9~17本目 刹那に終わるフラッシュタイム
ポリポリ、ポリポリと噛み砕く音が共鳴する。
「ゆうって、部活今どんな感じ?」
唐突に、またなんの接点のないことを
「まぁ、ふつーだよ。ふつー」
これでも部活内ではそこそこ強い……はずだ。
余談だが、俺はサッカー部所属だ。レギュラーで
「ていうか、何でここにいるの?」
「いたら悪いかよ、失礼だな」
「あーえっと違う、そうじゃなくて……いや、それもあるんだけど。今日部活ないの? って話」
「なんだ、そんなことか……今日は部活休みだぞ。というより、全部活休みだ」
「えっ…………あっ、そっか!」
ハッとしたように茶色の
でも、違った。何も変わらないはずなのに、とびきり輝いて見えたんだ。今日の俺は、やはり少しおかしい。
「じゃあ、なんでここに? 帰らないの?」
「最近よくここに来るんだよ。部活の無い日に、休憩がてら。ただ、
そう見え透いた
「あはは! その誰かさんってばひどいねー!」
なんて
さて、手元のポッキーがなくなり、袋に手を伸ばした瞬間、桜が高々と声を上げた。
「じゃ、ここでつまらなーい顔してるゆうに問題!」
「勝手に決めつけるな!」
「じゃあ、楽しいの?」
「……少しは、な」
そう呟いた時、直感的に『やばい』と後悔した。なぜなら、ちょっと失言──主に俺が吐いた率直な発言──をこぼした3秒後には「あれっ、今日は素直だねー! いつものひねくれはどうしたんですかー?」なんて具合でおちょくられること間違いなしなのだから。
──と思っていたが、何もこない。意を決して左を見ると、
「…………桜?」
さすがに心配して声をかけると、パチパチと
「……いや、ちょっと……びっくりしただけ」
と控えめに反応した。なんだそれ。
「……で、問題って?」
気を取り直して、桜の『問題』を
「なーんで私は、今日ポッキーを持ってきたのでしょうか?」
その質問は、桜がポッキーをバッグから出した時に俺が抱いていた疑問でもあった。ただ、その後の
なぜポッキーか? ポッキーは別に桜の好物ではないし、パッケージは目につくので持ってきやすくもない。溶けにくい? いやいや、ポッキーはチョコレートのお菓子だ。それに細いからよく折れているだろう。実際問題、俺のも2本くらい短かったはず。
俺に渡すため? って、それはないか。俺もポッキーをよく食べるわけでもない。目的だって不明だ。
どんなに思考が脳の扉をせわしなく開けても、答えにたどり着くことはできなかった。
「……答えは?」
降参、と言わなかったのは決してプライドを傷つけたくなかったわけではない。絶対に。それでも残る悔しさを噛み殺し、桜の言葉を待った。
待ってましたと言わんばかりの弾んだ声色で、
「正解はー…………『ポッキーの日だから』でした!」
と誇らしげな顔で俺に告げた。
……ポッキーの日? ……あっ、そういえばあったな、そんなの。確か、11月11日は1が4つ並ぶので、それがポッキーみたいに見えてポッキーの日が制定された──だったような。
それにしても懐かしい。小学校低学年は覚えていたはずなのに、少し食べなくなるだけで記憶から消してしまうとは、なんて
「やっぱり忘れてた!」
「やっぱり、ってなんだよ。約束でもしたか?」
「したよ! 覚えてないの⁉」
うん? そんなのしてたのか? という
「もういいよ。覚えてなくて」
と顔を
覚えていない俺も悪いが、それを教えない桜もいくらなんでも酷すぎはしないか。
サクサクとポッキーがとろけて胃に吸い込まれる。ここまで時間が経つと、チョコレートはもうずいぶんと
すっかり
「……これ、1本やる」
柄にもなく、ポッキーを1本差し出した。こんなことは、桜がへそを曲げている時にのみできる芸当──そんな大層なものではない──である。
しかし、今回は違った。
「いや、いらない。……これで貰ったら私、
声だけで笑って目を
それがどうしても気に入らなかったから、わざわざ立って桜にポッキーを食べさせた。
「ふごっ⁉」
とか女子からぬ悲鳴を出していたが、知らん顔して何事もなかったかのようにまたベンチに座った。
桜も戸惑いつつ、もぐもぐと口を動かしている。
「ちょっと! なんか言ってよね! 驚いたんだから!」
と声を
「……まぁ、いいけどね」
と
「あ、なくなった」
そう声を上げたのは僕だ。さっきあげたのが最後だったらしい。
それを耳ざとく聞きつけた桜は、自身のポッキーの銀紙から2本取り出した。
「ほら、さっきのお礼」
お礼という割には半ば強引に押し付けられた1本のポッキーを掴む。
ところが、チョコじゃない場所を掴み
でも、特に気にする必要はないので、そのままポリポリと食べ始めた。
まさか、桜が物を、しかも食べ物を他人にあげるとは。明日は大雨……いや、嵐がくるかもしれない。
だが、当の本人は
「これでおあいこね」
などと言ってのけたので、やはり明日は予報通り晴天かもしれない。
ごくん、とポッキーの欠片を余さず喉を通す。俺と桜の2人とも、食べ終わった。つまり、解散の時間だ。
ゆっくりと桜が立ち、スカートについた砂を払う。
「じゃあ、私帰るね」
ゆったりと西日に向かって進みだした。
元々、これは桜が始めたことだ。ポッキーの日だから、という理由で昔なんらかの約束をしていた俺と食べること。
俺たちは恋人でも、ましてや今は友達でもない。よく言えば幼馴染み、別の言い方では小さい頃遊んだ、ただのご近所さんだ。加え、最近ではあまり話さない。
それでも、そんな関係でも、この時間に幕を閉じるのは惜しかった。
だから、言おうとした。
「桜!」
数秒の沈黙の後、何ー? と返事がくる。
言わないと、もう言えない。そうわかっていた。
だけど、言葉を発することができない。すんでのところで息が詰まる。声帯が冷気で凍ったでもしたのか、『い』の口のまま
引き留めたからには、伝えないと。そう思っても、頭が回らない。
この感情を言い表せない、と悟った俺は──。
「……また、明日な」
それしか、言うことができなかった。
「……うん! また明日!」
最後に見た桜の顔は、はじけるような、
地面を蹴る音でいきなり現実に引き戻された感覚がした。鳥のさえずり、車の走行音、吹き抜ける秋風──いつも通りの、平凡な世界。
しかし、今日は違った。あの時間だけ、美景が陰に隠れていた。何も邪魔が入らない、まさに至福の一時。
あぁ、まるで魔法をかけられたようだ。あんなにも
2羽の鳩がまだ紅が残る空を切り裂いた、
17本までの魔法 彩霞 琴葉 @ruritsubaki
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