17本までの魔法

彩霞 琴葉

0~8本目 卒時に始まるスウィートタイム

 ふぅ、と公園のベンチで一息つくと、れ葉で縫われたカーペットが視界いっぱいに広がった。

 わざとらしくそれを踏めば、パリッと気持ち良い音を立てて粉々に散ってしまった。俺はこの音は好きだが、罪悪感がないと言えば嘘になる。

 目を逸らすように見上げれば、あかねの空高くに細々とたなびいた白雲はくうん──しかしにごった小麦色──がところかしこに浮かんでた。

 今日は11月11日、曇りがちな晴れ。少々面倒くさい中学の授業が終わり、特に何をする予定もなく放課後に近所の公園へと来てみた。

 が、やはりそこにはいつもの風景が貼り付けられているだけで面白いこともなかった。

 同じ中学の奴らの騒ぎ声、3歳くらいの幼児とその母親らしき人の甲高かんだかい声、近くの大通りの車の急ブレーキ音──喧騒けんそうがひしめき合い、お世辞にものどかとは言い難い。

 でも、なぜかはよくわからないけど、部活がない日はいつもここで道草を食うのだ。それがルーティンになりつつある。

 ……言っておくけど、ホントに草は食べないからな。俺の幼馴染おさななじみにスゴい馬鹿がいるが、そいつに言ったら『草食べるの!? どんな味?』なんて言う始末だ。あきれすぎて腹がたったからとりあえず足を踏んだ。

 まぁ、それはさておき、今日も今日とて、流れるすじ雲をぼんやりと観賞しながら木枯こがらしに耳を傾けていた。

 ザワザワ……ヒュー……あっ、ゆうー……カラカラ……うん、いつも通り平常運転……あ? 何か変な声が混じって──。

「もう! 無視はひどいよー!」

 大声で呼び掛けられ、ふと目の前を見ると、うわさの人である俺の幼馴染み──桃井ももいさくらが茶色のポニーテールを揺らして立っていた。

 なにやら不満を言っているが、どこ吹く風と無視してひたすら秋の声を清聴せいちょうしていた。

 だって、やっと手に入れた1人の自由時間だ。こうも堪能たんのうしたくなるではないか。

 俺に何を言っても反応しないと気づいた桜は、おもむろに隣に座って────こぶしを振り上げた。

「えいっ」

 という軽い声とは裏腹に目にもとまらぬ速さで、するどく俺の腹にクリーンヒットした。

「ぐはっ!」

 防御ぼうぎょに遅れた俺はそれを生身で受けてしまい、苦しい声が出た。サッカー部で鍛えてるはずなのに、いくら経っても桜の攻撃には耐えられない。

 思わず腹部を抑え左を向いて睨むと、当の本人はにぱっと笑った。

「やっとこっち向いたー! 少しはリアクションしてよね」

 先ほど盛大に反応したがそれは、という言葉をぐっと飲み込んだ。

「……そのためだけに俺を殴ったのか?」

「うん」

 それだけですか、はいそうですか。そんな奴だったなと改めて認識した瞬間だ。

「で、珍しくどうしたんだよ」

 確かに、学校でこいつとはよく話すが、放課後になるとそうではない。各々用事があるので小学校以来、帰り道で喋ることはおろか、一緒に帰ることさえなかった。

 そう考えると、これはレアケースと言えよう。はてさて、一体どうしたのか。

「ふっふーん、にプレゼント!」

 軽快な鼻歌と同時に、鮮やかな赤いパッケージの箱を通学バックから取り出した。それには、ポップな書体で『Pocky』と書かれている。

 そう、誰もが知るお菓子、ポッキーだ。

 手際てぎわよく箱を開け、その中から2つ袋を手にして、1つを俺に押し付けた。

 一緒に食べたい、のだろうか。口で言えばいいのに、変なところで桜は照れ屋だ。

 下手にひやかしてまたパンチをもらうのは嫌だから、素直に受け取っておいた。

 ちなみに、とは俺の名前、細淵さいぶち遊極ゆうき渾名あだなだ。英語でyouユーの発音がほぼ同じなので、時々それでからかわれる。

「なんで持ってんだよ。校則違反だろ?」

 俺の指摘に得意気な顔をして経緯を話し始めた。

「それ、朝に家から持ってきたの! でも、生徒指導のセンセーに見つかってないからオッケーだよ、多分!」

「なんで見つからなかったんだ?」

「実はね、調理室の冷蔵庫使ったの! ほら、私家庭部の部長じゃん? それで顧問の学年……いや、学校で1番優しい家庭科のセンセーと仲良いの。そのよしみで『内緒だからねー』って隠させてくれたんだ」

 わけを聞きながら、包装を丁寧に剥がした。適当に1本引っ張ると、チョコレートが中の銀紙にくっついていた。

 無理もない。学校からここまで歩いて約10分。俺は自転車通学だが、桜は徒歩通学だ。

 仕方ないと言えば仕方ないが、少し残念だと思ったのは俺だけだろうか。

 サクッと心地よい音が2人の間でやまびこする。少々溶けたチョコと硬めのスナックが口の中で混ざり合う。

 久しぶりに食べたポッキーは相変わらずおいしかった。

 不意に、桜が口を開いた。

「ホントはアーモンドの方が好きなんだけど、間違えちゃった」

 ポンコツ、と呟くと足を踏みつけられた。今や慣れてしまったが、それでもかなり痛い。

「ゆうは何が好き?」

 その質問に3秒ばかし考えて、

「極細かな」

 と答えた。

「確かに、量多い方が好きだもんね」

「なんかの嫌味?」

「そんなわけないじゃん」

 普通の会話でも相手が桜というだけで怪しんでしまうのは、昔馴染みのさがだろうか。

 特に何を続けることもなく静寂せいじゃくだけが満ちていた。

「あ、月」

 それにつられて上を向くと、若干青みがかった天空に、半分より大きな白い夕月が浮かんでた。

「あとちょっとで満月か」

 月を眺める趣味はないが、いつ見ても綺麗だなとは思う。

「どうせなら満月見たかったなー」

「そんなわがまま言うなよ」

「ねぇ、ゆう。私のためにあれ満月にしてよ」

「そんな無茶な。天変地異とかでも起こらないかぎり無理だろ」

 知らないけど。帰ったら携帯で調べておこうか。

 ……って、なんで俺はこいつの戯言たわごとに真剣になってるんだ?

 妙な思考におちいる自分につくづく呆れる。

「そういえば、お前。期末テストどうするんだよ」

 こいつはまぁ、擁護ようごできないくらいには頭が悪い。30点以下は当たり前、50点でもとれば御の字だ。

 それが中学1年生のころから続いているので、とうとう両親の堪忍袋かんにんぶくろが破れ、前の中間テストでゲームを禁止されたらしい。

 ちょっと昔のことを掘り起こしただけなのに、ぴしゃりと固まってしまった。

「…………あぁー、あれね」

 ポッキーを口に含みながら、黒のひとみをぐるぐるとせわしなく廻す様子はいささかいい気味だ。

「5教科250点以上取れたらまたゲームさせてくれるらしいんだけど……」

 1教科あたり50点が取れない、と。なるほどな。

「じゃあ、うちで勉強するか? 少しなら教えられるけど」

 嫌なら断れよ、と続ける前にぱぁっと顔を輝かせて

「する! 絶対する! 約束だよ!」

 とまくし立てた。どれだけゲームがしたいんだよ。

 でもいっか。さすがに少しは点取ってほしいし。

 そう考えながら、銀の袋の中を見た。あと1、2、3……9本しか入っていない。これは元々17本入りなので、およそ2分の1食べた計算になる

 つまり、あとポッキー9本分しか桜との時間は残されていない。

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17本までの魔法 彩霞 琴葉 @ruritsubaki

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