運命の出会い。“ドラマチック”とは?





 19時10分を示す時計を見て、サキはため息をついた。今日、19時に会う約束をした相手は、まだ現れない。

 マッチングアプリで知り合って、待ち合わせをした相手が連絡も寄越よこさないってことは、ドタキャンか。

 サキは、もう一つため息をつく。ドタキャンは2回目だなぁ。

 その時、マッチングアプリの通知が鳴った。


「ごめんなさい!仕事が今終わりました。30分までにつきます」


 やっと来た連絡に、ほっとした気持ちと、減点だな、という偉そうな気持ちが入り混じる。


「わかりました。気をつけて来てくださいね」


 当たり障りの無い返事をしておく。どうせ、私は無職の暇人。この人が“ハズレ”でも、たまの外出の機会をつくれたからいいか。いや、割り勘のつもりですよ?と、お気楽な気持ちで19時30分を待つ。

 19時29分。男の人が広場に入ってきた。様子を伺っていると、なんとなく待ち合わせの相手のようだったので、近づく。


「……アキラさんですか?」


「あ、はい。サキさんですか?遅れてごめんなさい!」


「大丈夫ですよ。はじめまして」


 サキは出来る限りの笑顔で答えた。いや、本当に気にしてないよ。普通の女性なら気にしてるだろうけどね。


 アキラは長身で胸板が厚め、程よい逆三角体型のいわゆる“いい体”をしていた。かっこいいのでは無いのでしょうか。こういうタイプは初めてだな。まぁ、見た目には惑わされませんけど。と、サキは勝手な事を考えていた。


 2人で行く予定だった焼肉屋さんに入る。アキラが肉か魚を食べたいというリクエストだったので、初デートとしては難易度高めなお店のチョイスになってしまった。


「何食べます?」


 早速席に着くと、アキラがメニューを開いた。サキはオススメメニューを見る。


「私は何でも食べられます。食べたいものありますか?」


 と、サキはアキラの出方を伺った。


「じゃあ、適当に頼みますね。すみませーん」


 アキラが店員を呼び、サキに確認を取りながら注文を済ませた。そして、小皿と箸をサキに配った。中々スマートだな、とサキは思う。これは私がした方がよかっただろうけど、と反省もする。反省してるけど、肉まで焼いてくれるアキラの甲斐甲斐かいがいしさに嬉しくて任せてしまった。


「年下が言うのも悪いんですが、敬語やめません?って、この話、前にもしましたね」


 と、アキラが笑う。アキラはサキよりも2歳年下なのだ。サキはちょっと困った。サキの敬語は心の距離を示す。いくらメッセージのやりとりをしていたからといって、いきなり敬語は厳しい。


「あ、はい。仲良くなったら勝手にタメ口になるので、気にしないでください。アキラさんはタメ口使ってもらっていいですよ」


 サキの言葉に遠慮なく、とアキラは早速タメ口で質問を始めた。


「休みの日は何をしてるの?」


「好きな漫画は?」


 と、メッセージでもしてなかったか?という当たり障り内容の質問から始め、会話を広げる。ここで共通の話題が見つかれば、気が合うかも?っとなる。


「どういう人がタイプ?」


「最後に付き合っていたのは、いつ?」


「どれぐらい付き合ったの?」


「どうして別れてしまったの?」


 と、少し深い話をし始めてお互いの人間性を探る。お決まりの流れだ。


「ちょっと、言いづらいんですけど……」


 サキはケイゴとの恋愛の顛末てんまつを簡単に説明した。私は悪いところ無いし。話のネタにくらいしないと、あの時の私が浮かばれない。


「それは……、無いね」


 アキラの言葉に、そうでしょう?と言いたげにサキは眉を動かした。


「アキラさんは?」


 サキの目が光る。


「この子と結婚するのは、難しいなって」


「と、言うと?」


「怒ったら、もういい!って家を飛び出しちゃうタイプでさ」


 サキは思わず吹き出した。


「ドラマチックだね。本当にいるんだねー」


 一先ず、私は飛び出したりしないからクリアかな?と、サキは思いながらも、女の子が飛び出したくなっちゃう喧嘩ってアキラの方にも原因があるのでは?と、少し危険信号を出した。


「何度もされるとさぁ。参っちゃって」


 アキラが眉毛を下げ、サキはそうだよね。と頷く。たしかに、困るよね。それは、いくら可愛かったとしても、嫌になるわ。元カノの顔は知らんけど。


 その後も滞り無く、他愛もない話は続き、サキはいつの間にか、アキラにタメ口を使うようになっていた。

 アキラとの時間は楽しく居心地のいいものだった。それでも、こいつ、慣れてやがる。と、警戒心を抱いてしまうのは、恋に敗れてきたアラサーの悲しいさがなのか。


 楽しい時間はあっという間に終わった。店を出て、駅まで並んで歩いた。アキラからなんだか、いい香りがする。これは、遺伝子的に相手を求めている、っていうやつ?と、サキはなんだかソワソワした。


「今日はありがとう」


「いえ、こちらこそ」


 駅の改札の前で挨拶をする。


「また、メッセージするね」


 これもお決まりの流れだ。脈なしだったら、どれだけ待っても連絡なんて来やしない。アキラは果たして?

 サキは愛想のいい笑顔でアキラに手を振った。





 今日のアキラは待ち合わせの時間の5分前に現れた。


 サキは焦っていた。というより、迷っていた。そして、困ってもいた。

 実は前日にアプリで出会って3回目のお食事をした人にお付き合いを申し込まれてしまったのだ。


 サキの住む地方都市には、3回目のデートで告白してくる住人なんて、ほとんどいない。(ケイゴは2回目だったが)だからサキは、もう少し先かと油断していた。だが、相手は転勤で、この地にやって来た男。3回目に告白ルールを律儀に守ってきたのだ。

 サキはもちろん、嬉しかった。話も合う。相手は高収入だけど無欲で、コスパ命のサキと金銭感覚が合いそうだったし。結婚する相手としては、いい感じな人だった。


 だけどサキは正直、アキラとの楽しい時間が忘れられなかった。アキラは怪しい。異様に居心地が良くて、スムーズな会話。あれは、遊びなれた都会の男だからなのでは?それか、営業職ってそんなもん?わからん。


 なので、サキはなんとか濁し、告白の返事を先延ばしにして、アキラと2回目のお食事をすることにした。相手に失礼で、したたかで、浅ましい事は百も承知だ。でも、サキは30歳。そういう汚い手も使わなければ、生きてはいけない。許して。


 果たしてアキラは遊び人なのか、本当にいい人なのか、絶対に今回の食事で、本性を見極めるとサキは心に決めていた。


「今日は、遅刻しなかったね」


 サキがニヤニヤとした顔で言うと、アキラは困った顔をした。


「ごめんて。もう、しないよ」


 1回しか会ってない相手に軽口も叩ける。サキの中では中々に無い。




 

 2回目の食事の後は離れ難くて、2人でぶらぶら散歩をした。公園でベンチに落ち着き、話をしていると、気づけば夜中の3時だった。行く当てのない学生カップルみたいだな。と、懐かしいような、くすぐったいような気持ちになった。


 それから2日、メッセージのやり取りをして、早く3回目会わなきゃ。次、告白されなかったら、私から言う!っと思っていた。

 しかし、そこでアキラからの連絡が途絶とだえた。これは、もう終わったのか……?と、サキは頭を抱えた。


 いや、前回いい感じやったやん?なんなら告白ちゃう?ってくらいやったやん?青春したやん?8時間も一緒にいたんやで?アキラの中では、あれくらい普通なんか?混乱して頭の中は、何故かエセ関西弁になった。


 連絡が無くなって3日。サキは、どんどん落ち込んでいった。あぁ、やっぱり、アキラほどのスペックを持った都会の男に自分が相手にされる訳ないよね……、と塞ぎ込んだ。

 スペック関係なく、性格とか話が合う感じが好きだったんだけど。こんなに居心地が良い人、初めてだったんだけど。この人なら、現実的な妥協も含めた結婚ではなく、恋愛して結婚する流れが出来そうだったんだけど。


 ウジウジしきると、次は腹が立ってきた。急に連絡しなくなってフェードアウトするより、正直に“次行きます”って言って欲しいって言ってたじゃん!

 よし。流儀に反するが、やってやろう“追いメッセージ”。


「もう連絡する事はないって事ですかね?」


 送ったメッセージに相手はどう思うか想像して、サキは送らなければよかった、と後悔した。

 3日もメッセージが返ってこないって事は“無い”んだし。ただの空気が読めないうざい女だよなー。多分、アキラはそんな冷たい事は思わないだろうから、返事に困るくらいかな。


 夜更けになり、やっぱり返事は来ないか。と諦めていた頃、メッセージの通知が来た。アキラからだった。


「転勤になってしまって。どうしたらいいか分からなくなって、連絡できなかった。ごめん」


 転勤はもちろん、ショックだったが、自分が“無し”では無さそうだ。という安堵の方が大きかった。なんだ、そんなことか、とさえ思った。


 アキラが転勤族な事は聞いていた。それでも赴任してきたばかりで、後数年はここに居るだろうって話だったんだけどな。まぁ、仕事だから、どうにもならないし、気にしても仕方ない。


「私はそんなこと気にしないけど。でも、アキラくん的には転勤先で相手見つけたほうが、きっといいよね」


 脈アリですよ。でも、あなたの都合を優先して考えてますよ。あなた次第です。と、伝わればいいと思った。これで、返信次第ではそんなに傷つくことなく終わる。


「遠距離恋愛って出来ると思う?」


 アキラの返事にサキは心が高鳴った。サキは遠距離恋愛をしたことが無かったが、会えない時間が愛を育てる、と昔の歌にもあるし。この歳で何年もズルズル付き合わないだろうし。ゴールが見えてるなら、やってやれないことは無いと思った。


「アキラくんが出来ないって思うなら出来ないよね。私は出来ると思ってる」


 何故かサキは強気だった。なぜなら、アキラに惹かれてどうしようもなかったから。これで駄目だったら、それが私の運命だ。という気合だった。


「やってみようか。サキちゃんがよければだけど」


 好きとか、付き合ってください。じゃなくて、その言葉で2人の交際が決まった。それでも、サキ史上、最もドラマチックな恋の始まりだった。一般的な始まりじゃないのが自分っぽいと自分で思って、それも嬉しかった。





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