第3話 レイン
店の裏口でオルフェンの帰宅を待っていたリリィは、泥汚れでボロボロなオルフェンたちを見て驚愕しつつもすぐに家に入れた。
「どうしたのよその恰好!?それにその子は?」
「え…えっと…」
「おかえりなさいオルフェン。…あらまあ、泥だらけね。すぐにお風呂沸かさなくちゃ」
夕飯の準備をしていたローラは驚きつつも、すぐに水と火の
「二人ともそこに座って。オルフェン、何があったのか話してもらうわよ!」
二人をテーブルにつかせ、水の
「………なるほどね。オルフェンのお説教は後でしっかりやるとして」
リリィはため息を吐いて、少女の方へ向き直った。
「あなた、名前は?どこから来たの?」
「…なまえ……」
少女はぼんやりとした表情で空を見つめ、それからゆっくり首を横に振る。
「わからない」
「わからない?」
「わたし、何も、おぼえてない」
「…記憶喪失ってやつ?」
オルフェンがそう聞くと、リリィが「そうみたいね…」と頬杖をつきつつ返す。
「それは困ったわね。…どうして陽だまりの森にいたのかはわかる?」
「うん…、にげてきた」
「逃げる?」
「どこか、わかんない、暗くて狭いとこから」
「そう…」
リリィは困惑しつつも、少女を安心させるために笑みを浮かべる。
「私はリリィ。リリィ・セスリント。今お風呂の準備してるのは私の祖母のローラおばあちゃん。で、こいつはオルフェン。私の弟みたいなもん」
「もんっていうな」
オルフェンはリリィを睨み、それから少女の方を向いた。
「…でも、名前ないと不便だよな」
うーんと唸り、オルフェンを部屋を見回す。
その視線はすぐに本棚の一冊の本の背表紙に止まった。
『聖女レインと楽園ミラテ』
「…レイン」
「れいん?」
オルフェンは椅子から立ち上がり、本棚から本を取り出す。
彼女に見えるよう、表紙を掲げて、長い銀色の髪の女性のイラストを指さした。
「カシュリア神話に出てくる聖女の名前!同じ髪の色だし、お前の名前にぴったりじゃね?」
「あんた、そんな勝手に…」
リリィはため息を吐くが、少女はこくん、と頷く。
「レイン、いい名前」
「だろだろ!この聖女レインっていう人はさ~」
「お風呂が沸きましたよ~」
語りだそうとしたタイミングでローラが部屋に入ってくる。
「おふろ?」
「そっか、お風呂の入り方もわからないか。えーと、レイン…でいいのよね?一緒に入りましょ!あっ、オルフェンも久しぶりに一緒に入る?」
にやにやしながら問いかけると、オルフェンは「お、俺は一人で入れるし!」と真っ赤な顔でそっぽを向いた。
ローラはそんな光景を見て、優しい笑みを浮かべるのだった。
「…ここか」
カシュリア王国とモルドア帝国の境にある崖沿いの道にて。
道端には無残に破壊された馬車が転がり、辺りには血しぶきが散っている。
夜闇のように黒い軍服を纏い、同じく黒いマントを羽織った男がその現場につくと、周りにいた兵士たちは男に一斉に敬礼をした。
「状況は?」
「はっ、御者と護衛の兵二人、それから馬二頭はみな死んでいて、“アレ”の行方は未だ掴めていません。恐らくは逃亡中かと」
「…」
「あっちゃ~、こりゃ大変だ」
男の後ろから、ひょいと少年が顔を出す。
十代前半くらいの見た目だが、彼も男と同じく黒い軍服を身にまとっていた。
「ロイス隊長~、これやばくないスかぁ?王国の方に逃げたとしたら国際問題スよぉ?民間人、軽く百人は死ぬっスね~」
発言内容とは裏腹に、クスクスと楽しそうに少年は笑う。
それには構わず、ロイスと呼ばれた男は懐から手のひらサイズの石板のようなものを取り出し眺めた。
その表面には無数の文字が浮かび、中央には赤く光る石が埋め込まれている。
「…反応はない。が、死んではいないようだ」
ロイスは石板を仕舞い、「今のところは大丈夫だろう」と少年に告げた。
「ココ。帰って陛下に報告だ」
「は~い」
兵士から書類を受け取り、ココと呼ばれた少年はロイスとともに現場に背を向ける。
「…やっぱ“宵闇”出動案件スか?」
「ああ。…いつでも出られるよう準備をしておけ」
ロイスは遠い目をしつつ、呟く。
「“死神”が一枚嚙んでいる可能性もあるからな」
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