第2話 少女との出会い
「あ~!つまんね~!!」
雑貨屋の床をモップで拭きつつ、オルフェンは叫ぶ。
ハンスが出掛けて三日目。彼の言いつけ通りダンジョンに入っていないので不満が溜まっている。
雑魚敵でもいいから戦いたい。動く敵に剣を振るいたい。
「せいっ!」
「オルフェン!モップを振り回さない!!」
棚に商品を並べつつリリィは怒号を飛ばす。
レジのローラと談笑していた常連客の中年男性は恰幅の良い腹を揺らしながら「オルフェンは元気だなぁ」と笑う。
「子供が二人もいて、ローラさんも賑やかで楽しいでしょう?」
「ええ、そうねぇ」
ローラは頷き、レジ横の壁にかけられている絵に目を向ける。
絵の中では若い夫婦が赤子を抱いていた。
その絵の横の壁に刺してあるピンにはドッグタグが二つかけられている。
言い争いをしているオルフェンとリリィに聞こえぬよう、常連客にだけ聞こえる声量でローラは語る。
「…12年前、息子夫婦が亡くなって。私も辛かったけれど、リリィもかなり塞ぎ込んでいてねぇ。親の死から4年経ってもずっと暗い顔をしていたの。そこにある日いきなり、ハンスさんが赤子だったオルフェンを私に託してきて…。最初はびっくりしたけれど、リリィもこんなに明るくなって。今ではオルフェンを引き取って本当に良かったって思うわ」
それを聞いた客も真剣な表情で頷き、頬の傷跡を指でなぞった。
「先の帝国との戦争は酷い有様でしたからなぁ。自分も、あの地獄から無事に帰還して、今こうして生きているのが奇跡のようだと毎日思いますよ。…この平和が、いつまでも続くといいですな」
「掃除終わったから遊びにいってくる!!」
モップをしまうと、外套を羽織ってオルフェンは元気に店を飛び出す。
「夕御飯までには帰ってくるのよ~」
「あんた、ダンジョンには入っちゃ駄目だからねー!!」
二人の声を背に、彼は入り口に立て掛けておいた木製の剣を掴んで駆けていく。
もちろん最初はハンスとの約束を守ろうとした。
ダンジョンが危険な場所なのは知っているし、なんだかんだ言いつつ森に入っているのをリリィ達が許してくれているのは、有事の際助けられるよう後ろの方でハンスがいつも見守ってくれているからだ。
彼がいないとどんな目に遭うかわからない。
けれど、オルフェンには自信があった。
幼さから来る自意識過剰と言ってしまえばそれまでだが、ハンスの特訓の成果もあり確かに同世代の子供よりもオルフェンの身体能力は勝っていた。
村の外周にある柵のわずかな隙間を通り抜け、陽だまりの森へ。
村に近い場所なら魔物もそれほど強くない。何度も通ったダンジョンだ。何も心配はいらない。
「…?」
ふと、違和感を覚えて周りを見回す。
いつもと変わらないはずの森なのに、何かがおかしい。
考えを巡らせてすぐに気付く。
「…魔物がいない……?」
いつもは数歩歩けばスライムやらウルフやらが出迎えてくれるはずなのに何も現れない。
いつか、ハンスの言っていた言葉を思い出す。
『いつもの場所に魔物がいないときは、大抵獲物を追ってるときだ。あいつらは縄張りを荒らす者を徹底的に追いかけて狩る。それが野生動物でも…人間でもな』
妙な胸騒ぎを感じつつ、歩みを進める。
「ギャオオオオオオ!!」
「っ!?」
突如、咆哮が聞こえた。
ダンジョンの少し奥の方からだ。
湧きあがった恐怖心を生唾とともに飲み込んで、剣を強く握りしめて森の奥へ駆け出す。
「はあっ、はあっ…」
息を切らしながら周りを見回すと、その光景はすぐ目に入った。
真っ白いロングヘアーの少女が、木の枝を握りしめて三体のウルフに応戦している。
年はオルフェンと同じくらいだろうか。こちらからは少女の後ろ姿しか見えないが、靴も履いておらず、微かに見える手足は泥で汚れている。
「わっ…」
一歩後ろに下がった少女は、小さな石に足を取られ尻もちをつく。
ウルフ達はその隙を見逃さず、牙を剥いて一斉に少女に襲い掛かった。
「うりゃああああああっ!!」
考えるより先に体が動いた。
地面を強く蹴り、高く飛び上がると、少女の頭上を飛び越え、ウルフの脳天に振り上げた剣を下ろす。
「ギャイン!!」
断末魔と共に一体のウルフは塵となった。
オルフェンは剣を構え直す。
ウルフは体力があまりないが、その分攻撃力が高い。隙を見せ、一撃でも食らった瞬間、勝利は厳しくなる。
「ギャオギャオ!!」
残り二体のウルフは狙いを少女からオルフェンに変え、襲い掛かった。
「やあっ!!」
オルフェンの追撃をウルフは素早くかわし、剣の切っ先は狙いを逸れ地面に叩きつけられる。
手首にジンと痺れが広がった。
「ぐっ…!」
オルフェンは歯を食いしばり、そのまま体を捻ってウルフに蹴りを見舞う。
オルフェンの足はウルフの脇腹にヒット。ウルフは勢いのまま吹っ飛んで木に打ち付けられ、そのダメージで力尽きた。
「ギャオオッ!!」
間髪入れず、残り一体のウルフが蹴りの勢いで地面に倒れ伏したオルフェンに襲い掛かる。
「う、…っ!!」
咄嗟に剣を拾い仰向けの体勢を取り、横持ちした剣でウルフの牙を防ぐ。
「グルルルル…」
腹の上に乗られ身動きが取れない。
ウルフの湿った鼻息がオルフェンの顔にかかる。
「やあああっ!!」
そこに、立ち上がった少女が体当たりし、ウルフの体勢が崩れ、地面に転がった。
すかさず、オルフェンは体を起こし、体当たりされた際に口から離された剣を握り直して追撃する。
ラスト一体のウルフも悲鳴を上げながら塵となって消えた。
「はあ…はあ…」
オルフェンがダンジョンに入り始めて半年。一度に三体の魔物と戦ったのは初めてだ。
ふう、と息を吐いて「お前、大丈夫か?」と声をかけつつ少女の方を向いて。
思わず硬直した。
膝まであるボサボサの髪のせいでよく見えなかったが、少女は何も身に着けていなかった。
いわゆる全裸だ。
少女は恥じらう素振りも見せず、きょとんとした表情のまま、青い瞳でオルフェンをじっと見つめている。
「おま、お前!?なんで服着てねぇんだよ!?」
「?」
耳まで真っ赤になって焦るオルフェン。一方の少女は何か問題でも?と言いたげな表情で、こてん、と首をかしげる。
その時、ガサガサと茂みが動いた。
「…!まずい、また魔物だ!とにかく、早く森を出るぞ!」
オルフェンは素早く自身の外套を少女に着せると、ウルフが落とした
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