第4話 ピケ草探し

【創世歴669年 雷鳴らいめいの月(1月) 13日】


「レイン、悪いんだけどジャム用の瓶が入った箱持ってきてちょうだい!」

「わかった」

リリィの言葉にそう返すと、レインは重い箱を軽々と持ち上げ、商品を袋詰めするリリィの前に姿を現した。

商品を待っていた中年女性はレインの姿を見て目を丸くする。

「まあ、あなたすごく力持ちなのね~。リリィちゃん、この子は?」

「レイン。いろいろあってうちで面倒みてるんです!どっかのバカ弟とは違って積極的にお手伝いしてくれる、すっごく良い子なんですよ~!」

「こんにちは」

レインは少し誇らしげにお辞儀をし、「これ、ここに置けば良い?」とリリィに話しかける。

「うん、ありがとう。お待たせしてすみません!」


レインがセスリント家に来て約二ヶ月。

最初はずっと無表情だった彼女も次第に少しずつだが笑顔を見せるようになり、気が付けば雑貨屋二人目の看板娘となっていた。

ボサボサだった長い髪はリリィによって一本の三つ編みにされ、服や靴はリリィのお古を使っている。

突然現れたレインに最初は戸惑っていたリリィも「妹が出来たみたい!」と喜んで毎日世話を焼いている。

一方のオルフェン的には大人みんながレインを可愛がるので正直面白くない。

が、当のレインは助けられた恩もあってかオルフェンに一番懐いていて、子供があまりいないピナ村ではオルフェンも自然にレインとばかり遊ぶようになり、最近は彼女に了承を得てたまに剣術の稽古にも付き合ってもらっている。


「たっだいまー!!」

女性客が帰ったあと、入れ替わるようにオルフェンが元気良く雑貨屋に飛び込んできた。

「お帰りなさい、オルフェン」

「こら!家には裏口から入りなさいっていつも言ってるでしょ!」

叱られつつも、オルフェンはふふんと得意気な顔で、手に持った葉書を頭上に掲げる。

「姉ちゃん、ハンスのおっちゃんから葉書!今日の夕方、村に帰ってくるって!」

「えっ!?本当!?」

ハンスの名を聞いた瞬間、怒っていた顔は一瞬で綻ぶ。

葉書を手渡すと彼女はそれをキラキラと輝く瞳で見つめた。

その隙にオルフェンはレインの手を掴み「俺遊んでくる!行こうぜレイン!」と叫んで店を抜け出した。

「あっ!あんまり危ないことしちゃ駄目よ~!!」

いつも通りの台詞を吐くと、店の奥から「賑やかねぇ」と寝巻き姿のローラが出てくる。

「あ、おばあちゃん!寝てなきゃ駄目よ」

「いいのよ、今日は調子がいいから…」

そう言いつつも、ごほごほ、とローラは咳き込んでいる。

「もう…!お粥ちゃんと食べた?お薬は?」

「リリィは心配性ねぇ…。寒さで少し体を壊しただけよ」

微笑む彼女の顔は、言葉とは裏腹に目に見えてやつれていた。


年末年始の忙しさのせいもあるのだろうか。今年の初め頃からずっと、ローラは体調を崩している。

ピナ村には医者がいないため教会で神父に診てもらっているが、薬草は処方できても専門的な治療は難しいらしく、近いうちに村の外から医者に来てもらう話になっていた。

が、一番近い町でも往来に丸二日かかる上、今は町で病の流行る季節。医者もかなり忙しいらしく、ピナ村に着くのは早くてあと六日後になるらしい。

「……おばあちゃんがこんなときだっていうのに、あいつは…」

苦々しく呟くと、リリィは葉書をぎゅっと胸に抱き締めた。




「ハンスのおっちゃん?」

「そ、俺の師匠!」


一方、オルフェンとレインは村のパン屋で買ったクッキーを頬張りながら、村の広場で駄弁っていた。


「俺、赤ん坊の時に住んでた村が魔物に襲われたらしくて、そこを助けてローラばあちゃんの家に連れてきてくれたのが元冒険者のおじちゃんなんだってさ!」

手のひらサイズのナッツ入りクッキーを咀嚼し、オルフェンは続ける。

「…俺らが生まれる前…12年か13年前だっけな?隣国のモルドア帝国ってとことカシュリア王国が戦争してたんだ。そんで、この村の大人達はみんな戦場へ連れてかれて、半分以上は帰ってこなかったんだって。…リリィ姉ちゃんの両親も、戦争で死んじゃったらしい。んで、詳しくは知んないけど、戦争が終わった時に丁度おっちゃんがこの村に引っ越してきて、父親みたいに姉ちゃんの世話をしてたらしいんだ。それで姉ちゃんがあんなに懐いてんだって、ばあちゃん言ってた」

レインは小さな口でチョコクッキーを食みつつ問い掛けた。

「今は戦争してないの?」

「おう。なんか、帝国の皇女とうちの王子が婚約して、帝国とへいわきょーてー?っての結んだらしい。俺も難しいことはわかんねーけど」

そこまで話すと、一気にクッキーを口に入れ、噛み砕き、「そんなことより!」と続ける。

「レイン、これ見てみろ!」

良いながら、オルフェンはカバンから一冊の本を取り出し、ページを捲る。

「?」

レインはその本を覗き込み、二人の頬同士が軽くぶつかる。

が、オルフェンは気にせず、本の中の挿し絵を指差した。

茎や葉は一般的な花と同じような形状だが、花弁は金色で水瓶のような特徴的な形をしている。

「ピケそうっていって、この壺みたいな花の中に溜まってる液体が病気によく効く薬になるんだってさ!」

興奮気味に、オルフェンは顔をあげレインを見つめる。

「で、教会のシスターが、陽だまりの森の奥にこの草があるって聞いた、って言っててさ…!俺、取りに行きたいんだ!そしたら、ばあちゃんの病気も絶対治るだろ!」

レインは少し不安そうに、「森の奥、あぶないって、お姉ちゃん言ってた」と告げる。

「でもさ、俺結構強いし!レインだってかなり力持ちだろ!?」

「…夕方に、おっちゃんが帰ってくるなら、その人に任せたら?」

その言葉にオルフェンは首を横に降る。

「おっちゃん、なんでか知らねぇけど弱いやつとしか戦いたがらねぇんだ。…この草のこと言っても、絶対手助けしてくれねえ。それに俺、一刻も早くばあちゃんを治したいんだ!待ってなんていられねぇ!」

オルフェンは本を閉じ、レインは食べかけのクッキーを紙袋に包んでレインのカバンへ仕舞う。

「もし、わたしが、行かないって言ったら?」

「俺一人で行く」

「じゃあ、わたしも行く」

オルフェンはにかっと笑い、レインの手を取る。





その時の彼は、想像すらしていなかった。




これからたった数時間後、


この時の選択が

最悪の結果をもたらし



彼の一生の後悔になるだなんて。

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