三十路女の恋愛。“お試し期間”とは?




 高身長、痩せ型、猫背で眼鏡。1歳年上。医療関係のケイゴと会うのは2回目だった。1回目は食事で2回目は、なんと漫喫。


 ケイゴがテーブルゲームが好きだというので、テーブル付きの個室がある漫喫まんきつで待ち合わせたのだ。テーブルゲームというのは、カードゲームやボードゲーム。流石にカフェやファミレスで広げるわけにもいかない。


 ちなみに個室に2人っきりになるのは、おすすめできない。一度、初対面でドライブデートした相手に手をつながれて、鳥肌がたったことがある。それ以上の被害が無くて幸運だった。


 しかし、サキは性懲しょうこりもなくマッチした相手と密室に2人きりになった。変に楽観的なのは抗鬱剤のせいかもしれない。


「普通にゲームしてもつまらないから、負けた方に罰ゲームつくろうか。質問を考えておいて、初めは軽いもの、どんどんきわどい質問になっていくってのはどう?」


 ケイゴは自然に提案した。罰ゲームで、さり気なく聞きにくい質問も出来るってわけか。流石、眼鏡は伊達だてじゃないようだ。頭が良い。眼鏡の度が強すぎて、目が小さく見えてしまうのは勿体もったいないが。


 しかし、提案には問題がある。すべてケイゴが持ってきたゲームなのだ。サキが不利に決まっている。それでも、サキはその提案にすぐ乗った。質問の内容でも人間性が分かる気がしたし、自分の事を早く知ってもらうのは、別に悪いことじゃない。


 まずはボードゲームのルールを聞いて練習試合をする。少しだけハンデを貰って、初戦は負け。当たり前だ。


「じゃあ、元カレの人数は?」


「3人」


 サキは即答する。今の回答の仕方は可愛げない、とちらっと思った。

  2回戦目はかなりハンデを貰って、何とか勝った。サキは質問が苦手だ。頭の中で質問のテンプレートを検索した。


「自分が人より自信がある所ってどこですか?」


「身長かなぁ」


 確かにケイゴは背が高かった。聞いてみると181cm。痩せ型なせいでヒョロっとして見える。


 ハンデを減らして、3回戦目。なんとなく要領が分かってきた気がするが、やっぱり勝てない。


「じゃあ、サキちゃんは自分が人より自信がある所ってどこ?」


「ん〜、料理できますよ?」


 自分の発言が、なんだか好感度を狙ってるように聞こえる。実際にサキは料理が出来た。今も仕事をしてないのだからこれくらいは、と家族分の夜ご飯を毎日作っていた。空気が読める鬱なので。


「へー!いいね。いつか食べてみたい」


 ケイゴの言葉に、サキは曖昧あいまいに微笑んだ。“いつか”はくるのかしら。


「ん〜。何フェチ?」


 次も負けたサキはこの質問に迷った。フェチとか考えたことないな。意外とサキは好きになってしまえば、その人のニキビすら可愛いと思うタイプだ。


「匂い……?うなじとか……?」


 何となく思いついた事を言ってみた。ケイゴも、それ以上は追求してこない。


 それから連戦で負けた。ゲームを変えてもほとんど勝てない。ちょっと言うのが恥ずかしい質問が増えてきた所で、そろそろ解散しようか、と言う時間になった。


「試しに3ヶ月付き合ってみない……?」


 別れ際、ケイゴはまだ2回目のデートなのに、そう提案してきた。早すぎないか?と、サキは内心いぶかしんだ。

 でも、今まで相手を知るのに時間をかけて、なんとなくフェードアウトするのを繰り返している。“サキ”という人間は警戒心が強く、中々人を好きにならない。好きになったから付き合う、という流れ自体が無謀なんじゃないかしら。


「3ヶ月をこのまま2週に1回会うなら、恋人として“お試し”して見極めた方が合理的じゃない?」


 なるほど、一理ある。と、サキは思った。サキは合理的な考えを良しとする傾向があった。

 ケイゴは頭が良いし、ちゃんとした職についている。お酒も、タバコもしないし。言っちゃなんだが、見た目もそんなに良いほうじゃないから、浮気もしなそうだ。“お試し”なんだし、取り敢えず付き合ってみても良さそうだと思った。


「いいですよ。よろしくお願いします」


 サキが答えると、ケイゴは優しげに笑った。

 そうして、サキに彼氏が出来た。“お試し”でも、その現実だけで人生が一歩前向きに進んだ気がして、嬉しくなった。




 

 2週間後に、また漫喫の密室で会った時にケイゴと初めてキスをした。まぁ、大人なので。

 3回目以降はケイゴの部屋で過ごした。何故か決まって、夜勤明けに会う約束をするのと、病院の呼び出しがあるかもしれないから、という理由だ。


 大抵、家でいちゃついた後は、夜勤明けのケイゴは寝てしまう流れ。なんだかなぁ、と思いながらも夜勤で疲れてるし、眠いよな、仕方ないか。と甘い考えになる。

 サキは人に甘く、自分に厳しいタイプだった。そして、それが毎度、元カレのクズっぷりを増長させてきた。


 私は恋愛なんて遠慮。と、5年も生きてきたサキを久しぶりの“彼氏持ち”状態が、麻薬の様にいい気分にさせ、手放しづらくさせている。

 まだ出会ってからそんなに経っていないケイゴを完全に好きでは無い気もする。それでも、日常のふとした瞬間に“彼氏持ち”という事実を思い出し何だか嬉しくなり、自己肯定感が上がった。彼氏がどんな人物なのか、まだよく分かってもないのに。サキは、きっとケイゴでは無く、“彼氏”に恋をしていた。


 





 12月頭。いつものようにケイゴと過ごした後、次はいつ会うのか聞いてみた。いつも会うのは、ケイゴの仕事の予定次第。

 “お試し”当初は2週に1回会っていたのが、前回は3週間前。会う頻度が少なくなっていた。思い返せば出会ってから会った回数は、6回目……?


「うーん。年末に会えたらいいなぁ」


 あ、クリスマスは会わない感じ?とサキは思ったが言わなかった。まぁ、“お試し”期間中にプレゼント交換とかしたい訳でもないし。サキは、そのまま帰宅した。


 ケイゴはあんまり連絡がマメな方じゃ無かった。1日1通の短文のやり取りで、サキはいつも次会う日を聞きそびれる。追いメッセージをして聞けばすむのに、サキは何故かしなかった。何だか、かまってほしい感じが出るのが嫌だった。変なサキのプライドだ。可愛げがない。


 そして、そのまま元旦を迎えた。あれ?おかしい。年末終わったなぁ、とサキは他人事の様に思っていた。そういえば、もう3ヶ月だ。“お試し”が終わったということだろうか。あら、私は失格?不合格?なんだか、ケイゴにそう判断されるのはしゃくに障る。

 まぁ、いっか。ケイゴは当たりがキツイとか、優しくないとかじゃないけど、気になる言動も多いし。サキはそう思い直した。


 昼過ぎ、居間でのんびりテレビを見ている時にケイゴからメッセージが来た。


「あけましておめでとう。今年もよろしくお願いします」


 やっと来たメッセージ。「今年もよろしく」という言葉が、付き合いは続いていくらしいことを伝えていた。


「あけましておめでとうございます。こちらこそ、今年もよろしくお願いします」


 サキはメッセージを返して、こたつで寝転んだ。なんだ、終わってなかった。サキは内心、喜んでいた。

 




 12月、1月と、気づけば2ヶ月続けてケイゴと会ったのは、月に1日だけだった。流石に少なくないか?とサキも思っていたが、1日1通のメッセージで「ストレスで体調が……」と来たので、素直に心配した。

 次はいつ会うのだろう。と思いながらも、何か出来ることは無いかと考えた。以前リクエストされた手料理を振る舞おうと「次はお弁当つくっていくね」とまでメッセージした。サキは物品やお金は絶対しないが、精神的な尽くしグセがあるのだ。


 次に会うことになったのは2月の下旬。バレンタインは終わったけど、付き合っているのに何も渡さないのもおかしい、と思ってサキはお弁当とブラウニーをつくっていった。

 ケイゴは美味しい、美味しいと全て平らげた。今はブラウニーは食べずに夜に取っておくそうだ。喜んでもらえたことがサキは嬉しかった。


 お弁当は多めにつくってあり、自分も少しもらって食べようと思っていたなんて、言えなかった。おやおや、と思う自分もいたが、先に言わなかった自分が悪いし、ともう一人の自分がケイゴを擁護ようごした。





 そんなサキでも、降り積もるケイゴの“気になる言動”に嫌気がさしてきていた。

 明らかにないがしろにされている?軽んじられている?というか、あんまり興味無い?


「どう思う?」


 久しぶりに会う、サキの数少ない友達に真剣な顔をして問う。


「クリスマス、年末、お正月、バレンタイン。イベント事は全部会ってないんだよ?……これって本命がいるのかな?」

 

 サキはケイゴに本命彼女どころか、妻子がいるんじゃないか、とまで疑っていた。


「それは、変だよ」


 サキの疑問に、友達も真剣な顔をしていた。そうだろう?サキが頭の中で2ヶ月くらい考えて叩き出した解答だ。自信がある。しかし、サキの恋愛偏差値は、もちろん高くはない。友達の意見を聞いておきたい。


「なんか2日ぶりに連絡来たと思ったら、東京に来てる、とか言うし。旅行のお土産も無いし。たまに会話に“女友だち”が出てくるし」


 サキは“状況証拠”として、引かかっていた事を羅列した。


「この前、ストレス溜まってるっていうから、“どうしたの?”って聞いたの!」


「なんて?」


「“プライベートなことで……”だって!私はプライベートじゃないんですか!」


 もう、相談じゃない。単なる愚痴ぐちだ。声量を抑えつつも声を荒げるサキの前で、友だちが頭を抱えていた。


「完璧におかしいじゃん。何で、そんな奴と付き合ってんのよ」


 友達の的確な指摘も、怒れるサキには聞こえない。浮気してる奴が、わざわざそんな怪しい事言わないような気もするか?と、サキは呟いている。


「会うのも月1だし。やることやったら寝て。お話も全然してない!買い物も行ったこと無い!6ヶ月付き合ってんのに進展不可能!」


 このペースでいくと結婚するのに10年はかかるわ!とは言わなかった。そんな男と結婚考えている女なんて、頭おかしいとわかっていた。


「もう、そこまで我慢してるサキがおかしい」


 それはそう。でも嫌なことがあっても何故か、まぁいっか。となってしまう。これはやっぱり抗鬱剤のせいか?


「わかった。“3月中に1回も会わない”か、“ホワイトデーのお返しをくれない”。どっちか、されたら別れる!」


 サキは堂々と宣言した。


「なんで、それで、まだチャンスをあげんのよ」


 友だちは呆れたが、サキはそれを無視した。サキはやっぱり、他人にはとことん甘いのだ。不満だらけの彼氏に対してもだ。





 3月末。サキはケイゴの部屋にいた。

 あなた、ギリギリセーフだったわよ。と、心の中で呟く。あとは、ホワイトデーのお返しよ。

 サキは1日ソワソワしたが、結局“お返し”が渡される事は無かった。




 

 4月になってもサキの住む場所では、まだまだ冬の寒さだ。

 なのに、サキはわざわざ極寒の夜の公園で、ケイゴに別れのメッセージを送った。


「わかったよ。じゃあ、元気で」


 1日1通のはずのメッセージは、今日は特別に2通にしてくれたらしい。


 呆気あっけない。涙なんて出ないほどケイゴには冷めていた。でも、きっぱりと別れてくれたのは、ストーカー化した元カレと比べればいい人だった気がする。やばい。寂しいかも。やっぱなしで!

 ひとりでに動いてメッセージを送りそうな指を気合で引き止め、メッセージアプリの変わりに、マッチングアプリをインストールし直した。


 ケイゴと付き合い続けるなんて、自分が可哀想だわ。サキは、仕事や相手のためなら自分を蔑ろにするクセがあることを、鬱になってから自覚し初めていた。“サキ”を第三者目線で見れば、なにやってんの。辞めときな。と注意し、優しく出来るのに。もっと自分を大切に出来るのに。きっと、そうして生きていくべきなのに。サキは上着のポケットの中でカイロを握りしめた。


 付き合っていた時間が勿体なかった。ケイゴよりマシな男なんて星の数ほどいるわ。サキは頭で吐き捨て、夜空を見上げる。ざっと、見渡し見つけた星は、やっと7つ。

 人類は80億人。男が半分で40億人。その内に年齢が合うのは?生活圏内が被るのは?結婚してないのは?気が合うのは?付き合えるのは?私と結婚してもいいと思ってくれるのは?

 全夜空の気圧がサキにのしかかってきた。押しつぶされそう。死ぬ。


 サキは考えるのをやめて、スマホでマッチングアプリを開く。日本に住んでいて、未婚、年頃の男性の顔写真が、見切れないほど並んでいるのを見て、気を落ち着かせる。

 大丈夫。今は見えないだけで、季節が変われば見えてくる星もあるんだから。ただ、見ようとしなければ、いつまでも見えない。サキは自分を精一杯、励ました。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る