第8話 王都へ
4年前、ピナ村。
広場の隅で座り込み、枝で地面に落書きしていたオルフェンの頭に、小石が当たる。
顔をあげると、村に住む少し年上の少年二人が遠巻きにこちらを見てクスクスと笑っていた。
「こんなとこでなにやってんだよ、余所者」
「…」
「母ちゃんが言ってたぜ、お前、この村の子供じゃないんだろ?」
「…」
無言のまま視線を逸らすと、二人はオルフェンに近寄る。
「おい、無視すんじゃねーよ!」
どん、と肩を蹴られ、後ろに倒れる。
二人を見上げ、睨み付けるオルフェンを見て、少年達はゲラゲラ笑った。
「余所者は村から出てけよ!」
「そーそー!村の外れの変なおっさんと遊んでな!」
笑いながら、二人はオルフェンを蹴り続ける。
「やめなさいあんた達!!」
突然、少女の声が響く。
三人がそっちを見ると、リリィがホウキをぶん回しながら駆けてきていた。
「やっべ!リリィだ!」
「じゃじゃ馬リリィが来たぞー!」
またゲラゲラと嘲笑いながら、少年達は逃げていった。
「うちの弟に手ぇ出すんじゃないわよ!!」
「…ねえちゃん、もういいよ」
ホウキを構えつつ彼らの背に威嚇するリリィに、オルフェンは服の汚れを払いながら言う。
「あいつら、まちがってない。おれ、ねえちゃんと血つながってない、…よそもの、だもん」
「はあ…」
リリィはため息を吐きながら、オルフェンの手を取る。
「バカ。血とかそんなん関係ないわよ。私達、家族じゃない」
その言葉に、オルフェンはふっと微笑む。
「…うん」
「おれ、もっとつよくなるよ。…ねえちゃんやばあちゃんを守れる、だれにもまけない、つよい男になるから」
目が覚めた。
懐かしい夢を見ていたみたいだ。
頬が濡れている。胸部とおでこがジンジン痛む。
地面が規則的に揺れ、外から蹄と車輪の音がする。どうやら馬車の中らしい。体にかけてあるブランケットが暖かい。
正面の席では同じくブランケットをかけられたレインが座席上で横向きに眠っていて、見上げると、オルフェンを膝枕しているハンスが、頬杖をつきながら目を閉じている。
外から指す光はオレンジ色だ。夜明けの光か、はたまた約一日眠っていたのか。
ぼんやりと、今までのことを思い出した。
村のこと。姉の最期のこと。
…だんだんと、その後のことが甦る。
村を脱出した後、見知らぬ森に飛ばされた。
散々泣いて暴れて、ハンスやレインにたくさん酷いことを言った気がする。
体が痛いのは、暴れて傷口が開いたせいか。
それから泣きつかれて、ハンスの背で眠って。
……今はなにも考えたくない。
一筋、涙を溢して、もう一度ブランケットをかけ直して眠りに落ちた。
次に目覚めたのは、見知らぬ村の宿屋のベッドの上だった。
「おはよう。傷は大丈夫か?オルフェン」
机上に広げた地図を見ながらハンスはそう問い、レインは隣のベッドに腰掛け、サンドイッチを齧りながらオルフェンを見つめていた。
「…ここは?今、何時だ…?……ピナ村、は……」
「ウォル村の宿屋。…あの事件から一日経って、今は夜の10時前くらいだな」
「…姉ちゃんは……」
「…オルフェン」
ハンスはオルフェンに歩み寄り、上半身を起こした彼をぎゅっと抱き締めた。
「すまなかった」
「…」
「約束、したのにな。リリィとローラさん助けるって。…俺のせいだ。本当に、すまない」
わかっている。
ハンスは悪くないんだ。ああするしかなかったんだって。
頭ではわかっているけれど。
…どうしても、彼を許す言葉が、口から出てこない。
「オルフェン、お腹、空いてるでしょ。ごはん食べて」
レインはマイペースに、テーブル上のサンドイッチを手に取り、オルフェンに差し出す。
「…いらない」
「昨日から、食べてない。元気でないよ」
「……そんな気分じゃない」
そう返すと、レインは少しむっとした顔でサンドイッチをオルフェンの口元に押し付けた。
「食べて」
「いらない…!」
そう返答すると、今度はサンドイッチを口内に突っ込んできた。
「食、べ、て」
「…わ、わはった、わはった…」
観念して、サンドイッチを食む。
チーズやハムのうま味と、それを引き立てるレタスの食感と爽やかさ、トマトの酸味が口の中に広がり、オルフェンの食欲を掻き立てる。
一口食べると、体が空腹を思い出したようで急に食欲が湧いてきた。
…こんな状況でも、腹は減るんだな。
サンドイッチを食べるオルフェンを見て安心したように微笑み、ハンスは彼から離れてまた地図を見た。
レインはオルフェンに満足そうな笑顔を向けた後、真面目な顔でハンスの側に寄り、地図を覗き込む。
「おっちゃん、これから、どこ行くの?」
「王都。知り合いが居んだ。そいつなら力になってくれる」
「ここから、どれくらい、かかる?」
「そうだな…、ピナ村がここで、馬車に乗ってた時間から考えて、飛ばされたのが恐らくこの場所。で、今居るウォル村がここだから…、これから出て、馬車乗ってれば夜明け前には着く」
「また馬車?すぐに行くの?」
「ああ。俺は宵闇…村を襲った奴らに顔がバレてる。いつ、どんなことをされるかわかんねぇ」
地図を仕舞い、ハンスはオルフェンを見る。
「歩けるか、オルフェン」
「…うん」
「…教えてくれよ、おっちゃん。村を襲った奴らのこと」
馬車の中でオルフェンは尋ねる。
たくさん寝たはずだが、レインは二人の正面の席ですやすやと眠っていた。
「あいつは宵闇。モルドア帝国の機密部隊だ」
「機密部隊?」
「平たく言うと、表沙汰に出来ないやべぇ任務をやる奴らだ。…俺も、昔、所属していた」
「え…」
「…お前はあんまり首を突っ込むな。知らなくて良いことだからな」
がしがしとオルフェンの頭を雑に撫でる。
「…その機密部隊?が、何でピナ村を…?」
「……さあな」
はぐらかすように、ハンスは外を見ながら答える。
オルフェンはそれ以上何も言えず、ただレインの寝顔を見つめていた。
馬車から降り、まだ暗い街を三人は歩く。
夜明け前の冬の街は刺すように冷たい。
「こっちだ」
遠方にぼんやり見える大きな建物を眺めていたオルフェンとレインは、ハンスの声で彼の視線の先を見る。
集合住宅が並ぶ中、ハンスは一棟のアパートを指差した。
「変な建物…」
「お?オルフェン、アパート見るの始めてか。ここの三階の6号室だ」
ハンスに着いて、オルフェンとレインは階段を上る。
306とかかれた部屋のドアベルを鳴らすと、少ししてドアが開いた。
「んあ~、ハンスじゃん。何?忘れもん?」
ボリボリと頭を掻く、気だるげな表情のメガネをかけた女性。
すらりと背が高く、豊満な胸に整った顔立ちをしているが、藍色のショートヘアーはボサボサだし、服装もタンクトップとショートパンツという、真冬なのにかなり薄着でだらしない格好だ。
「…まだ、こっちには伝わってないのか」
「…ん、なんだ?何かあったのか?…ってか、その子供らは…」
「中で話す。とりあえず入れてくれ」
「わかった。入りな」
ただ事でないことを察したのか、女性は真剣な顔で三人を室内に迎え入れた。
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