第10話 新たな生活
【創世歴669年
「…じゃあ、二人のこと頼むな」
玄関先、外套を着直したハンスは見送るジェーンに言う。
現在の時刻は午前6時。オルフェン達は疲れと部屋の暖かさで眠気が押し寄せたのか、すっかり眠ってしまっていた。
せめて見送りくらいはとジェーンは二人を起こそうとしたが、ハンスはゆっくり寝かせてやりたいと拒否した。
「わかった。お前も死ぬなよ」
「死なねぇさ。俺がどんだけ生き汚い男かお前も知ってるだろ?」
悪戯っぽく笑うハンスにジェーンも微笑み返す。
ハンスはふと、思い出したように外套のポケットを探り、小さな巾着袋をジェーンに手渡した。
「そうだ、これ」
「?」
ジェーンが首をかしげながらずしりと重い袋を開けると、中には金貨や銀貨が詰まっていた。
「オルフェンが魔物を倒して集めた
「これ、全部あいつが?」
「ああ。まだ半年しかダンジョンに入ってないのにすごいよな。…あいつはもっと強くなれる。頼むぞ、ジェーン」
「おう、任された」
微笑んで、ジェーンは袋の口を閉めた。
午後一時。
ベッドの上でオルフェンは目覚めた。
体を起こし、部屋を見回して、しばらくぼんやりとした後に状況を把握する。
乱雑に家具や本が積まれた埃っぽい部屋。
カーテンの隙間から光が差している。
隣には、レインがすやすやと眠っていた。
「お、起きたかオルフェン」
部屋のドアが開き、ジェーンが入ってくる。
彼女は昨晩見た時の格好とは打って変わって、コルセット付きのロングスカートにきっちりとしたブラウスを合わせたお洒落な格好だ。
「シャワー浴びてこい!そしたら出かけるぞ!」
「出かける…?」
「役所にお前らの移住申請しに行くついでに、服とかいろいろ買いに行くんだ!ほら、レインも起きた起きた!」
オルフェンが想像していたよりも申請はすんなり終わった。
「カシュリアは移民が多い国だからな。本人確認さえ出来たらあとはわりと楽よ」
申請を終えた後、三人は服を買ったり、コップや歯ブラシなどの日用品を買うため街を歩いていた。
「そうだ、レインのファミリーネーム、アタシが勝手にセスリント姓にしちゃったけど良かったよな?」
「うん、オルフェンと、おそろいだから、うれしい」
にこっと微笑みながら言うレインに、オルフェンの顔が微かに赤くなった。
「あれ、なに?」
レインはそんなことには気付かず、馬無しで街を走る四輪の車を指差した。
「ああ、あれは
すらすら述べるジェーンに、オルフェンは驚きの視線を向ける。
「…ジェーン…さん、ってもしかして、頭良い?」
「呼び捨てでいいよ。良いもなにも、アタシ学校の先生やってんだよ」
「がっこう?せんせい?」
「レイン、知らないのか?…ああ、小さい村だと教会が勉強教えてるからか」
ジェーンは比較的近くに見える大きな建造物を指差す。
教会と城の中心のような白い外観が日の光を浴びて輝いている。
「カシュリア王国立ネージュソリドール魔法学園。この国最高の学園だ」
話しながら歩いているとなにやら人だかりができていた。
どうやら新聞を配っているようだ。
新聞配りの「号外!号外でーす!」の声と、民衆のざわめきが聞こえる。
通りすぎざま、ジェーンは地面に落ちた新聞を拾い、紙面を見て眉を潜めた。
「…何が書いてあるんだ?」
「大したことじゃないよ」
言いつつ、カバンに新聞をねじ込む。
ひと段落して、街角のカフェで食事を摂ることにした。
「好きなもの頼みなよ!アタシの奢りだ!」
「ジェーン、お金もってんの?」
「あっはは、これでも国立学園の教師よ?貰うもんはそれなりに貰ってるって!」
「ジェーン、この、ピザってなに?」
「んー、チーズがいっぱいで美味いやつ。レインはそれにする?」
「説明が雑だな…」
賑やかに注文し、料理を待つ間にジェーンは二人と話す。
「改めて自己紹介。アタシはジェーン・ダイアー。職業は教師。担当教科は戦闘術。好きなものは酒とチーズ!特に癖が強いやつな」
にかっと笑い、ジェーンは二人に問う。
「お前ら、今何歳だっけ?」
「俺は8歳。…たぶん、レインも」
「ふーん…、じゃあまだ全然余裕だ」
「?」
その言葉の意味を聞こうと思ったタイミングで、ウェイターが「お待たせしました~」と料理を運んでくる。
「カシュリア風トマトソーセージピザとチーズバーガー、ホットココアがお二つ、それとフィッシュアンドチップスとカシュリア王都産クラフトビールのセットになります~」
「ありがと。うまそ~!冷めないうちに食べな!」
ジェーンはそう言いながら、さっそくビールの瓶を開けてグラスに注ぐ。
レインは届いたピザ一切れをしげしげと眺め、口に運んだ。
焼きたて生地のさくさくとした食感と焼けたプチトマトとソーセージの脂の甘み、ニンニクの効いたピザソースのうま味が広がり、口元から離せばたっぷりと乗ったコク深い味わいのチーズがとろりと垂れる。
一口頬張った瞬間、目をキラキラさせた彼女を見てジェーンは笑う。
「美味いか?」
「おいしい…!」
レインも微笑みを返し、オルフェンもそんな彼女を見て笑みを浮かべながらチーズバーガーを頬張った。
「食いもんに限らず、都会には色々なもんがあるぞ!お前らが見たことない
あはは、と豪快に笑い、ジェーンはタルタルソースをたっぷりディップした熱々のフィッシュフライと、冷たい酒を呷る。
「くあ~っ!最っ高!!このために生きてるわ~!!」
それでさ、と二人に対してジェーンは続ける。
「さっきの話の続き。二人とも、ネージュソリドール学園の入学、目指さないか?」
「え…?学園に…?」
「うん。さっきも言ったけど、カシュリアに魔法学園は数あれど、ネージュソリドールは国内最高峰だ。入学は13歳からだから、まだ5年ある。あいつから聞いた話だとオルフェンは結構賢いらしいし、レインは何でも興味持って知りたがるタイプだから、今から色々勉強しとけば余裕で入れるポテンシャルはある、と、アタシは思うね」
「…」
オルフェンは窓の外の学園に視線をやる。
ピナ村が余裕で敷地に入るくらいの大きさの建物だ。正直、気後れする気持ちはある。
「あの学園の卒業生は、大体政府のお偉いさんか騎士、冒険者になってんだ」
「冒険者…」
「あいつから聞いたよ。オルフェン、なりたいんだろ?」
ジェーンのその言葉に、オルフェンはしばし考え、こくんと頷く。
「…なりたい。冒険者になって…今度こそ、誰にも負けないくらい、強くなりたい!」
その返答に、ジェーンは微笑み、それから紙ナプキンでオルフェンの口元を拭った。
「心意気は買うが、ケチャップついてるぜ」
「う…」
恥ずかしそうにするオルフェンを見た後、ジェーンはレインの方を向く。
「レインは?」
「オルフェンが、目指すなら、わたしも、目指す」
「そうかそうか」
ビールを一気に呷り、ジェーンは言う。
「決まりだな」
「ハンスからの伝言だ」
帰宅後、二人の寝室となる部屋の掃除をしつつ、ラフな格好に着替えたジェーンは告げた。
「お前らがピナ村の出身であることは誰にも明かすな。勝手に王都から出るな。ハンスと関わりがあることも誰にも言うな。…それから、レインは絶対に変身はするな。だとさ」
「…おっちゃんは、何でレインに変身して欲しくないんだ?確か、村から逃げる時も、そんな感じのこと言ってたし…」
「さあな。詳しくは知らねえけど、まあドラゴンに変身なんて普通はあり得ないからな。目立つとそれだけ宵闇に狙われるだろうし。レイン、約束できるか?」
「うん」
クローゼットに買ったばかりの服をかけながら、レインは頷く。
「よーし、じゃあとりあえず、明日からは早寝早起きして生活リズム直さねぇとな!…つっても、アタシも休日は夕方まで寝てっけど…」
「教師の、お仕事は?」
「今は冬休み中で誰も学校来てないんだ。冬休みは明後日までだから、それまでは日中もお前らの面倒見れるぜ。アタシ忙しいから、最低限の家事とかは覚えて貰うからな」
「うわ、こきつかう気だ…」
「養ってんだからそれくらいはしてもらわないとな!じゃ、休憩がてらホットミルク淹れてくるわ」
そう言って、ジェーンは部屋を出る。
キッチン横に置いていたカバンから、新聞の号外を引っ張り出した。
見出しには大きく『ピナ村壊滅』の文字。それから、『主犯と見られる不審人物。見かけたら即通報!生死問わず!』という文言と共に少し若いハンスの写真が載っている。
「帝国の奴ら、新聞社に金握らせたな…」
呟いて、新聞をぐちゃぐちゃに丸めてゴミ箱に放り込む。
カップを三つ取り出し、ミルクを注ぐ。
「…無事でいろよ」
その声は誰にも拾われず、部屋の静寂に溶けて消えた。
こうして、オルフェンとレインの新たな生活が始まったのであった。
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