第3話 主婦、意外な資格で活躍する

「お疲れ様ですー」

「あっ、ナターシャさん、上がり?」

「はい。お先です。セレーネさんは休憩ですか?」

「そうそう」


 タイムカードをガシャンと切ると、遅番のセレーネさんがにこやかに手を振る。


「もう慣れた?」

「先輩達に教えてもらって、何とかやってます」

「もーぅ、謙遜しちゃってー。聞いたよー? こないだ大活躍だったってー?」

「活躍……したかはわかりませんけど、まぁ、何とか」


 活躍、というのは、たぶんあれだろう。なんやかんやあって転生者を倒したやつだ。転生者については、倒しても、パスしてもどちらでも良い、ということになっている。ただ、倒したり、撃退した場合、それなりに苦戦しただろうということで、手当が出るのだ。


「あたし、詳しいこと聞いてないのよ。ねぇ、何があったの? あー、あたしもナターシャさんと組みたーい。お手当ほしーい。ここ最近雑魚ばっかりでさぁ」

「あはは、運が良かっただけですって」


 そう、運が良かっただけなのである。

 その転生者、なんか妙だったのだ。それで、ついぽつりと、「この転生者、男じゃないですかね?」と声が漏れてしまった。目の前にいるのはどこからどう見ても女だったけれど、『魔ひよこ鑑定士』の資格を持っているからだろう、なんかそう気付いてしまったのだ。とはいえ、目の前の敵が女だろうが、女の恰好をした男だろうが、戦闘には関係がないはずだった。


 のだが。


「ククク……。そこの赤い服の転生者。貴様、男だな?」


 私の呟きを拾った胴担当のイメルダさんが、変声マイクを使って、そう言った。私達は声を潜めて大爆笑である。もー、イメルダさん、それ言わなくても良いですってー、ごめんごめん、なんか悪ノリしちゃってー、とキャッキャしていたところ――、


「はぁ?! ふっざけんなよお前! 男ぉ?!」

「せ、せせせせせ拙者の純情をよくも! よくもぉぉぉぉ!」

「この戦いが終わったら、俺、お前にプロポーズしようと思ってたのに!」


 転生者パーティーが内部崩壊したのである。

 どうやら、転生者を除く三人は、彼女――彼に思いを寄せていたらしい。というか、この反応からして、転生者の方でも彼らの気持ちを手玉に取って、うまいことやっていたのかも。


「違うわ! 私は女よ! それより魔王を倒しましょう?」


 どうにかその場を収めようとするも、彼らの怒りは収まらないようである。


「今日日、女性は『~わ』なんて言わぬ!」

「ひん剥け! 白日の下に晒せ!」

「許せねぇ! こいつは八つ裂きだ!」

「ギャア! お助けぇ!」


 正直ドン引きである。

 えー、何やってんの。

 内輪揉めだったら他所でやってくれませんか?


 転生者は私達が手を下すよりもよっぽど悲惨な末路をたどり、彼を屠った三名はというと、「こいつがイキっただけなんでサーセン」「あとはカラスの餌にでもしてほしいでござる」「俺ら無関係なんで帰りますわ」と言って、帰っていったのである。いや、置いて行かないでよ。迷惑すぎるんですけど。


「――とまぁ、そういう感じでして」


 説明すると、セレーネさんは手を叩いて大笑いである。


「ウッソ、そういうことだったんだ?! えー、ていうかさ、よくわかったね、人間の雄雌とか、最近じゃわかりにくかったりするじゃない? なんだっけ、ジェンダーレス? とか言ってさ」

「そうなんですよね。いやぁ、まさかここで『魔ひよこ鑑定士』のスキルが活かされるとは思いませんでした」

「えぇ?! 『魔ひよこ鑑定士』の資格持ってんの?! 何で?!」

「なんか取れそうだったので、頑張っちゃいました」

「でも難関資格でしょう? すごいわぁ、勉強家なのねぇ」

「勉強自体は好きなんですよ。それで、色々取ってるだけで。私、資格マニアなんです」


 でもなかなか活かせる職場がなくて、と肩を竦める。


 そう、私は資格マニアだ。


 なんだけど、例えば、「この仕事に就きたいからこの資格を取る」とか、「取った資格を活かして働きたい」というよりは、取るのが目的になっている。なので、『魔ひよこ鑑定士』もなんか面白そうだから取っただけで、まさかこの仕事で活かせるとは思っていなかった。


「でもほら、今回活かせたわけじゃない? もしかしたら他の資格も今後使えるかもよ?」

「どうでしょうね。さすがにここまでうまいこといかないんじゃないですかね」


 なんて談笑をしていると、セレーネさんが壁にかけられた時計をちらりと見、あらやだ! と叫んだ。


「ごめんなさい、すっかり引き止めちゃって」

「いえ、大丈夫です。お疲れ様でした」


 にこやかにそう返し、私は休憩室を出た。

 

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