ツギハギ魔道士様と宝石のキス
宇部 松清
第1話 ツギハギの魔道士と失った身体
カーテンの隙間から漏れる朝日が瞼に刺さり、うぅ、と短く呻いてゆっくり目を開ける。おかしいな、カーテンは昨夜きっちりと閉めたはずなのに。むくりと起き上がってカーテンに手を伸ばす。きちんと閉めたらもう少し眠ろうと。が、その指先を見て気が付いた。
「あれ?」
ぼくの指が、ツギハギだらけのそれに変わっている。ささくれの一つもなく、爪の先まできれいに整えられたその指は、やっと手に入れた、ぼくの自慢の一つだった。陶器のように滑らかな肌は皆の憧れの的だったし、その指先から放たれる魔法は芸術であるとも言われた。
のだが。
「おかしい。どうしてこの姿になっているんだ」
そこで気が付いた。
ぼくのパートナーがいない。
「ブルーズ! ブルートパーズ! どこに行ったんだ!」
きょろきょろと辺りを見回し、その名を呼ぶ。主に捨てられたのか、羽の魔力が尽きて飛べなくなっている
じっとぼくを見つめるその目があまりにも美しかったから、ブルートパーズと、そのまま名付けた。ぼくの可愛い宝石。
うっすらと開いているカーテンをひらりとめくる。窓が開いている。もしかして、出て行ったのかな。そう考えて、背中にひやりと汗が伝う。
落ち着いて。
落ち着いて考えるんだ。
なぜ彼女が出て行ってしまったのか。
それから、なぜ、この姿になっているのか。
布団をめくり、パジャマの裾をたくしあげる。どうか指先だけでありますように、という僕の願いもむなしく、そこもツギハギだらけだ。袖をまくって確認するまでもないだろう。腕だって、腹だって、それから顔も、全身がツギハギだらけのはずだ。
はぁ、と大きく息を吐いて顔を覆う。
ぼくはその昔、身体の小さな魔道士だった。
祖を辿るとどうやらドワーフがいるらしく、いわゆる先祖返りというやつで、ぼくの身体は一族の中でも群を抜いて小さかった。けれどぼくは、自分で言うのもなんだが、そんじょそこらの魔道士とは一線を画していた。大抵の魔道士は専用の杖を使って魔力を増幅させたり制御しなければうまく魔法を使えないけれど、ぼくにはそんなもの必要ない。杖なんかに頼らなくたって魔法を使える。だから里で一番の魔道士だった。
けれど、それはいわゆる『井の中の蛙』というやつだったのだ。外の世界はとてつもなく広かった。ぼくの魔法の力は、里では一番でも、世界で一番ではなかった。上には上がいたのだ。
それを知るに至ったのは、ぼくの噂を聞いた王様に招かれて王城に出向いた時のこと。どうやらぼくはこの国では五番目らしい。けれど、とにもかくにも『認定魔道士』だ。これからは王様の命を受けて、か弱き民の力になるのだと、ぼくは使命感に燃え、大得意で往来を歩いた。
が。
ぼくを見た人々は皆、ぼくを指差して笑った。高名な魔道士様かと思ったら、子どもじゃないか、と。
ただ単に、身体が小さいというだけで、ぼくはちっとも尊敬してもらえない。三人がかりでやっとぼくに追い付くような
それが嫌で、身体改造に着手したのが数年前のこと。
ぼくの力をもってすれば、身体を無理やり大人サイズに引き伸ばすことなんて造作もない――と言いたいところだが、これが案外そうでもなかった。
確かに手足はにょきにょきと伸びたし、身体の厚みだって、ぷぅ、と膨らませることに成功した。頭蓋骨をちょちょいといじれば、顔の大きさだって大人サイズだ。何もかも問題ない。はずだった。
急激な成長に、皮膚が耐えられなかったのだ。
ぼくの皮膚はあちこち裂けてしまったのである。
痛くなかったか、って?
そりゃあ痛いさ。
だけど、その時のぼくは必死だった。
国で五番目の高位の魔道士としての意地というか、プライドというか、そういうのがあったのだ。だって、ぼくがどれだけ民のために力をふるっても駄目なんだ。感謝されるのは、ぼくのまわりをちょろちょろしている杖持ち達。違うよ、彼らはぼくのおこぼれを狙っている卑しいやつらなんだ、っていくら言ったって聞きやしない。ぼくが子どもにしか見えないから。彼らは『魔道士様』で、ぼくは『お子様魔道士』だ。
感謝の言葉も称賛もいらない、ただか弱き民が幸せになれば良い、なんてぼくは思えなかった。ぼくはそこまで清い心を持っていない。頑張ったら、それ相応の言葉が欲しい。尊敬だってされたい。
だからぼくは、無理やりにでも大人になろうとした。いや、中身は大人なんだけど、見た目も大人になろうとしたのだ。
その結果が。
裂けた皮膚を無理やり縫い合わせた、ツギハギだらけの魔道士の誕生というわけだ。
民からは、一応『魔道士様』と呼ばれるようにはなったが、それと同時にツギハギの化け物と恐れられるようにもなった。
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