第5話 窮地とドラゴン
陽だまりの森奥地。
途中にいる雑魚敵を倒しながら、オルフェン達は慎重に歩を進める。
レインと出会った地点を越えた辺りから森はどんどん深くなっていき、次第に木々の高さや植物の形は村付近で見覚えのないものに変わっていく。
「結構奥まで来たな…」
「うん」
キョロキョロと周りを見つつ、言葉を交わす。
木々の間から差す光は次第に茜色に変わり、魔物もどんどん強くなってきた。
はぐれないように手を繋ぎつつ足場の悪い道を行く。
が、
「……行き止まりだ」
目の前には高い崖。
大人なら頑張れば登れそうな高さだが、8歳の少年少女には到底太刀打ちできそうにない。
ため息を吐いて、オルフェンはその場に座り込む。
「オルフェン、だいじょうぶ?」
「おう…、やっぱ、簡単には見つかんねぇのかな…?」
「もう夕方。帰ろう」
「そうだな…。おっちゃんももう帰ってきてるだろうし、改めて明日、すがり付いてお願いしてみっか」
オルフェンがそう言って立ち上がった。
その時だった。
ゴゴゴゴ、と、地鳴りのような音が辺りに響きだす。
異様な空気を察してか、鳥達は一羽残らず飛び去り、小動物達は慌てて巣穴へと引っ込んだ。
「な、なんだ!?」
辺りを見回す…までもなかった。
近くに生えていた大木が、動き出したのだ。
木の根が地面から引き抜かれ、枝が一本一本意思を持って蠢く。
大樹に擬態する魔物。
本や大人達の話で情報としては知っていた。
が、こうして相対してみると、その異様さと力強さに圧倒される。
「わっ…!」
一瞬で伸びた枝が、レインの体に巻き付いて動きを封じる。
「レイン!!」
木製の剣を構え、いつものように振り下ろそうとした。
瞬間。
「ぐ、ふっ!?」
何が起きたのか分からなかった。
一瞬の混乱の後に理解する。
硬く太い枝がしなり、オルフェンの腹部に打撃を加えたのだ。
そのまま吹っ飛ばされ、近くの木の幹に激突する。
「かはっ…!」
「オルフェン…!」
強い刺激で意識が飛びそうになる。
が、魔物はそれを許さず、尖った枝数本を振り回して攻撃してきた。
「い…っ!!」
枝が胸部と額を掠め、辺りに血が飛び散る。
顔に垂れる血を拭いつつ目を開くと、レインが必死に枝から抜け出そうともがいているのが見えた。
が、枝はどんどん彼女を締め付け、レインの顔を苦痛に歪ませる。
「…っ、レ、インを…離せぇっ!!」
気力を振り絞り、拾い上げた剣で木の幹部分を叩く。
が、そのまま剣はくだけ散り、魔物には傷一つつかない。
「え」
そこに、追撃が来る。
容赦なく伸びた槍のような枝は、オルフェンの右肩を貫いた。
「あ、あぁっ!!が、…あっ!!」
まるで爪楊枝でも刺したみたいに、枝で右肩を貫いた魔物はオルフェンを自身の全長より高く持ち上げ、勢いのまま地面へぶん投げる。
高さにして、約60mくらいか。
迫ってくる地面がスローモーションに見える。
死。
その一言がオルフェンを支配し、恐怖でいっぱいになる。
脳裏に今までの思い出がぼんやりと浮かんで、これが走馬灯ってやつか、と自分の中の冷静な部分が悟る。
_今まで、ばあちゃんと姉ちゃんに迷惑ばっかかけてたな。
俺が死んだら、二人は悲しむかな。怒るかな。
おっちゃんはもう村に帰ってきてるかな。会いたかったな。
___レイン、巻き込んで、ごめん。
その時。
突如、辺りが鋭い光に包まれた。
爆発でも起きたかのような明るさと、遅れてやってくる爆風。
オルフェンが眩しくて目を閉じると、体に何かが巻き付いた。
魔物の枝かと思ったが違う。
冷たくて、すべすべしていて。…これは、鱗だろうか。
ゆっくりと目を開く。
「……は…?」
オルフェンの目の前にいたのは、白く、巨大なドラゴンだった。
どうやら、自分はドラゴンの尻尾に捕まっているらしい。
__今度は、ドラゴン?こんなやつがこの森にいたのか。…俺、こいつに食われちまうのかな?
そう思っていたが、ドラゴンはゆっくりと尻尾を下ろし、オルフェンを地面に寝かせた。
「グオオ!!」
ドラゴンは一言、オルフェンに向かって鳴くと、魔物に向かい合った。
魔物は鋭い枝をドラゴンに向けて放つ。が、その鱗には一切聞いていないようで、ぶつかった枝はどんどん砕け散っていく。
ドラゴンは一歩下がると、そのまま勢いよく魔物に体当たりをかました。
ビキビキ、と音を立てて幹にヒビが入る。
が、魔物はそのまま枝を伸ばし、懐に飛び込んできたドラゴンを捕らえた。
そのまま締め付けようとするも、ドラゴンが軽く体を捻っただけで枝は脆い紐のように千切れていく。
「オルフェンッ!!」
聞き覚えのある声が響いた。
視線を動かす。
血に染まりぼやけた視界の隅に、見たことないほど焦った表情を浮かべたハンスを見つけた。
「おっ…ちゃ、ん…」
「喋るな!大丈夫か!?今手当てしてやる!」
馴れた手付きでハンスはオルフェンの傷口に消毒液や塗り薬を塗り包帯を巻いていく。
「い…っ!!」
「痛いだろうが我慢しろ…!大丈夫だからな…!」
手当てを済ますのとほぼ同時に、ドラゴンが魔物の幹に噛みついて噛み砕くのが見えた。
ボキン、と幹が真っ二つに折れ、巨大な魔物は塵と化していく。
後には緑色をした握りこぶしサイズの
ハンスは無言のまま、装飾部分に紫色の
対するドラゴンは襲ってくる素振りも見せず、深い青色の瞳で静かにこちらを見つめていた。
その目に敵意のようなものは感じない。
「…レイン?」
ぽつりと、オルフェンは問う。
「……お前、レイン、だろ?」
オルフェンの言葉に、ドラゴンは目を細め、軽く頷く。
そして、その肉体は光の粒となってどんどん小さくなり、やがて光が全て消えると、そこにレインが現れた。
出会った日と同じく、ボサボサの下ろし髪に、靴も履かない裸の状態で。
「これは…」
レインの姿を見て、ハンスは冷や汗を流す。
「…オルフェン、なんで、わかったの?」
その問いに、オルフェンは少し微笑んで返す。
「…ドラゴン…優しい目、してた。お前と、同じ」
二人のやり取りを眺めつつ、ハンスは息を吐いて剣を鞘に納めた。
「…何があったかは帰路で聞く。ここは危険だ。村に帰るぞ。…お前は」
「わたしも帰る」
「そうか。…歩けるか」
「うん」
ハンスは上着を脱いでレインに投げ寄越すと、オルフェンを背負った。
レインは何も言わず、上着を着ると二人についていく。
オルフェンと違い、その体には傷ひとつついていなかった。
「オルフェン、悪い知らせがある」
「…?」
「ローラさんが倒れて…意識が、戻らない」
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