかもね、と言ってくれたし、あんまり付き合ったばかりに言うのもなんだし、もう少し落ち着いてからの方がいいか。と、言い訳をいくつも並べて、先送りにしていた。
*
アキラは人前でベタベタはしないが、デートでは手をつなぐ派だった。その度にサキは少し照れたが、恋人っぽくて嬉しくもあった。
「俺は相手の家族と仲良くしたい派なんだよね」
アキラは2人が結婚した後の未来の話をよくした。
「俺に嫌なとこない?あったらホント言ってね」
と、事あるごとに確認して、気を使ってくれた。
「そう、思ったの?かわいいね」
恥ずかしげもなくサキを褒めた。
自分の行きつけの店にサキを連れて行ったし、馴染みの店主に何気なく彼女だと紹介した。
その一つ一つが、今までの彼氏には無かった事ばかりで、サキを感動させた。そして、今まで自分がどんな男と付き合ってきたのか、と自分が可哀想になった。
サキを褒め、認めてくれるアキラの言葉は、めっぽう低いサキの自己肯定感を上げてくれた。それと同時に、この人となら結婚出来るな、という気持ちが、日に日に強くなっていった。
珍しく、家族にも彼氏が出来た、と公表した。滅多に聞けない娘からの報告に、特に母が嬉しそうだった。諦めていた孫が抱けるかもしれないと希望を持ったのだろう。
*
久しぶりに会う友達が数人集まれば、会話は順番に近況報告をすると決まっている。
直近は病気、退職、クズ男、と暗い報告しかできなかったサキは意気揚々と彼氏が出来た事を発表した。友達は口々におめでとうと言ってくれ、尋問が始まる。
「どんな人?」
「営業で、身長高くて、2個下。都会の人」
こう並べると、やっぱり、なぜ相手にしてもらえてるのか不安になるかも。遊ばれてる?
「へぇ、いいじゃん!どこで知り合ったの?」
「アプリ」
今いる4人の友達の中でアプリで相手を見つけたのは2人。あとはフリー。
「だよねぇ。どんな感じ?写真ないの?」
「言動に嫌なところが一つもない」
これは
「お酒もタバコもするんだけどね。話が合うし、性格がいい。写真は撮ってないなぁ」
サキは彼氏の写真を撮る習慣が無かった。自分が写真が嫌いだったから、というのが大きい
。でも、アキラとの思い出は残しておきたいかも。将来、2人で若かった自分たちの写真を見返すのは素敵かも。
「そっか。よかったねぇ」
心からの言葉に感謝する。やっといい報告が出来た。ちょっとは世間の同世代に近づけたかな。と、次の近況報告を聞きながら、大きくなった友達のお腹を穏やかな気持ちで眺めた。
「子供が生まれたらさ。心配だよね。病気にならないか、変態に
話題はまだ見ぬ我が子への心配だ。今日は“子なし”の集まりだった。
「確かにね。子供が自分より早く死んだら、……やばいよね」
想像することしか出来ないが、“やばい”以外の語彙力を失うほど、やばい。
「私たちってすごいよね。これまで、大きな病気もせず、事故にもあわず、犯罪もせず。真っ当に生きてきて」
「たしかに。すごいことかも」
「だから親と世間よ、感謝して褒め称えよ。生きてるだけで満足してくれ。結婚とか、孫とか望むな!」
「そうだ!生きてるだけで100点じゃん!“プラス
そう口々に賛同した10分後には、フリーの友だちが最近会ったマッチングアプリの相手がどうだったかの話を報告し、それを嬉々として聞いている。
つまり結局、私たちはいくらでも“プラスα”が欲しいのだ。そしてサキは、まさに“プラスα”を握りしめていた。
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