第9話 誓いと朝日
ハンスは慣れた手付きでコートハンガーに外套をかけ、オルフェン達もそれに習う。
「あ~、やべ、お茶切らしてるわ。お前ら、コーヒー飲める?」
「俺はともかく、8歳に飲ますな。…ミルクまだなかったか?こないだホワイトシチュー作ってやったろ」
女性と親しげに話しつつ、ハンスはアイランドキッチンに入る。
居心地の悪さを感じつつオルフェンはキョロキョロと周りを見た。
半透明のゴミ袋が部屋の隅に二つ放置してある。
どちらも中身は酒の空き瓶だ。
その横の本棚には魔法工学に関する難しそうな本が沢山。
部屋にコーヒーの良い香りが漂う。
「なんかお菓子的なの…あ、チーズならあるわ」
「つまみじゃねぇか。甘いもん…は、あるわけねぇか。お前んちに」
やいやい言いながら、女性はミルクを二つのカップに注ぎ、箱型の
興味が湧いたのか、レインはキッチンにトコトコと近付き背伸びして箱を見る。
「それ、なぁに?」
「ん?魔動レンジだけど、そんなに珍しいか?」
「うん、ピナ村に、なかった」
「ピナ村…お前もあの村の子供か?」
レンジがチンと音を立てる。加熱が終わったサインだ。
ハンスはレンジを開け、カップを取り出す。
「…その話をしに来たんだ。正直、不味いことになった。協力してほしい、ジェーン」
ジェーンと呼ばれた女性は、その言葉に真剣な表情で頷いた。
「…そんなことが」
時刻は午前5時半過ぎ。
コーヒーを飲みながらジェーンは頬杖をつく。
「大体の事情はわかった。やつらがそんな強行手段に出るとは、アタシも正直予想外だ」
「だな。いったい何を考えているんだか…、録でもないことは確かだが」
ため息を吐いて、ハンスもコーヒーを啜る。
「…んで、その子たちは?」
ジェーンがオルフェン達の方を向くと、レインがホットミルクを啜りながら言った。
「わたし、レイン。こっちは、オルフェン」
「オルフェン…」
メガネをくい、と直しつつ、ジェーンははっと気付いたような顔でオルフェンの顔を覗き込む。
「お前、あんときの赤ん坊か!」
「…?」
「ジェーン、オルフェンのこと、知ってるの?」
「ああ!ハンスが赤ん坊だったお前を救ったことは聞いてるだろ?そん時にアタシもいたんだ!」
「ジェーンは俺が冒険者やってた頃の仲間だからな」
嬉しそうな顔のジェーンに、ハンスも微笑みながら補足する。
そのまま、ジェーンは立ち上がり、オルフェンの頭をわしわしと撫でた。
「おっきくなったな~!よかったよかった!あっはっは!」
「……」
底抜けに明るいノリの彼女についていけず、オルフェンは視線を逸らす。
ハンスは微笑ましそうにその光景を見ていたが、すっと真顔に戻り、「ジェーン、頼みがあるんだ」と切り出した。
「これから、二人の面倒を見てやってくれ」
「え…?」
真っ先に声を上げたのはオルフェンだった。
「馬車の中で話した通り、俺は宵闇に狙われている。そんで、お前らもピナ村の生き残りだと知られたら危ないだろう。…王都なら人も多いし、城が近いから帝国の手先のあいつらも好きに動けないだろ」
「…ハンスはどうすんの?」
「俺はやることがあるからな。色々落ち着くまでこの家には来ねぇ。…ま、生きてりゃどっかで会うだろ」
「そんな…っ!」
オルフェンが勢いよく立ち上がり、テーブル上にホットミルクをぶちまける。
「おっちゃんまで、俺の前からいなくなんのかよ…!!」
「……わりぃな」
いつもの軽薄な笑みを浮かべるハンスに、オルフェンは何も言えず部屋を飛び出した。
「オルフェン、まって」
レインは椅子から降り、出ていったオルフェンを追いかける。
「…姉ちゃんそっくりだな、あいつ」
ハンスはコーヒーを飲み干し、おもむろに立ち上がると棚からタオルを取り出しテーブルの上を拭く。
「……さて、ジェーン。ここからは大人の話だ」
オルフェンは玄関を出てすぐの通路に座り込んでいた。
「…オルフェン」
しゃがみ込んで、レインはオルフェンの顔を覗き込む。
「泣いてるの、オルフェン」
冷たい風が二人の間を通り抜ける。
レインは細く白い指を伸ばし、オルフェンの頬の涙を拭うと、オルフェンは呟くように言った。
「…わかってるんだ、全部」
「?」
「おっちゃんが、姉ちゃんやばあちゃんを助けられなかったのは、仕方ないってことも、おっちゃんが俺らの前からいなくなるのが、俺らを守るためだってことも、全部。…だけどさぁ!」
ぼろぼろと大粒の涙を零し、血が滲みそうなほど拳を握りしめ、オルフェンは叫ぶ。
「わかんねぇよ!どうすりゃいいんだよ!俺…っ、俺、一人になりたくない!!本当の親も、育ての家族も全部失って…!!」
「オルフェン」
そっと、レインは腕を回してオルフェンを抱きしめる。
「わたしがいるよ」
「…レイン」
「わたしは、いなくならない。ずっと、一生、オルフェンのそばにいるから」
「……」
オルフェンも、レインを抱きしめ返す。
「…ありがとう、レイン」
顔を上げると、ちょうど朝日が昇るころだった。
見たことのない建物群や、巨大な教会のような建造物、それから、遠方に見える立派な城が輝く光に照らされている。
「きれいだね」
レインの言葉に、オルフェンは頷く。
遠くで、朝を告げる鐘が厳かに鳴った。
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