第7話 ピナ村壊滅
悲鳴のような叫び声でオルフェンは目覚めた。
外が異様に明るくて、やけに騒がしい。
体を起こして、窓の外をよく見る。
「は…?」
村が、燃えていた。
火事なんてレベルではない。村全体が、赤く熱く、燃え盛っている。
「なんだ、あいつ…!?」
その上、村の中心部では見たことのない巨大な魔物が暴れ、炎から逃げる村人を殺害し、家々を壊していた。
「レイン!レイン、起きろ!!」
急いでレインを起こすと、彼女も窓の外の光景を見、茫然とする。
「なにが、起きてるの…?」
「オルフェン!!」
勢いよく部屋の扉が開かれ、隣室で寝ていたハンスが部屋に転がり込んできた。
「おっちゃん!」
「俺が先導するから、二人とも早く村の外へ逃げろ!」
「でも、姉ちゃん達は…!?」
「お前らを逃がしたら俺が助けにいく!急げ!!火がもうそこまで来てる!…裏口は瓦礫で塞がっちまってるから、店側から出るぞ!」
急かされるまま、二人は身一つでハンスと共に家を出ようとする。
…が、彼は急に立ち止まり、雑貨屋のカウンター下を指した。
「…お前ら、しばらくそこに隠れてろ」
「…え…?」
「物音一つ立てるなよ。わかったな」
それだけいうと、ハンスはオルフェン達をカウンターの下に押し込み、店の入り口を見つめた。
「…?」
オルフェンはハンスの言動の理由がどうしても気になり、カウンターのわずかな隙間を覗き込む。
「久しぶりだな」
聞き覚えのない低い声。
「驚いた。まさか組織を脱走し、王国に潜伏しているとはな」
カウンターの隙間から、黒いマントが垣間見えた。
「どちらさんで?組織だ潜伏だ言われても、俺にはさっぱり」
惚けた口調のハンスに、男は毅然として言い放った。
「モルドア帝国機密部隊“宵闇”、元副隊長ヨハネス・シュミット。…過去は消えんぞ、“死神”」
「……ははっ。随分物騒なご挨拶だな。あいにく俺はただのハンスだ。…ロイス・フェアリーレン隊長」
ハンスとロイスは互いに睨み合い、ピリピリした空気が流れる。
押しつぶされそうな威圧感を物ともせず、ハンスはいつものような軽い態度で口を開いた。
「何考えてんだ、お前ら。こんな片田舎の村焼き払ったりして」
ロイスは剣を構え、切っ先をハンスに向けた。
「お前には関係ないだろう。作戦の邪魔だ。消えてもらう」
「悪ぃが、まだ死ぬわけにはいかねぇもんで…なっ!」
ハンスはそういうと、売り物の小麦粉が入った袋を掴んでぶん投げる。
ロイスが咄嗟にそれを切り裂くと、店中に粉塵が広がった。
「今だ、走れ!」
ハンスはオルフェン達にしか聞こえないくらいの声量で言い、カウンターを軽く蹴る。
オルフェンはレインの手を引いて、ロイスの横を走り抜けた。
「何者だ!」
見えずとも気配を感じたロイスは、レインの背中に向かって剣を振り下ろす。
が、ハンスは回り込んで、それを自身の剣で受け止めた。
「単なる村のガキだ」
「…“アレ”は少女に擬態する、とガーストは言っていたが?」
「逃げたのは男のガキだぜ。…それに、“アレ”が擬態すんのは」
言葉を遮るように、ロイスが剣を引き、キンッ、と金属音が鳴る。
構え直しハンスを突き殺そうとするが、彼は軽々しくそれを避け、距離を取った。
戦う意思の感じられない動きにロイスはため息を吐く。
「…変わったなヨハネス。そんなに命が惜しいか」
「ああ」
オルフェン達は息を切らしながら村を走り抜ける。
ごうごうと燃え盛る馴染みのある店や広場、常連客達の無惨な死体をなるべく見ないように、村の出口へ。
出口が見えてきた頃、二人は“それ”に気付いて足を止めた。
村の出入り口に、蠢く集団。
スライム、ウルフ、ゴブリン、オーク…。
奥の方には、昼間に遭遇した木の魔物も見える。
「うそ…だろ……」
「…オルフェン、わたし、変身して、倒す」
「竜化はするな」
背後から、レインの右肩がぽんと叩かれる。
「おっちゃん…!!」
ロイスを撒いてきたらしいハンスは、オルフェン達に懐から取り出した翡翠色のクリスタルのようなものを見せる。
「これは…?」
「ワープ
「は…?何言って…!姉ちゃんとばあちゃんは…!!」
「……」
無言のまま、ハンスはしゃがみこんで二人を抱くと、クリスタルを強く握り粉々にした。
瞬間、ハンスの足元に直径100cm程の翡翠色の光の円が現れ、微かに風が吹き始める。
「おっちゃん!お願いだから、姉ちゃん達を…」
叫ぶオルフェンの視界の端に、小高い丘の上の教会が映る。
老婆を背負った少女が、懸命に逃げようとしていた。
二人を守ろうとした神父が、武装した兵士に切り捨てられ、崩れ落ちる。
それに気を取られ、少女が足を止めて振り返った瞬間、
木の影に隠れていた、軍服を着た少年が、彼女の後頭部に向けてピストルを向ける。
オルフェンの目には、すべてがスローモーションに見えた。
銃口が光り、少女の額から血が噴き出す。
シニヨンが解け、栗色の髪が靡く。
さっき、リリィが落としたバスケットに入っていた寝間着を着た老女が、少女の背からずり落ち、地に倒れる。
少女が動かなくなったことを確認したらしい。
少年は、老女に向けて三発ほど発砲する。
そこで、オルフェンの視界はすべて、翡翠色の光に飲み込まれた。
「…はあ、はあ…はあっ」
教会の入り口付近。
ココはピストルを落とし、右目をぎゅっと手で押さえて膝をつく。
「もういい。これだけやれば十分だ。後は指令がなくとも暴れてくれるだろう」
いつの間にか来ていたロイスが、ココの背を擦る。
「よくやった、偉いぞココ」
「は、ははっ…」
褒められて、ココは返り血と汗でぐちゃぐちゃの顔を嬉しそうに歪ませた。
「んで…どうだったんスか、そっちは…」
「死神はいた。逃げられたが。“アレ”らしきものも微かに見た。…同様に逃げられたがな」
「えぇ~…、じゃあここの人ら全員無駄死にじゃないスか。かわいそぉ」
「構わん。遅かれ早かれ死ぬ運命だった」
ロイスは感情のない瞳でそう返すと、ぼんやりと燃える村を見つめた。
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