序章 幼年期編

第1話 少年オルフェン

【創世歴668年 海豚イルカの月(11月) 7日】


カシュリア王国の隅に位置するピナ村の周辺ダンジョン、陽だまりの森にて。

「やあっ!!」

力強い声と共に、黒髪の少年は木製の剣を振り下ろす。

剣は目の前にいたスライムに見事命中し、粘着質な音を立てながらスライムの体は塵となり、後には少年の小指の半分ほどの大きさの魔石ジェムのみが残った。


「ふー…」

息を吐いて、少年、オルフェン・セスリントは淡い緑色の魔石ジェムを拾い上げ、夕日にかざして眺めた。

空の色と同じオレンジ色の丸い瞳に光が反射してキラキラ光る。

「……」

オルフェンは眉間に皺を寄せ、かなり小さな魔石ジェムを不満げな表情で睨み、乱雑にショルダーバッグにしまった。


オルフェンは8歳の少年だ。

両親はいない。赤ん坊の時に住んでいた村が魔物に焼かれ、一人だけ生き残ったらしい。

今はピナ村という穏やかで平和な村の雑貨屋に引き取られ、店主の老婆とその孫娘と一緒に暮らしている。


「おーい、オルフェーン」

自身を呼ぶ声にふりかえると、ダンジョンの入り口の方から一人の男性が手をヒラヒラとふりながら気だるげに歩いてきていた。


村の外れに住む男、ハンスだ。

歳は見たところ30代前半くらい。本人があまり自身のことを話さないため謎が多いが、元は腕の立つ冒険者だったらしく、彼が壊滅した村から赤ん坊だったオルフェンを助け出してピナ村に連れてきたのだ、と、オルフェンは周りから聞いていた。

その縁があってか、剣術の稽古をつけてくれたり、本当は10歳未満は禁止のダンジョンにこっそり入らせてくれたりとなにかと彼の面倒を見てくれている。


「おっちゃん!」

「成果はどうよ?」

「この辺の魔物全部よえーよ!弱すぎ!!俺もっとつえーやつ倒したい!」

ハンスは地団駄を踏むオルフェンに苦笑いを返しつつ、しゃがみこんで頭を撫でた。

「そりゃ、ここは村に近い安全な場所だかんな。お前まだ8歳だし、本当ならダンジョンの立ち入りすら禁止なんだぞ」

「う~…そりゃ、わかってるけど…」

「さ、魔石ジェム寄越しな。小遣いに変えてやるよ」

渋い顔でオルフェンがバッグを開くと、ハンスはその中から魔石ジェムを取り出し数える。

「ひぃ、ふぅ、みぃ、…おお、7個。最高記録。やるじゃねーか」

「全部弱いやつだし、嬉しくねぇ!」

「いやいや、小さくても魔石ジェム魔石ジェム。この石が役に立つことだってあるさ」

知らねーけど、と付け加えつつ銅貨二枚をオルフェンに握らせる。

「少なっ」

「当然、三割は授業料だ。ははっ、そんなむくれんなよ、大人になってギルドに入ったらもっと引かれんだぞ~」

ぽんぽん、と軽くオルフェンの頭を叩き、ハンスは立ち上がる。

「もう夕方だ。そろそろ帰らねぇと、またリリィの姉ちゃんにどやされっぞ」

「はーい…」




「オルフェン、まーたダンジョンに入ったわね?」

ハンスの予想通り、裏口から家に帰って早々リリィが仁王立ちで出迎えてくれた。

17歳の女の子ということもあり普段からお洒落な格好をしている彼女だが、今日はもう営業時間は終わりのためラフな服装だ。いつもはシニヨンにしている栗色の滑らかなロングヘアーも低い位置でひとつに纏めている。

彼女に睨まれ、オルフェンはバツが悪そうに視線を逸らす。

「は、入ってねぇし!!」

「こら、余所見しない!言いたいことがあるならこっちを見て言いなさい!」

リリィはしゃがみ、白く滑らかな両手でオルフェンのもちもちとした頬を包み、強制的に目線を合わせた。

整った顔立ちの彼女に近距離で見つめられ、思わず顔が熱くなる。

「やっ、やめろバカ!!」

「リリィ、そのへんにしておきなさい」

雑貨屋の店主でありリリィの祖母、老女ローラは穏やかに微笑みつつ、奥の炊事場から顔を出した。

「さあ、二人とも、お夕飯ができたわよ~。ハンスさんも食べていく?」

「俺のことはお構い無く。これから用事もあるんで」

扉の影からハンスがそう返すと、リリィははっと立ち上がって、恥ずかしそうに前髪を整える。

「あ、は、ハンスさん、来てたんですね…!」

さっきまでの勝ち気な態度とはうって変わって、赤面しもじもじしだすリリィを、オルフェンは冷めた目で見つめ、そのまま視線をハンスにやる。

「おっさんに用事なんかあんの?いっつも暇そうじゃん」

「失礼な奴だな~。ちょっと王都の方にな。二月≪ふたつき≫は帰らねえから、その間はダンジョンには行くなよ?」

「え~!!」

「こらオルフェン!ハンスさんに迷惑かけないの!」

ガヤガヤと騒ぐ三人の声を炊事場で聞きながら、ローラは空の水差しの装飾に青色と赤色の魔石ジェムをはめ込み、ココアの粉を入れたカップに向けて傾ける。

すると、魔石ジェムが光り、熱湯がカップに注がれた。


この世界では魔物やダンジョンから採れる魔石ジェム魔道具マギズモと呼ばれる道具にはめて魔法を使う。

魔石ジェムは魔物やダンジョンごとに性質が異なり、日常生活に使えるものから武器まで、様々なものに活用されている。


「じゃ、俺はこれで。オルフェン、剣の自主練はやっとくんだぞ。じゃないと…」

「立派な冒険者になれないぞ、でしょ?わかってるって!」

にかっと笑うオルフェンに微笑み、ハンスは「じゃ、お騒がせしました~」とリリィとローラに声をかけ、裏の扉を閉めた。


「さ、ココアが入りましたよ。オルフェン、今晩は貴方の大好きなカボチャと豆のシチューよ」

「やった~!ローラばあちゃんのシチュー!」

「オルフェン!先に手を洗いなさい!」


賑やかな声を聴きながら、ハンスはセスリント家に背を向ける。


夜闇に隠れたその顔は、暗く、寂しさを湛えていた。

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2024年11月16日 20:00
2024年11月17日 20:00

MILATE-少年と竜の魔物語- ほかほかアマゾネス @hokazonesu

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